第21話 恋人イチャイチャ ミク前編

 翌日。

 先日話した事によって、俺はミクと二人きりになっている。

 因みに姉さんは家には居ない。

 何でも気を利かせて友達の家に行ってくれているらしい。

 非常にありがたい話ではあるのだが、俺は目の前でニンマリ笑うミクに若干背筋が凍る思いをしている。


「えっと……ミクさん……」

「何? アヤト」

「今日一日、とりあえずミクと過ごせばいいんだよね?」

「そうだよ~。私と過ごして、夜にいい事すればいいの」

「いや、それは姉さんとも過ごしてからだよね?」


 俺は昨日の事を思い出す。

 ミクと姉さん、どっちで捨てるかなんて非常に考えにくい事を言い始めていたっけ。

 それを考えても俺はすぐに答えが出る訳ではなく、結局、ミクと姉さんと一日一緒に過ごしてどっちが良いか、みたいな話になったのだが……。

 俺は一つ溜息を吐く。


「本当にこんな決め方で良いのか?」

「良いの!! だって、もうアヤトとあたし、ユウカさんは恋人関係なんだから。そういう事だって大事だと思わない?」

「まぁ、大事だとは思うけど……」

「それにそういうのは後々、遺恨になったりするかもしれない。そうなったら、嫌じゃない?」


 ミクの言い分も分かる。

 くだらない、といったらそれまでかもしれないけれど、こんな事でミクと姉さんの仲が悪くなる、というのも見過ごせない問題だ。 

 何より二人が喧嘩をするという状況こそ、俺の求める所ではない。


「だから、ちゃんとしないとね。と言う訳で、アヤトは今日一日、私とイチャイチャする事」

「分かったよ。最初はどうするんだ?」

「最初はね、もう決めてるよ」


 そう言ってから、ぴょんぴょん、と飛び跳ねるように移動したミクは俺の膝の上に座る。

 しかも、座り方は俺と向かい合わせになって、ぎゅっとコアラのようにしがみついてくる。

 おぉ、胸に大きなおっぱいが、むにゅって……。


「ん~、アヤトぉ……」


 甘えるような声を出すミクの頭を優しく撫でる。

 これはこれで小動物のようで可愛らしい。

 俺が優しく頭を撫でていると、まるで子犬のようにふるふると頭を振るわせる。

 多分、尻尾があったらぶんぶんと扇風機を回すかのごとく、ぶん回している事だろう。

 俺は頭を撫でながら言う。


「こんなんで良いのか?」

「良いの、良いの。こうして普通に甘えられるのってあんまり無かったんだから」


 言われてみれば。

 昔からミクは甘えたがりな所はあったが、ここまで露骨なものはそう無かったように感じる。

 俺はふわふわとした髪を撫でていると、ミクが口を開いた。


「あぁ~……幸せ……くんくん……アヤトの匂いがする」

「おい、あんまり匂いかぐな。お前は犬か?」

「子犬系彼女って聞いた事無い?」

「無いし、お前はどっちかと言うと猛犬……いった!?」


 俺が言うや否や、ミクが俺の腕に噛み付いてくる。

 骨に歯が食い込む痛みが走り、俺は目を丸くする。


「何してんだ!! 痛い!?」

「うるるるる……わんわん!!」

「犬じゃねぇか……」

「猛犬じゃなくて、忠犬って言って」

「忠犬って小さい頃からお前、言う事聞かないじゃん……」


 昔からそうだ。

 こいつはやるなっていう事はやるし、やれっていう事はやらない。

 その癖、自分の心の赴くままに動くせいで、いつも迷惑こうむるのはこっち。

 俺はミクが離した腕を軽く撫でる。普通に歯型が付いてるんだが……。


「お前、力入れすぎ」

「ふん……アヤト嫌い」

「じゃあ、どいてくれ」

「……ヤダ、好き」

「はいはい」


 ぎゅーっと離れるつもりはないのか、ミクは俺の背中に手を回し、しがみつく。

 俺も優しく背中を叩いていると、ミクが口を開いた。


「ん~、でも、これだけじゃ面白くないよね~」

「そうだな。ただ、抱き合ってるだけだぞ?」

「ライブ映像でも見る?」

「ライブ映像? あ、そういや、お前、レッスンとかは良いのか?」

「良いの、良いの。明日、本番だしね」


 いや、本番だったらリハーサルとか色々あるんじゃないのか?

