第8話 幼馴染、襲来
「……て……きて、起きて、アヤト」
「んっ……あ……」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
身体が揺さぶられる。それに煩わしさを感じ、俺はゆっくりと目を開く。
それと同時に見えたのは姉さんの顔。
俺は手を挙げ、目を擦る。
「んあ……今、何時……」
「7時よ。今日、朝からミクちゃんのニュース、見るんでしょ?」
「ああ……ライブ情報だっけ?」
俺はゆっくりと身体を起こし、背筋を軽く伸ばす。
そういえば、近い内に俺の幼馴染であるトップアイドル『Miku』がライブをするという話を聞いたな。それと同時にライブDVDも発売されるとかで、テレビに出るとか。
それを是非とも見て欲しい、と本人直々に頼まれていたのを思い出す。
「あー……オッケ」
「とりあえず、顔を洗ってらっしゃい。朝ごはんは作ってあるから」
「うん……」
朝はあまり強くない。
俺はぼんやりとした気分のまま立ち上がり、部屋を出る。
それから行き慣れた洗面所に向かって、顔を洗う。
顔に水を掛けると、一気に目が覚めてくる。
「ふぅ……」
乱れた髪を直し、歯磨きして。いつも通りのルーティンをこなし、洗面所を出る。
姉さんもまたいつも通り、エプロン姿で朝食を作っている。
「アヤト、テレビ点けて」
「あいよ」
姉さんの言われるがままに俺はテレビを点ける。
ちょうど、その目的となるニュース番組のチャンネルになっていて、芸能ニュースがやっていた。
俺は椅子に座り、それを眺める。
昨今、世間を騒がせているニュースは、超有名女優の不倫だ。
そのニュースが連日、報道されている。
俺としては芸能界の友人が居る以上、こうしたスキャンダルというのは重く見てしまう。
「この女優さん、清楚をウリにしてたのに。やっぱり裏ではやる事やってるんだな」
「そうね……ミクちゃんからも話し聞いても、あんまり良い話は聞かないものね」
「……大丈夫か? あいつ。あんまり変な事に巻き込まれてなきゃいいけど……」
「……心配?」
「そりゃね」
そりゃ、もう物心ついた時からの付き合いだ。
幼馴染の清水ミクとは。
彼女を一言で現すのなら、『子犬』だ。
いつもワンワン、と言っているように聞こえるくらいに従順で後ろを付いてくる。
そのくせ、甘え上手でこっちがどうすれば折れるのかを良く知っている末っ子体質。
良くそれで姉さんを味方につけて、俺をからかって遊んでいる事もしばしば。
ただ、純粋かつ無邪気な所もあって、こう見ていると、時々こっちが心配になる世間知らずっぷりを発揮していたりする。
今はそういうのがトップアイドルとして輝くあの子の長所になりつつあるが……。
幼馴染としては変な男に引っかからないかと心配になる。
そんな事を俺が考えていると、姉さんが湿った眼差しを俺に向ける。
「……ねぇ、アヤト」
「何? そんな顔して……」
「姉さんとミクちゃん、どっちが大事なの?」
「えっと……え?」
あまりにも唐突な質問に俺は目を丸くしてしまう。
姉さんは朝食を作る手を止め、軽く手をエプロンで拭きながら、こちらに近付いてくる。
「ねぇ、アヤト。アヤトはいつもミクちゃんに優しいよね?」
「え? ね、姉さん?」
「……私、全然、アヤトに優しくしてもらった事ないのに」
ふいっと拗ねた子供のように姉さんはそっぽを向き、俺の目の前に立つ。
「アヤトは姉さんよりもミクちゃんの方が大事だもんね」
「……え、えっと、姉さん、もしかして、嫉妬とかしてたりする?」
一番最初に思った事を姉さんに伝えてみる。
すると、姉さんはいきなり椅子に座る俺の膝の上に座り始めた。
あまりにも突然すぎる行動に俺は目を丸くする。
「ね、姉さん!?」
「嫉妬してるわ。いっつも、アヤトはミクちゃんの事ばかり。姉さんの事は全然見てくれないもの」
