第18話 ユウカの本音

「はぁ~……何だか疲れたわね……」


 私は気だるい身体を引き摺りながら家に帰る。

 私は基本的に毎日、大学が終わればすぐに帰るようにしているけれど、今日は帰る事が出来なかった。

 私はもう一度、大きく肩を落とす。


 本当に疲れた……。


 倦怠感に溢れる身体を引き摺るように歩く。

 何故、私がこんな事になってしまったのか。それは今日の大学で友達に言われた事が原因だ。


『ユウカ、お願い!! 合コンに参加してくれない?』

『嫌よ』


 最初は断っていた。

 私は合コンに興味はなかったし、男の人との出会いを求めている事なんて無かったから。

 私にはアヤトが居る。

 アヤトが居ればそれで良いし、アヤトしか男の人は目に入らない。

 だからこそ、他の女の子や男の子たちの為にも私は参加するべきではない。

 たった一人女性でそういう興味の無い人が交わるだけでお付き合いできる可能性が少なくなる。

 そういうの邪魔者にも私はなりたくなかったから。


 けれど、友達は言う。


『で、でも、もう頼れる人がユウカしか居ないの!!』

『他の子は?』

『皆、何か予定があるみたいで……全然捕まらなかったの。お、お願い!! 本当に居るだけで良いから!!』

『…………』


 そんな頼み込む友達の姿を見ていたら私もほっとく事が出来ず、受けてしまった。

 それからがとにかく大変だった。

 参加してるだけだったのに、他の女の子に見向きするんじゃなくて、皆男の子が私にばかり声を掛けてくるから。

 私は上手い事それをかわしながら、他の女の子たちに回していたけれど、その気遣いがとにかく大変だった。

 そのおかげで、他の子たちは多少なりとも良い雰囲気のまま別れたけれど。


 私はただただ、気疲れが凄かった。


「早く……アヤトに癒されよう……」


 ゆっくりと足を進めながら、私は家を目指す。

 既に夜も更けた時間。

 暗くなった道を進み、私は家に到着する。


 やっと、久しぶりにアヤトに会える。


 そんな期待感を胸に私は玄関の扉を開ける。


「ただいま~」


 後ろ手に扉を閉め、鍵を掛ける。

 それから廊下を進み、わたしはリビングへと向かう。

 リビングに辿り着くと、お風呂上りなのか首にタオルを巻いて、スマホを弄っていた。


「あ、姉さん、おかえり」

「ただいま。ごめんなさいね、今日はすぐに帰ってこれなくて」

「いや、別に大丈夫。たまには姉さんだって付き合いがあるでしょ?」


 ニコっと笑うアヤトを見て、私は違和感を覚える。

 その笑顔が何処か寂しそうだったから。


「何かあった? アヤト。顔がちょっと寂しそうだけど?」

「……はぁ、やっぱり、姉さんはそういうのすぐに見破るんだね」

「当たり前よ、毎日、貴方の事を見ているんだから」


 そう言いながら、私はアヤトの隣に腰を落ち着かせる。

 すると、アヤトは観念したといわんばかりに両手を上げる。


「全く。姉さんに隠し事は出来ないな。じゃあ、話、聞いてもらってもいい?」

「勿論よ」


 私が頷くと、アヤトは一つ咳払いをしてから口を開いた。


「姉さん、今日、合コン行ったんだよね?」

「あら? 何処で知ったの?」

「友達と会ってた所を見たからさ」


 まさかアヤトに見られていたなんて。

 恥ずかしいところを見られた、そんな事を考えていると、アヤトが口を開いた。


「姉さんが合コンに参加してるって事を知った時にさ、何か滅茶苦茶嫌になったんだよね。姉さんが他の男の人のものになるのかなって勝手に考えてさ」

「……何よそれ。私はずっとアヤトの側に居るわよ?」


 きっと、そういう事ではないけれど、私はアヤトにそう伝える。

 けれど、アヤトは首を横に振る。


「それは何となく分かってるけどさ……それに甘えたくないっていうか、ほら、世の中ってどうなるか分からないだろ?」

「……そうね」


 アヤトの言葉を聞き、私は小さく頷く。

 確かに。私とアヤトが姉弟ではなかったように、世の中は何があるのか本当に分からない。

 アヤトは少しばかり俯いて言葉を続ける。


「だからさ、そう考えた時……俺、姉さんを誰にも渡したくないって思った。多分……俺、姉さんの事、好きなんだと思う……」

「……そう」


 アヤトの言葉が私の心に染み渡る。

 ずっとずっと言われたかった言葉を言ってもらえた。

 その喜びが胸いっぱいに広がるけれど、そんな私の気持ちとは裏腹にアヤトの表情は全然優れていない。

 アヤトは一つ溜息を吐き、言葉を続ける。


「姉さんを失いたくないって思った時、それと同じくらい俺は、ミクも大事なんだなって気付いちゃったんだよ……俺は……姉さんもミクも失いたくない」


 それは何処か自分自身を嫌悪しているかのような言葉だった。

 それは何となく分かってしまう。

 アヤト自身、どっちかを選ばなければならなかったのに、結局、辿り着いた答えは両方。

 二者択一、という選択を選ぶ事が出来ず、彼の心が気付いてしまったのは私とミクちゃんへの気持ち。

 アヤトはぎゅっと拳を握り締める。


「俺……どっちかなんて選べない……すげー最低な事かもしれないけど……俺にはそれを選ぶ事が出来ないんだ……ねぇ、どうしたらいいんだ? 姉さん」

「…………」


 悲痛ともいうべきアヤトの言葉を聞き、私は目を閉じ、考える。

 やっぱり、ずっとずっと苦しんでいたんだ。

 私とミクちゃんを選ばなければならない、という大きな選択で。

 本当に色々な事を考えてきたんだと思う。

