第9話 ライバル

「ふむふむ……なるほど……」


 とりあえず部屋の中にミクを招きいれ、見つけた手紙を読ませている。

 ミクはその手紙を穴が開くほど読み、口を開く。


「ま、まさか、本当に姉弟じゃなかったなんて……」

「そうよ。つまり、これはもう貴方だけの特権ではなくなった」

「そうですね……そうかもしれませんけど……」


 ムっとした表情でミクは手紙を丁寧に仕舞い、机の上に置く。

 それからじっと姉さんを見つめた。


「わ、私の目の前でアヤトに抱きつくのは違うと思います!!」

「ダメよ。アヤトが離れたくないって言ったもの。姉さんは離れられないわ」

「そ、そんな事言ってない!!」


 ぷんぷん、と可愛らしい怒りを露にするミク。

 そう、今姉さんは俺の右腕にガッチリとしがみ付いている。

 それはもうミクに見せ付けるように。


 俺は思わず天を仰いでしまう。


 一体全体、昨日から何が起きているというのか。

 昨日、姉さんの気持ちは理解した。理解した上で断った、というよりも、時間稼ぎをした。

 そしたら、次は――。


 すると、俺の左腕をホールドし、ミクが腕の頬ずりする。


「アヤトは私と付き合うんだもん!!」

「あら? アヤトはそんな事一言も言ってないわよ? 随分と自己評価が高いのね」

「アヤト、どう? 私と付き合わない?」

「え、えーっと……」


 両腕に感じる温もりをできるだけシャットアウトしながら考える。

 確かにミクの気持ちは分かった。

 姉さんと同じだという事が。

 けれど、正直な所、ミクが俺に対してそういう感情を抱いている事は知らなかった。


「ユウカさん、離れてください。アヤトが困ってます」

「それはこちらの台詞よ。貴女こそ離れなさい。その牛のような乳が邪魔をしているわ」

「ユウカさん、胸が私よりも小さいからって嫉妬しないで下さい」

「嫉妬? アヤトはこの美乳が好みなのよ? 昨日だって、私の全てをアヤトに晒したんだから」

「なっ……どういう事!?」


 俺が考えている間にもミクと姉さんが何故かヒートアップしていく。


「えっと、昨日は姉さんと一緒にお風呂入って、一緒に寝たから?」

「ね、寝たぁ!? そ、それって、もうそういう事したの!?」

「ええ、したわ。それはもう、じっくりねっとりと……」

「う、嘘!! 嘘だよね、アヤト!!」

「嘘だから……姉さんも適当な事、言わないで」


 俺の忠告を聞くと、姉さんがつーんとそっぽを向く。

 

