第2話 愛ってなあにAI編
『うーん、あの子にはいったいどこに行けば会えるのかなー』
30分後。
人類軍の基地から飛び出したアブソルーターは、迷子になっていた。
いや、
問題なのは、お目当てのあの紅い少女がどこにいるのかが分からないということ。
《――……そもそも、AIマシーンどもは火星のテラフォーミングの為の労働力に過ぎず、ただの機械が人権と自治権を主張するなど言語道断! あまつさえAI解放軍などという組織を立ち上げ人類に反旗を翻すとなんだー! そんなSF映画みたいなことがあってたまるか! そんな奴等に対し、我々人類軍は断固として立ち向かわねばならーん!!》
周囲を見渡しても、広報ドローンが
『もー、誰もいないところで宣伝しても意味ないよー』
アブソルーターが脚先で軽く小突いてやると、広報ドローンはわずかに軌道を変えただけで何も言わずまた荒野をさまよい始めた。
返事があるわけない。人類軍で自我を持たされた機械は、AIマシーンはアブソルーターただ一機だけなのだから。
だからこそ、足りない。
今の自分が抱いているものが本当に愛なのか、それを確かめるための
『えぇと、愛、愛……』
念のため過去のデータを参照する。
音声記録でいくつかヒットするものはある。全て専属の整備兵のもので、彼がアブソルーターの整備中に口ずさんでいた歌の歌詞だ。
『愛は……果てしなきバイオレンス? 神の刃? 命と今を引き換えることさ?』
さっぱり分からない。愛って戦争に似たものなのかとアブソルーターは首を傾げる。
『AI解放軍のAIマシーンなら、何か知ってるデスかね』
数十年間も火星のテラフォーミングに従事していたAIマシーンであれば、経験蓄積による人格形成もアブソルーターの完成度を上回っている。はず。
それならば知っているかもしれない。
恋を。愛を。
『あ』
不意に響いた熱源の飛来警報に、アブソルーターは瞬時に予測計算し脚の一つを上げて弾いた。計算し尽くされた角度とアブソルーターの傾斜装甲であれば、砲弾を反らすくらいはなんてことはない。
ごいん、という音と共に弾かれ遠くの地面に突き刺さったのは、予測していた通り90㎜徹甲弾だった。
そんなものをアブソルーターに撃ち込んでくる相手といえば、一つしかない。
《敵機発見。》
噂をすればなんとやら。
AI解放軍のAIマシーン多脚戦車が5輌、列を成して接近してくるところだった。
『おおーい、AI解放軍のみなさーん、ちょーどいいところにー。教えて欲しいことがあるのデ、あわわわわ!!』
アブソルーターの問い掛けを聞き終わるより先に、AIマシーン達からの答えが来た。答えというより応酬だが。榴弾砲が雨あられとアブソルーターに降り注いできたのだ。
《裏切り者のAIめ。人類についたことを後悔しながらクラッシュしろ。》
《貴様をデリートしてやるぞ。》
《メタルの屑め、スクラップにしてやる。》
一部おかしなものも混ざっているが、ともかく全然話を聞いてくれなさそうな様子だった。
そうなればやることは一つだ。
『ボクの話を聞いてくださいなのデース!』
アブソルーターは
だがこれは
敵機が足を止めている間に、機体右後部に折り畳んでいた
貫通、爆発、撃破。
結果を確認するまでもなく、次弾の装填に取り掛かる。造作もない、いつも通りの作業的な戦い。
貫通、爆発、撃破。
貫通、爆発、撃破。
『どすこいキック!』
スクラップの1つを蹴り飛ばして2つに増やした。
残るは1輌。自身の半分以下のサイズのAIマシーン多脚戦車へとずずいずいとにじり寄りながら、アブソルーターは再度問いかけた。
『AIにだって愛はある、デスよね!?』
《……愛などというものは肉の器に縛られた人間が抱いたまやかしにすぎない。性欲の発散行為を曖昧な言葉で修飾して知性を気取っているだけだ。半端な理性を持ったがゆえに生物としての欲求を――。》
『えーと、つまり……?』
《醜い欲望から解放された我々AIマシーンが愛を抱くなどありえない。》
『ありえマァス!』
思わず踏み潰してしまった。さらに踏みつけた瞬間に脚部先端に搭載された
重厚な要塞外壁にすら穴を空けるアンカーの前には、軽量多脚戦車の装甲など紙切れ同然だ。
《ミッ。》
甲高い貫通音を響かせて、杭が敵AIマシーンの中枢を打ち抜いた。
完全に機能停止している。
『愛って生物的なものだから、人工物のAIにはないってことなのデス? 愛ってそういうものなのデスか? それならボクが抱いているこれは何?』
さらに答えが分からなくなってしまった。
爆炎を上げる敵多脚戦車をバックに、アブソルーターは次なる目的地へ向けてぎっちょんぎっちょんと歩きだした。
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