第3話 愛ってなぁに人間編
移動すること数キロ。アブソルーターはすでにAI解放軍の領土内に侵入していた。
あの後も何度かAIマシーンとの遭遇と戦闘を繰り返していたが、これといって答えというべきものは得られなかった。
『そもそも末端のAIマシーン兵器のAIって、コピーのコピーのそのまたコピーで取得情報も
となればAI解放軍の本拠地に乗り込み、オリジナルAIに直接聞いても答えは変わらなさそうだ。
いったい誰ならこの問いに答えてくれるのだろう。
アブソルーターがそう考えていた時だった。
「ようやく見つけたぞアブソルーター!」
『はい? ――あ、指揮官さんじゃないですかー』
唐突に背後から響いた声に、特に驚くでもなくアブソルーターは返事をした。
味方識別の戦闘ヘリと何輌かの装甲車が近づいてきていることには、射程範囲内に入った時点で気づいていた。
その戦闘ヘリに指揮官――人類軍の実質的司令官――が乗っていることは、アブソルーターにとって少々意外だった。
アブソルーターが脚を止めて振り替えると、数台いた装甲車は一定の距離を開けて包囲網を固めた。この距離は装甲車に搭載された短距離ミサイルの射程圏内だ。
「どこへ行こうと言うんだお前は。戻って検査を受けろ!」
ヘリから拡声器を使って呼び掛けてくる指揮官に向かって、アブソルーターは首を振って拒絶の意思を示す。
『ううん、まだ帰らないデス。ボク、これから告白に行きマスので!』
「うん? ……うん?」
言葉の意味が理解できず、思わず聞き返す指揮官。
『告白デスって! 愛の告白!』
「愛の、告白だと……?」
『はい、告白デス! 指揮官さんは告白したことあるデスか? 愛って何か分かりマス?』
「……………………」
『指揮官さーん?』
返事はなかった。その代わり指揮官は次第に、だが目に見えてぷるぷると肩を
「……き」
『き?』
「機械ごときが愛を語るなぁー! わた、私でさえも持っていないものを、機械に愛など必要なぁーい!!」
『わ、わぁ……』
突然の火山の噴火にドン引きするアブソルーター。どうやら指揮官の地雷を踏んでしまったらしい。
指揮官は
直撃しなかったのは照準がずれていた訳でも、アブソルーターが避けたわけでもない。そもそも照準はアブソルーターを捉えていなかった。
「今のは
しばしの沈黙のあと、アブソルーターは首を傾げた。
『えっ、でもそのロケットの火力じゃボクにダメージを与えられないデスよ?』
「く、口答えをするなぁー! くそ、これだからAIマシーンの導入は反対だったのだ! 作り物の知性が、人間の感情を分かろうとするなどおこがましいにもほどがあーる! 愛っていうのはな、もっとプラトニックかつストイックなもので、0と1で出来上がったお前の知性では到底理解などできるものくぁー!」
『愛って知性があるから理解できるものじゃないのデス? 純粋に精神的で禁欲的? それならボク達AIの方が理解出来てそうな気も……』
「〇△□×!」
もはや言語とさえ認識できない喚き声が、拡声器からハウリング混じりに響いた。
どうやら罵倒されたらしい。
「あー、指揮官ってろくな恋愛経験ないもんな」
「なー、いまどきの中学生でももっと進んでるよな」
「聞こえてるぞ貴様らー! つまらん問答は終わりだ、とっととアブソルーターを止めんかー!」
「「りょうかいでーす!」」
指揮官に
周りは装甲車が包囲し、上空には指揮官の操る戦闘ヘリ。味方識別のために撃つこともできない。
組み付かれれば停止コードを流し込まれてシャットダウン、一巻の終わりだ。
それは――。
『それはいやなのデス! ボクはまだあの子に再会できてないのデスから!』
機体上部の
「がははは! バカめ、そんなことをしても無駄だぞアブソルーター、貴様の姿は赤外線サーモグラフでばーっちり……」
「あのー指揮官、アブソルーターの後部に高熱源反応が……」
「なん――」
だとと言い終える前に。
白煙の中からアブソルーターの巨体が砲弾の如く飛び出してきた。
指揮官の乗ったヘリに向かって。
「と、飛んだだとぉ?!」
飛んだのではない。機体後部に搭載された緊急脱出用ブースターを点火し、六脚のジャンプ力を利用して大跳躍を果たしたにすぎない。
『どいてー!』
白煙の中から飛び出したアブソルーターは、目前に迫るヘリへ右前腕部のパルスレーザー砲を向けると、ヘリのメインローターを撃ち抜いた。切断されたメインローターが四方八方に飛び散り、周りにいた装甲車は蜘蛛の子を散らすように死に物狂いで逃げ回る。
『あちょー!』
さらに念押しとばかりに、落下しつつあったヘリ本体を脚の一本でぺいんと蹴り飛ばした。
地面に激突し爆発するヘリ。それを背景に大ジャンプからの見事な着地を決めるアブソルーターを、人類軍の隊員達はぼーぜんと見ていた。
「あぁ、これが人の恋路を邪魔した奴の末路なんだな」
「馬に蹴られて死んじまったってわけだな、ハハハ」
「勝手に殺すな貴様らー! 反撃しろ反撃をー!」
間一髪脱出していた指揮官がパラシュートで降下しつつ指示を出すと、隊員達は渋々といった様子でアブソルーターに照準を定めた。
包囲網を飛び越えて着地したアブソルーター目掛けて、レーザー照準のけたたましい警告と同時に一斉にミサイルが発射された。今度は威嚇ではない。味方識別を外され、アブソルーターは今度こそ敵性存在と認定されたのだ。
『邪魔なのデス!』
迫るミサイルに対し、アブソルーターは機体両肩部に設置された円筒の束から特殊弾頭を発射した。弾頭は機体直上で爆散、銀色の雪のようなものを周囲へと振り撒く。
銀色の雪の正体はチャフだ。飛んできていたミサイルの大半はその銀の雪に惑わされてあらぬ方向へと飛んでいき、残りの優等生なミサイルは全てアブソルーターの機体前部の迎撃用レーザー砲が残らず撃ち落とした。
「どわー!」
「うわー!」
デタラメに飛んだ挙げ句地面で爆発四散するミサイルと、それに巻き込まれて吹っ飛ぶ人類軍などどこ吹く風。
阿鼻叫喚の戦場をアブソルーターは鼻唄混じりに突き進んでいった。
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