「いや、み、見てるよ? ほら、今も……姉さんの後頭部が……」
「…………」
ぐりぐりぐりぐり。
姉さんの人差し指の第二関節を折り曲げたグリグリ攻撃が俺の太股を抉る。
「い、痛い、痛い!! ごめんって!! そういう事じゃないよね!!」
「そうよ。申し訳ない気持ちがあるなら、今、姉さんを抱き締めなさい」
「……良いの?」
「ええ、ガバっと来てちょうだい」
俺は姉さんを後ろから前に腕を回し、優しく抱きつく。
すると、姉さんは俺の腕を優しく掴み、口を開いた。
「そう。アヤト、姉さんも恋する女の子なのよ? 他の女の子の話をされたら、嫉妬しちゃうわ」
「でも、姉さんだってミクとは仲良いじゃん」
「それはそれ、これはこれよ。姉さんだってもう血が繋がってないんだから、同じように接して欲しいわ」
「同じようにって……どんな?」
俺が首を傾げると、姉さんは抱かれたまま言う。
「そのまま頭を撫でなさい」
「こう?」
ナデナデ、ナデナデ。
優しく姉さんの頭を慈しむように撫でる。
「……ええ。悪くないわ。貴方、ミクちゃんにいつもやってるものね」
「いや、あれはやらされてる……」
俺は思い出す。
今、ミクは多忙だ。だから、昔ほど会えていないが、出会う度に――。
『アヤト、頭撫でて!! ほら、速く!!』
そう言いながら、頭を突き出して、頬に押し付けてくる。
それで頭を優しく撫でると――。
『うぇへへへへへッ!!』
とてつもなくだらしない顔をしながら、嬉しそうに笑う。
それが何というか日課になってしまっているから、やっているというだけ。
そこに俺自身、他意がある訳ではない。
しかし、姉さんはそれが気に入らないのか、グリグリとお尻で太股を押して来る。
「ちょっと姉さん、体重掛けないで」
「あら? 重い?」
「ちょっと、おも――痛いッ!?」
太股をとてつもない力で抉られた……。
全身がビックリする程の激痛が走り、顔を歪める。
「ちょっ!? ね、姉さん!?」
「貴方はデリカシーを学びなさい。後、姉さんは重くないわ」
「そ、そう?」
「何?」
「いえ、何でもないです」
今、とてつもない殺意を向けられた気がした。
姉さんは怒らせるととてつもなく怖いので、何も聞かなかった事にしておこう。
すると、姉さんは俺の膝の上から立ち上がり、テレビを見た。
「そろそろよ、アヤト」
「え? あ、ミクだ」
テレビに視線を向けるとちょうどトップアイドル『Miku』の情報が流れていた。
相変わらず、可愛いし、スタイルが滅茶苦茶良いな。
ふんわりとしたボブカットの髪と柔らかなで幼げな顔立ち。それらがこちらに与える癒しと可愛らしさをこれでもか、と伝え、そんな愛らしさとは裏腹に男の視線を釘付けにする大きな胸。
犯罪的とも言われる胸から腹部にかけて、そして、お尻にかけてのライン。
理想的なボン、キュッ、ボンと言える体型。
前にせがまれて、抱き締めた事があったのだが、まさしくゆるふわボディという言葉が似合う程に肉感的でありながらも、日々のレッスンによる逞しさが同居した不思議な身体。
そんな可愛らしい幼馴染がテレビに映っている。
「何か相変わらずザ・アイドルって感じだな」
「そうね。キャラも男受けするものだし、最近はバラエティでも良く見るようになったわ」
「ホント、忙しそうだもんな」
昔はほぼ毎日のように遊びに来ては、全力で遊び帰っていく、みたいな生活を送っていた。
しかし、アイドルとして売り出すようになってからは殆ど会えていない。
一応、同じ学校には通っているものの、仕事の都合で出て来れていない。
それが少々可哀想だなと感じてしまう。
「青春を犠牲にアイドルか……」
「まぁ、あの子がちゃんと考えて選んだ道だから。アイドルになりたいっていうのもあの子の夢だったしね」
「そうだな」
それはもう何回も相談された。
