第19話 アヤトの覚悟

 夜、就寝時。

 俺は部屋の中にあるベッドの上で横たわり、天井を見上げる。

 何とか考えはまとまってきた。

 さっき姉さんから話しを聞いた事。姉さんが教えてくれた事。

 それらを全部、自分の中に落としこんで、俺は覚悟を決めていく。


 うん、何回考えても一緒だ。


 俺は姉さんとミク。その両方が大切だ。

 二人とも同じだけ好きだと言ってもいい。

 二人から好意を向けられた時、俺はそのどちらかを選ばなければならない、と思った。

 それが社会の常識であり、恋愛感情を持った時の一つのケジメだと。

 だから、ずっと俺は姉さんとミク、この二人のどっちかにしなければならない、と思い続けた。

 けれど、違った。

 俺の心はそんな選択を望んでいなかった。

 どっちかなんて選べない。

 姉さんも、ミクも大事だって俺は気づいた。

 

 それに気づいた時、俺は大きな覚悟を決めなければならなくなった。

 姉さんとミクの人生を背負う事。

 ミクは俺とともに歩む道を選べばアイドルではなくなる。

 姉さんが俺とともに歩む道を選べば姉弟という関係によって社会から向けられる目は一気に厳しくなる。

 俺はこの二つを同時に背負い込む覚悟が無かった。


 幸せで合って欲しい。

 悲しまないで欲しい。

 高尚な理想を語っておきながら、心の中では二人の人生を背負う、という覚悟を持てなかった。


 それどころか、姉さんとミクの気持ちに真正面から向き合う事さえも。

 