 おかしい。


 ミクと姉さんは別に仲が悪かったなんて話は聞いた事が無い。

 むしろ、互いに協力し合っていて、それなりに仲が良かった気がしたが……。

 ミクは俺の腕に抱きついたまま言う。


「アヤト、アヤトはどっちが好きなの?」

「あーっと、ちょ、ちょっと待って!!」


 とりあえず、頭の中を整理させて欲しい。


「二人共、一旦離れて!! 本当に!!」

「……しょうがないわね」

「アヤトが言うなら……」


 二人が俺の腕から離れた瞬間、俺は立ち上がる。

 そのまま二人の対面に移動し、一つ安堵の息を漏らす。

 とりあえずはこれで良い。


「ミク。その、俺が好きっていうのはさ……こう言うのも良くないけど、本当?」

「本当だよ。だ、だって、ちっちゃい頃からずっと一緒で、いっつも守ってくれてたから……」


 それは確かにそうだ。

 昔から、ミクの事を目から離せないでいた。

 それは恋愛的な意味というよりは、保護者のような目線で。

 小さい頃の彼女は好奇心旺盛で、色んな所に行ったり、挑戦したりと大変だった。

 そこで彼女を怪我させたり、怖い思いをさせないように、といつも俺が近くに居た。

 そういう時、彼女が自分の手でどうしようもなくなった時、いつだって最後に物事を片付けていたのは俺だ。


「守ってくれるアヤトがかっこよくて……ずっとずっと守って欲しいなって……」


 顔を赤らめて恥ずかしそうに言うミク。

 その顔は今までの子犬のような彼女とは違う、れっきとした恋する乙女の顔。

 そう、昨日見た姉さんと全く同じ顔だ。

 俺は困惑する。


 今の今までミクの事をそういう目で見た事が無い。

 どちらかと言うと、妹のような存在である事が大きい。これはちゃんと正直に言うべきだ。


「ミク。まず、好きって言ってくれてありがとう。それは凄く嬉しい」

「うん」

「でも、その、付き合うとかっていうのはまだ良く分からないんだ。これは昨日、姉さんにも話した事なんだけど。姉さんにも同じように好きって言われて、俺は姉さんをまだそういう目で見れないって話をした。それはミクも同じなんだ」

「そうなの? こ、こんなに身体は女の子なのに?」

「いや、えっと……そういう事じゃなくて。俺にとって、ミクは妹みたいな存在なんだよ。何かほっとけなくて……こう見てやらないといけない、みたいな」


 こういう時、嘘を吐くのが一番良くないと思う。

 ちゃんと二人から真っ直ぐの好意をぶつけられているのなら、それにはちゃんと誠意で答えなければ男じゃない。

 俺の言葉を聞いてくれたであろうミクはしゅん、と肩を落とす。


「妹……薄々はそう思ってたけど……そ、そう、だよね。だって、アヤト、全然、私に靡かないんだもん。ライブとかでアヤトに投げキッスしても全然気付かないし。テレビのインタビューとかで好きな男性のタイプで、アヤトの事話しても気付かないし」

「え……そうなの?」


 全然気付かなかった。すると、ミクの隣に居る姉さんが溜息を吐く。


「……ミクちゃんが可哀想ね」

「本当です。それにアヤトの好きなご飯を作っても、全然気付かないし……。アヤトが好きそうな服装とかしても、ぜんっぜん気付かないし。私が髪アレンジしても、何も言ってくれないし」

「…………」

「アヤト、最低ね」


 本当に申し訳ないが、全部気付かなかった……。

 どうやら、俺はとてつもなく鈍感らしい。


「……ごめん」

「良いもん。どうせ、分かってもらえないって分かってたから。でも、進展はあったから」

「……まぁ、確かに」


 確かに思いも寄らぬ形ではあるが、彼女なりに進展はあったんだろう。

 しかし、本当の問題は何もミクだけの話ではない。


「そ、それでさ。えっと、ミクへの気持ちもそうなんだけど、その……俺はどうするべきなんだろ」


 俺の問いにミクと姉さんが顔を見合わせる。

 そう、二人なのだ。俺に好意を寄せてくれる女の子が。

 日本は一夫多妻制を認めていない。つまり、選ぶのはどちらかだ。

 すると、ミクが口を開いた。


「ユウカさん、前に言いましたよね?」

「何をかしら?」

「私に協力してくれるって。私の恋を応援してくれるって」

「……そうね。言ったわね」


 え? そんな話をしていたの?

 新たな事実ではあるが、俺は間には決して入らず、二人の様子を見守る。


「だから、ユウカさん。アヤトを諦めて下さい」

「嫌よ。それにそういうのはアヤトが決める事だわ。私達はもう好意は伝えている。スタートラインは同じなのよ? それを決める権利は私達には無い」

「……そ、そうですけど」


 姉さんに言い負かされ、しゅん、と肩を落とすミク。

 まぁ、昔と今とでは状況が違う。

 姉さんも言っていたけれど、昔は姉さんと俺は姉弟だと思っていた。

 今はその状況がなくなり、言ってしまえば、赤の他人となった。

 そうなれば、姉さんの気持ちも我慢する必要が無くなる。


 やっぱり、全ては俺の選択に握られている。


 俺は考える。


 果たして、どっちと付き合いたいのか。どっちを愛しているのか。

 