アイドルとして生きていくのか、一般人として生きていくのか。
何度も何度も相談して、いつも俺達が言っていたのは、自分の後悔しない道を選ぶ事。
その結果、ミクはアイドルになった。
会えなくて、ほんの少し残念だな、とは思うけれど。
ミクの夢ならば、俺は精一杯応援すると決めている。
ピンポーン。
と、そんな事を考えていた時。インターフォンが鳴った。
「姉さん、俺が行くよ」
「ええ、お願い」
キッチンで料理中の姉さんの手を煩わせるわけにはいかない。
俺は立ち上がり、リビングを抜け、廊下を足早に進む。
それから玄関に立ち、扉を開けた。
「はい、どちらさまああああああッ!! いってっ!?」
扉を開けた瞬間、何かが弾丸のように飛び出してきて、俺の腹部に絡みついた。
あまりにも唐突な出来事に俺は足元がふらつき、後ろに倒れ、頭を強打する。
「いって!? な、何事!?」
「すんすん……すんすん……これは。アヤトの匂い!?」
「……ミク?」
俺の腹部に絡み付いているのは変装の為か、ベレー帽を被り、目元には真っ黒のサングラスを掛けたワンピース姿の少女。
しかし、長年の付き合いと言葉から理解する。
「ミク? お前、何してんだ?」
「アヤト、久しぶり。元気だった?」
「久しぶりって……一週間くらいだろ?」
「なっ……一週間も幼馴染が離れてたのに、そんな冷たい反応!? うぅ……アヤトが私の知らない間に薄情な子に……うぅ……」
「はいはい、泣き真似すんな」
俺がミクの背中を優しく叩く。
すると、背後から姉さんの声が聞こえた。
「アヤト、何かすごい音が……何してるの?」
「あ、ユウカさん!! お久しぶりです!!」
「ミクちゃん、何してるの?」
姉さんは無表情のまま、ミクに尋ねる。
あ、この雰囲気は不機嫌だ。しかし、ミクはふふん、と得意げに胸を張る。
「ユウカさん言ってたじゃないですか。使うべきは己の身体だって。だから、私、身体を張ってみました。どうですか? 効果抜群だと思いませんか?」
「……へぇ、そうね。確かにそう教えたわね。でも、残念ね、ミクちゃん」
ニコニコと語るミクとは対照的に姉さんは何処か挑発的な笑みをミクに向ける。
えっと……そんな話してたの?
俺が心の中で疑問に思っていると、姉さんはミクの顔を真っ直ぐ見つめて、言う。
「ミクちゃん、残念なお知らせよ。アヤトと私は血が繋がってないの。つまり、私は既に貴方と同じステージに立ってる。この言葉の意味が分かるかしら?」
ん? ステージ?
俺が首を傾げるよりも先にミクが衝撃と言わんばかりに目を見開く。
「え、えええええッ!? ど、どういう事ですか!! しょ、証拠はぁ!! 証拠は何処にあるんですか!!」
「証拠? そうね。昨日、私達はそれを知ったのよ。手紙でね。つまり、これで貴女に協力する理由は無いわ。私はアヤトが好きなの。一人の男の子として。それは貴女も知っているでしょう?」
「なっ……つ、強い……」
「え、えっと……二人は何を盛り上がってるの?」
完全に俺が置いていかれているような気がするのは気のせいだろうか。
ミクはうー、と唸ってから、俺に覆いかぶさるように抱きつく。
「ちょ、ミク!?」
「だ、ダメ!! ユウカさんでもアヤトは譲れない!!」
「ちょ、ちょっと、ミク!! 重いから、離れて」
「重くない!!」
「ぐえっ!?」
俺の腹部にミクの肘が入り、一瞬息が止まる……。
いや、姉さんといい、ミクといい、体重掛けてきたのはそっちじゃん……。
と、心の中でぼやくと、ミクは姉さんを睨みつけ、言い放つ。
「わ、私だってアヤトが大大大好きだもん!! 絶対に渡さないんだから!!」
……え? え?
どうやら、俺は修羅場の中に放り込まれているらしい。
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