 俺は疑問を覚えるが、ミクは言う。


「マネージャーには許可取ってきたよ、ちゃんと。アイドル辞める事も、全部ね」

「え? マジで? いつの間に……怒られなかったか?」


 俺の問いかけにミクは小さくうなずく。


「めっちゃくちゃ怒られたよ。今やめるってどういう事だ~って。事務所の社長まで出てきて本当に大変だったけど……でも、アヤトと一緒に過ごす為だからね。このくらいへっちゃらだよ」

「何か、ごめんな」

「謝らないの。だって、これは私が最初に決めた事。こうなる事は分かってたんだから。だから、ちゃんと見に来てくれなくちゃダメなんだからね」

「分かってる」


 そこまでの覚悟をして、自分を選んでくれたのにトップアイドル『Miku』の最後のステージを見に行かないなんて事はありえない。

 俺は彼女を奪った者としてそれを見届ける責任がある。


「ちゃんと姉さんと明日、見に行くよ」

「んふふ、うん。あ、でも、その後、ラブホとか行かないでよ?」

「行かないだろ……流石に……」


 流石にそれは無いんじゃないか、と俺は思うが……。

 姉さんは変な所で強引だ。そういう所に無理やり俺を連れ込むなんて事は考えられると言えば、考えられる。


「本当かな~……行ったら、すぐに連絡してよ。私も行くから」

「君はライブの打ち上げとか色々あるでしょ……」

「そんなの全部捨てて、アヤトに会いに行く!! 抜け駆けはさせない……」

「そうですか……」


 やはり、姉さんとミク。互いに抜け駆けをさせない、という鉄の掟があるらしい。

 ミクは俺にしがみついたまま、口を開く。


「でも、もうキスは二人ともしたからいいもんね」

「まぁ、それはそうだな」

「じゃあ、ちゅー」


 そう言ってから、ミクは目を閉じてキスを待つ。

 何ていうか、可愛い顔だな、相変わらず。俺はミクの頬に手を添えて、自分の唇を重ねる。

 柔らかな唇の感触を唇全体で感じ、俺の胸が一気に熱くなる。


「んっ……ふぅ……」


 口の端から、ミクの熱い吐息が漏れ、ミクは顔の位置を変えながら、何度も唇を重ね合わせる。


「ん……んっ……んぅ……」


 艶かしい声がミクの口から漏れていく。

 しばし、互いの唇を重ね合わせ、ミクは俺の顔から離れる。


「ん……キス、好きぃ……」

「そうか?」

「うん……なんかふにゃふにゃになっちゃう……」


 とろん、と瞳をとろけさせ、何処かぼーっとしているミク。

 しかし、俺にしがみつく手は強くなり、より俺に身体を密着させてくる。


「ん~……アヤトぉ……」


 何か久々に見る気がする。

 ミクの甘えたモードを。

 ミクは俺にしがみついたまますりすり、すりすりと胸に顔を擦り付ける。


「ん~はぁ~……幸せぇ~……」

「それは何よりだ」


 俺はミクの頭を優しく撫でる。

 こうしていると、ミクは気持ちよさそうに身を震わせ、ぎゅっと強く抱きつく。


「うへぇ……これは良いねぇ……癒されるぅ……」

「ミクは分かりやすいな。こうしてれば、元気になるんだから」

「女の子は皆そうだよ~。好きな人に抱き付いて、ナデナデしてもらうだけですぐに元気になるんだから……」


 これは持論だが、そういう回復能力があるのは相当、その人の事を好きでなければ起きそうにも無いと思ってしまう。

 しかし、彼女はどうやらそっち側の人間であるらしい。

 幸せそうに笑い、幸せそうに顔をすりつけ、幸せそうにとろけている。

 一つ言えるのは、こうしてるミクもまた可愛い、という事。


「そうか。じゃあ、いっぱい撫でてやらないとな」

