第1話 行ってきます!

『整備兵さん、ボク……恋をしてしまったかもなのデス』

「…………はぁ?」


 唐突なその一言に、整備兵は何言ってんだこいつ以外の意味がなさそうなすっとんきょうな声をあげた。

 それはそうだろう。仕方のないことだ。


 その色ボケたことを抜かしている張本人は、今整備兵が腰かけて整備している巨大な戦闘兵器なのだから。


 全長10メートル、全高6メートルの特殊合金製のAIマシーン多脚戦車がそんなことを言い出せば、誰だって怪訝な顔をする。


『だ・か・ら、恋デスよ恋! ライク的なやつじゃなくて、ラブに近い方の好きって感情を表現するカテゴリーの!』

「あー、班長ですか? なんかアブソルーターのAIの挙動がおかしくて。……えぇ、頭部の損傷が問題です。AIポッドにきついのもらっちゃってて。バグかなんかですかねぇ」


 アブソルーターの言葉を無視して、整備兵は端末で上司とやりとりをしている。

 確かに、アブソルーターの脳や心というべき部品、AIポッドへ甚大なダメージを負ったのは事実。

 だが、自分の心が壊れていると診断されたことに、アブソルーターは抗議の声をあげた。


『壊れてないのデス! 戦場で出会ったあの紅い髪の少女! あの子を見た瞬間、ボクの電脳に電流が走ったのデス! これ、これって恋デスよね!!?』

「そーかそーか、AI解放軍の人間兵スレイヴがぶん回してたのは対戦車電磁大剣サンダーボルトだろうしな、そりゃ超高圧電流流されりゃお前の回路だって焼き切れるよな、うんうん」


 適当に相槌あいづちを打ちながら、整備兵はAIポッド側面のコンソールをたぷたぷしてアブソルーターの各機能を停止させていく。


「はい、無線接続切断オフライン完了っと。しゃーない、いったんAIも全部シャットダウンして解体整備するしかないか、こりゃ徹夜じゃ終わらねぇぞまったく……」

『えっ!』


 シャットダウン。

 その言葉を聞くなり、アブソルーターは頭をぶんぶん振って整備兵の手を振りほどくと、装甲を閉じてAIポッドを頭部内に格納した。


『いやなのデス! ボクには、やらなくてはいけないことがあるのデス!』

「ああそうだよ、お前にはやらなくちゃいけないことがある、それはAI解放軍の殲め――」


 整備兵のなだめるような言葉を遮って、アブソルーターは高らかに宣言した。


『いいえ、愛の告白なのデスよ!』

「は、はぁ?」

『というわけでボク、ちょっと告白しに行ってきマスね!!』

「え、ちょ、ま――!」


 整備兵が制止しようとするもアブソルーターは立ち上がり、まるで濡れた犬がするように機体をブルブルと激しく震わせた。機体を固定していた作業アームが引き千切れ、機体上にいた整備兵はその動きで振り落とされ、けたたましい物音と悲鳴が格納庫内に響き渡る。


「な、なんだぁ?!」

「アブソルーターが暴走してるぞー!」


 突然の騒ぎに周りにいた兵士や整備兵達が駆けつけるも、足元のフォークリフトや弾倉を蹴り飛ばしながら格納庫の入り口へとぎっちょんぎっちょん歩きだした。


「なにやってんだ、停止コードだ! とっとと止めろー!」

「は、班長、それがウイルス攻撃食らったのかと思って物理的にオフラインにしたばかりで、直接入力しないと……!」

「ば、バカヤロー!!」

『行ってきマース!』


 大騒ぎの格納庫を尻目に、アブソルーターは六脚に搭載された無限軌道キャタピラを駆動させ荒野へと駆け出した。

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