 きっと、答えなんてある訳じゃないし、正解があるものでもない。

 どっちを、何を選んだとしても、誰かが傷つき、悲しむ。


 それでも、アヤトはきっと二人共幸せになって欲しいと願い、考え続け、自分の本心に辿り着いた。

 たった一人を選ぶんじゃなくて、二人を選ぶという選択肢を。


 だったら、私に出来る事はたった一つだけ。

 私はアヤトの頭の上に手を置く。


「そう、それがアヤトがずっと考えて導いた答え、なのね?」

「うん……」

「だったら、それにドンと胸を張りなさい」


 そう言いながら、私はアヤトの胸を軽く叩く。


「私は最初からきっとアヤトがそんな選択をするだろうって思ってた。アヤトは優しいから、私とミクちゃんのどっちかを選べって言ったって、どっちかを選ぶ事なんて出来ないって」

「姉さん……」

「だって、私がもしもアヤトと同じ立場ならきっと、同じ選択をしていたから」

「姉さんも?」


 アヤトの問いに私は小さく頷く。


「ええ。私も貴方と同じ。ミクちゃんと貴方の幸せを誰よりも願ってる。いいえ、違うわね。そこに私も含めて、私達は三人で幸せになる未来をずっと思い描いてる。

 その関係性がどれだけ変わったとしても、私の理想とする未来はそれよ」

「……姉さんの理想?」

「私とミクちゃん、そのどちらかを選ぶ。これもとても大切な事だと思うわ。社会的にもそうした形が最も好ましいとされている。でも、それは所詮、社会のルールよ」


 私は真っ直ぐアヤトの顔を見つめながら言葉を続ける。


「私はアヤトやミクちゃんの為なら、社会のルールなんてどうでもいいの。無法者と言われようが、恥知らず、常識知らずと言われようが関係ない。その形こそが、私の幸せ、私の幸福。

 だったら、それが正解なのよ。私はね、もう自分自身の幸福を諦めない」


 私は一度、捨てた。

 自分にとっての最良の幸福を。

 だからこそ、もう一度そのチャンスが巡ってきた今、私はそれを手放さないようにする。

 どれだけ世間からの謗りを、罵り、蔑みを受けようとも、私はこの道を諦めるつもりなんて無い。

 私はそれをアヤトに教えてあげたい。


 人生において一番大事なのは自分自身がどれだけ最良の幸福を得られるか、だ。


 その為の選択を私はアヤトにして欲しい。


 アヤトが思う最良の幸福を手にして欲しい。


 私はアヤトの胸をもう一度、小突く。


「貴方にとって、最良の幸福って何? 最高の幸福は何? 今、貴方の胸の中にある、その大きな感情こそが貴方の答えなのよ。

 だったら、迷う必要なんて無い。私とミクちゃん選べないなら、選ばなくてもいい。それが貴方の出した答えなら、私もミクちゃんはしっかりと受け止めるわ」

「姉さん……」

「だから、そんな顔、しないの」


 私はアヤトの頬に手を添える。

 悲しそうだったアヤトの顔をあやすように、優しく撫でる。

 すると、アヤトは少しばかり擽ったそうに目を閉じる。


「姉さん……姉さんはそれで良いの?」

「良いのよ。言ったでしょう? それが私の幸福だって。それにね、何も独り占めできなくなった訳でもないでしょう? ミクちゃんの上、つまり、貴方の中の一番になればそれで良いんだから」

「……姉さんは本当に強いな」


 私の添える手に手を重ね、アヤトは感慨深く言う。


「いつも俺の一歩前を歩いててさ、俺の背中をいつも引っ張ってくれる。姉さんはやっぱりすごいな」

「……そんな事無いわよ。私だって貴方に沢山助けられてきた。貴方が居るだけで私は毎日頑張れるのよ」


 いつだって私はアヤトが側に居るから頑張ってこれた。

 朝も、昼も、夜も。毎日の出来事全てが、近くにアヤトが居たから。

 私はきっとアヤトが居なかったら何もやってない。

 アヤトが居るから、私だって力を貰って頑張る事が出来る。


 貴方のためにって、そう思いながら。

 それこそが、藤堂ユウカの原点だから。


 貴方の姿を見たあの日から、ずっと変わらない。

 可愛くて、守りたくて、たまらない貴方を見た時から。


 だからこそ、これから先の未来だって変わる事はない、そう私は確信できる。


「だから、これから先もずっと私は貴方を支えるわ。だから、自分の選んだ道に胸を張って進みなさい。それに私はずっと付いて行くから」

「姉さん……ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」


 私はそう言ってから、アヤトの頬から手を離す。

 すると、アヤトが意を決したように口を開いた。


「まだ、答えは出せないけど……必ず整理して姉さんに伝える。だから、もうちょっとだけ待ってくれないかな」

「……勿論よ。貴方の出す答えを待ってるわ」


 そうして、私はアヤトの元を離れ、自室へと向かう。

 自室の扉を開け、中に入り、私は一つ安堵の息を吐いた。


「ふぅ……好き、か……」


 アヤトが言ってくれた言葉を反芻する。

 きっと、アヤトの中で答えは決まっていると思う。

 これから先、どういう選択をしていくのかも決まっている。

 それを想像し、私は呟く。


「変わらないわよ、何も。ただ、ちょっと関係が変わるだけ。それで良いじゃない」


 私は私の思う理想の未来を想像する。

 そう、その未来は決して変わらない。


 変わる事なんてありえない。そんな事を考えながら私は疲れた身体をベッドの上に放り投げた。

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