「うん、いっぱい撫でてぇ~。キスも欲しいし、背中もトントンして欲しい」

「赤ちゃんか? お前は……」

「赤ちゃんはキスのおねだりしないよ? ほら、キス、キス、キィ~スぅ~」


 まるで赤ちゃんの駄々っ子のようにキスを強請るミク。

 こういうのも可愛く見えてしまうのはやっぱり、俺がミクに惚れているからなのか。

 俺はミクと唇を重ねながら、何度も頭を撫でる。


「んっ……んぅん~、もっろ……」


 キスをしながら何度も何度もせがむように俺に顔を押し付けてくる。

 ちょっと、力が強いというか、体重が掛かってきた。

 座っていたはずの体勢が徐々に後ろに倒れていき、最終的には俺が押し倒されるような形になる。


「ちょ、ミク……押すなって……んっ」

「んっ……」


 完全に無我夢中といった様子で俺とキスを続けるミク。

 これは俺が初めて知る一面だ。

 まさかミクが一度キスしてしまうと、ずっとキスをし続けるキス魔だったなんて。

 俺を押し倒してからも、上に乗ったまま何度も、俺の唇を奪ってくる。

 しかし、流石に酸素不足になったのか、一度唇を離し、俺の顔を見下げる。


「ふぅ……流石に苦しいや……でも、幸せぇ……うぇへへへへ……」


 だらしなく笑うミクの顔。

 俺はミクの頬をむにっと片手で掴んだ。


「お前、やりすぎだぞ。何か俺をぶっ倒しているし……」

「え? あ、あはは……ちょ、ちょっと夢中になっちゃった、ごめんね」


 申し訳なさそうに謝るミク。

 俺の心の中に滾る復讐心。俺はやられっぱなし、というのは性に合わない。

 やられたら、きちんと同じだけやり返す。

 俺はミクの肩に手を乗せる。すると、ミクが首を傾げる。

 ふふ、分からないだろうな。

 俺はそのまま優しくミクを押し倒す。出来るだけ、痛くないように。優しく。

 俺がミクの上に馬乗りになる形に変わり、ミクは目を丸くした。


「え……あ、アヤト?」

「悪いな、ミク。やられっぱなしってのは性に合わないんだ」

「え……え……も、もしかして……はぁ……はぁ……」


 何か良からぬ事を想像したのか、ミクの顔が一気に蒸気する。

 はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返し、俺を見る目はオンナそのもの。

 いや、あの、興奮してるのか? もしかして、ミクってMなのか?

 試しに俺はミクの頬を優しく撫でる。


「なぁ、ミク。もしかして……」


 ビクッ、ビクッ、と身体を震わせる。それに合わせて胸がぽよんぽよん、と弾むのは何だか見ていて面白い。

 俺の被虐心が刺激され、ミクの頬に手を添え、耳元に顔を近づける。


「興奮してるのか?」

「……んふっ、は……はい……こ、興奮、してます……あ、アヤトに……押し倒されて、こ、興奮してます……」


 いや、そこまで言って欲しいとは言ってないんだが……。

 もしかして、俺が知らないだけでミクってドMのムッツリスケベか。

 だったら、それに答えてやらなくてはならない。


「そうか……じゃあ、いっぱいいっぱい、キスしてやらないとな。頭ん中、ぐちゃぐちゃになるまで」

「は、はい……んっ!?」


 それから俺はミクにひたすらキスをし続けた。

 何度もビクビクと身体を震わせても、やめてと言っても、何度も何度も。

 そして、気付いた時には、ミクが半ば失神気味になっていて、普通にしこたま怒られた――。

 

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