「……でも、やっと。やっと、心の中にあるこの気持ちと向き合える」


 姉さんに言われた。

 俺の選択を尊重して、いつだって応援してくれる、と。

 その言葉を聞いた時、俺の胸の中にあったつっかえが一つ取れた気がした。

 いつも姉さんは俺を励まし、引っ張ってくれる。

 小さいころから、俺にその背中を見せて、何処までも先に進んでいく。

 そんな姉さんはいつもかっこよくて、大好きだった。


 今回も同じだ。

 俺は姉さんに導いてもらった。

 姉さんとミクの未来を背負うという大きな覚悟を持つにいたるまで。

 だからこそ、俺は思う。

 俺の気持ちは固まっていく。


 コンコン。


 扉をノックする音が響いた。

 それから姉さんの声が聞こえる。


「アヤト。入るわよ」

「うん」


 俺が返事をすると、ゆっくりと扉が開かれ、紺色のパジャマ姿の姉さんが姿を見せる。

 新品なのかどこかパリっとしていて、ぶかぶかの様子だ。


「姉さん、そのパジャマ、サイズ間違えてない?」

「そうね。着たら、何だか大きかったわ。やっぱり、服は通販で買うものじゃないわね」

「あ、そっか。そのパジャマ、試しに通販で買ったんだっけ?」

「そうよ。でも、ダメね」


 姉さんは嘆息し、こちらへと歩いてくる。

 それから掛け布団を当たり前のようにめくり、俺の隣に寝転がった。

 俺の隣には小さなころから感じた優しい温もりが広がる。

 これを感じると本当に安心するんだよな……。

 俺が身体を姉さんの方に向けると、姉さんも身体を変え、俺の方へと向ける。

 ちょうど、顔が見つめ合うような形になる。


「それで、アヤト。どう? まとまった?」

「うん、まとまったよ。姉さんのおかげで」

「そう」


 そう言ってから、姉さんは手を伸ばし、俺の頭を優しく撫でる。

 それを何度かやってから、頬に手を沿え、口を開いた。


「聞かせてくれる?」

「俺は姉さんが好き。でも、それと同じくらいミクも好きなんだ。二人を選べって言われても俺は選ぶ事が出来ない」

「……そうね」

「だからさ、俺は覚悟を決める。俺はどっちかを選ぶんじゃなくて、二人とちゃんとお付き合いがしたい。そんな……欲張りを許して欲しい」

「…………」


 俺の言葉を聞き、姉さんは何度もうんうん、と頷く。


「ええ、ええ。勿論よ。アヤト、私は貴方の選択を受け入れるわ」

「姉さん……ありがとう」

「でも、その道は大変よ? もしかしたら、ミクちゃんはそれを受け入れないかもしれない。そうだったら、どうするの?」


 確かに。

 姉さんは受け入れてくれるけれど、ミクがそうとも限らない。

 もしも、ミクが今の関係を拒絶してしまったら、今度こそ俺は本当に答えを出さなければならない。

 でも、なぜだろうか。

 姉さんと同じようにミクだって俺の幼馴染だ。

 きっと、ミクだって分かってくれる。そんな気がしているのだ。


「ミクはたぶん、受け入れてくれると思う」

「あら、どうして?」

「だって、ミクは俺と姉さんの幼馴染だから。小さい頃からずっと一緒に居て、俺たちが離れ離れになる事を望んでないと思うから」

「あら……ずいぶんと信頼しているのね」


 少しだけ憮然とした表情を見せる姉さんに俺は思わず笑ってしまう。


「姉さんだって同じくらい信頼してるよ」

「そんな信頼、全然感じないわ。ああ、姉さんの心はガラスのように脆いのに、アヤトのせいでボロボロだわ……」


 どこか演劇チックにそう言いながら、姉さんは胸を抑える。

 よよよ、と泣き崩れるような演技をしていて、俺は姉さんの頬に手を添える。


「ごめんね、ど、どうしたら、信頼してるって分かるかな?」

「そんな事も分からないなんて……やっぱり信頼してないのね……」


 顔に影を差し、うつむく姉さん。

 どうやら信頼の証を見せろ、という事らしい。

 俺は姉さんの背中に手を回し、ぎゅっと抱き寄せる。

 いつも頼りになる姉さんの身体は華奢で、とても暖かい。


「姉さん……好きだよ……」

「アヤト……ええ、私も貴方を愛してるわ」


 姉さんも俺の背中に手を回し、ぎゅっと強く抱きしめてくる。

 小さい頃、こうして抱き着かれる事はあったけれど、あの時とは全然違う。

 こう、小さい頃に抱き合うものよりも強く愛と温もりを感じる。

 すると、姉さんはぎゅっと抱きついたまま口を開く。


「ねぇ、アヤト。そういえば」

「ん? 何?」

「貴方、ミクちゃんとキスしたでしょ?」

「……え?」


 あれ? それって俺、話してないよね。

 絶対にバレると面倒くさいと思って、絶対に話題には出していなかったはずだ。

 キスのキの字も出していない。な、なぜ、知っている!?

 俺が心の中で驚愕していると、姉さんはぎゅっと強く俺を抱きしめる……。

 いや、違う。

 万力のようにギリギリと俺の腹部を締め上げて行く。


「ちょ、ね、姉さん!! 痛い、痛い!! うぐぇ……」

「ミクちゃんとキス、したわよねぇ? 何で姉さんには話さないの?」

「だ、だって……は、話したら露骨に不機嫌になるじゃなくて、何で知ってるの!?」

「当たり前じゃない。ミクちゃんからのリークよ」


 ミク、君はそれで良いのか?

 俺がそんな事を考えるが、腹部への圧迫感がどんどん強くなっていく。


「それで? アヤト。どうして話さなかったの? ミクちゃんは素直に教えてくれたのに」

「え、えっと……や、やましい気持ちがありました……ごめんなさい」

「全く……それで? アヤトが今、すべき事があるわよね?」


 姉さんは締め上げをやめて、緩く抱きつく。

 それからじーっと上目遣いで俺の顔を見つめる。

 そう、だよな。うん、そうだ。

 ミクにしたんなら、同じ事を姉さんにだってしなくちゃいけない。

 俺は姉さんの頬に手を添え、ゆっくりと顔を近づける。


 顔が近づくにつれ、姉さんの瞳がゆっくりと閉じられていく。

 そして、俺と姉さんはキスをした。

 互いに唇を合わせ、優しく……。

 柔らかで暖かく、潤んだ姉さんの唇の感触が俺の唇に広がる。

 優しくて、暖かくて、心が溶けていきそうになる。

 

 数秒ともいえる時間を長く感じる程、夢中になり、俺が口を離そうとした時。


 ガッチリと姉さんは俺の顔をホールドする。

 そして、次の瞬間。


「んふっ……れろ……」

「んーーーーーーーーーーーーッ!!」


 俺の唇を舌で無理やり割り、舌がねじ込まれた。

 口の中を姉さんの暖かくてやわらかい舌が這い回り、舌と舌を絡めあう。


「んっ、はぁ……もっと……絡めて……」


 俺は必死に姉さんの背中をタップする。

 ちょ、そこまでは聞いてない!!

 しかし、姉さんの暴走は止まらない。鼻で大きく呼吸をしながら、俺の口の中を蹂躙していく。

 口の端から涎が零れ落ちようとも、かまいもせず、姉さんは俺の唇を貪り食らう。

 

「ぷは……アヤト……」

「ね、姉さん……今のはダメだって……」

「ダメ? どうして? ミクちゃんは貴方のファーストキスを奪った。けれど、貴方のファーストディープキスは私のものよ」

「……いや、聞いた事無いし」

「良いじゃない、別に。ほら、もう一度」

「も、もう一度!? もう一度って何!?」


 ガシっと俺の顔をホールドし、またしても姉さんが俺の唇を奪ってくる。

 俺はいきなりすぎる行動に大した反撃もする事が出来ず、その行為を受け入れてしまう。

 ね、姉さん、力も強いし、ど、どうにかしないと……。

 俺は姉さんを引き剥がそうとするが、キスをする最中、姉さんは無我夢中といった様子で口にする。


「アヤト……好き……大好き……絶対、絶対……離さないから……んちゅ……」


 姉さん……。

 ただただ、姉さんの愛情が爆発しているだけか。

 俺は姉さんの上に乗っかるような形で体勢を変え、思い切り姉さんの舌に自分の舌を絡める。

 その瞬間、ぴくり、と姉さんの肩が震えた気がした。

 けれど、もう俺も止まる事が出来ない。


「姉さん……姉さん……」

「んちゅ……アヤトぉ、もっと、もっと……して……」


 今までの凛とした姉さんとはまるで違う物欲しそうな弱々しい声に俺の心に火が燃え上がる。

 もう止められないし、止まる事は出来ない。

 俺は一心不乱に姉さんの唇を奪い、口の中を蹂躙し続ける。


「あ、アヤト……ちょっと、ま……んっ!?」


 何度も何度も唇を奪い、身体を震わせ、太ももをこすり合わせる姉さんなんて無視し続けて、俺は姉さんの唇を、何度も、何度も、何度も、奪い続ける。


「姉さん……姉さん……」


 そこからの事を俺は良く憶えていない。

 ただただ、姉さんの唇が気持ちよくて、いつまでもキスをしていたい、という事だけしか残っていなかった。

 そして、翌朝。姉さんにしこたま叱られた。

 

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