 考えるけれど――答えは出てこない。出てくる訳が無い。


「…………」

「…………」

「…………」


 俺達の間に沈黙が流れる。

 皆が牽制し合っているのか、それとも何を話せばいいのか分からないのか。

 誰一人として喋ろうとはしない。

 カチ、カチ、と時計が秒を刻む音だけが響き渡る。


 ちゃんと、ちゃんと考えなくちゃダメだ。


 俺が必死に考えていると、ミクがポツリと口を開いた。


「アヤト」

「ん? どうした?」

「やっぱり答えは出ない、よね?」

「あー……うん」


 ミクの言葉に俺は頷いてしまう。


「……二人の気持ちは分かった。こんな宙ぶらりんな俺を好きになってくれてるのは凄く嬉しい。でも、やっぱり俺の中でまだ姉さんは姉さんで。ミクはミク。そこにその……恋愛のような好きはまだ無いんだ。だから……ここですぐに答えを出す事が出来ない」

「そうよね。そうだと思うわ」


 俺の言葉に姉さんは腕を組み、小さく頷く。

 すると、ミクは顎に手を当て、天を仰ぐ。


「……私はアヤトが好きで、ユウカさんもアヤトが好き。私はアヤトを諦めたくなくて、ユウカさんもアヤトを諦めたくない。そうですよね?」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、あの。ユウカさん、勝負、しませんか?」

「勝負?」


 ミクの提案に姉さんが首を傾げる。

 勝負とは一体……。


「えっと、私とユウカさん。どっちをアヤトが好きになるか勝負するんです。その間、お互い抜け駆けは禁止で、同じ条件でその……アヤトと接するんです」

「なるほど……アヤトと接して、最終的にアヤトに選んでもらった方の勝ちってそういう事?」

「はい。そうです!! その為に同じ条件になるんですから、私はここに住みます!!」

「え?」

「貴女、アイドルは良いの?」


 姉さんの疑問は当然だ。

 ミクは今、日本中に名を轟かせるトップアイドル。それは大きな責任と立場がある。

 基本的にアイドルは男性ファンたちの偶像として、夢を与える仕事だ。

 そんな子に彼氏が出来たとなると、世間からのバッシングは免れない。


「だ、大丈夫だよ!! うん」


 その時、ミクの顔には大きな戸惑いが見えた。

 俺はチラっと姉さんを見る。それは姉さんも気付いたみたいだ。

 けれど、姉さんは一言だけ。


「そう。貴女が良いなら、良いわよ」

「だ、だから!!」


 無理矢理話題を変えるようにミクは言葉を続ける。


「そ、それで一緒に暮らして最後はアヤトに選んでもらう!! そ、それで恨みっこ無し!! そ、それはどうかな?」

「悪くないわね。公平だし。アヤトもそれで良い?」

「え? えっと……まぁ、うん。度が過ぎなければ……」


 社会的に抹殺するとか、逆レとかそういう人権を無視したもの以外であれば構わない。

 むしろ、俺も真摯に向き合いたいと思っていた。

 せっかく二人が伝えてくれた思いに、ちゃんと応えたい。


「うん。俺は逃げないから。ちゃんと考えて、ちゃんと答えを出す。だから、二人には申し訳ないけど、その、待っててほしい」

「うん、分かった。アヤトがしっかりと考えて出した答えを待ってる」

「ええ。しっかり考えなさい。それはそれとして」


 そう前置きしてから、姉さんは素早く俺の隣に移動し、腕に抱きつく。


「アヤトは私と過ごす時間を長くしましょう?」

「あーっ!! 抜け駆け禁止だって!! 私も!!」

「ちょっ!? あの、二人共!!」


 俺が困惑していると、左側にミクがまたしてもしがみ付いてくる。

 だから、それやると、ミクの柔らかいマシュマロおっぱいが……。


「絶対に負けないから、ユウカさん!! 今日からライバルです!!」

「ええ、相手に不足はないわ、ミクちゃん」

「あ、あはは……喧嘩だけはしないでね……」


 俺は今日から姉さんと幼馴染と一緒に暮らす事になった――。

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