第7話 怪しさしかない

「それで、花ちゃんはこれからどうしたい?」

「……花ちゃんって」


 不満げに花子が呟く。


「その方が女友達っぽいでしょ? 嫌ならやめるけど」


 花子の目が何かを思案するように泳ぎ。


「……やめなくていい」

「僕の事は早霧でいいよ。さっちゃんはNG。花ちゃんとさっちゃんじゃギャグみたいだし」

「そもそもそんな風に呼ぼうとか思わなかったから」


 挑むように花子は言って。


「……ていうか、女の子なら僕は変でしょ」

「あたしとか言いたくないし。僕っ子って事で勘弁してよ」

「………………」


 花子がジト目を向ける。


 多分反論を考えているのだろう。


「この見た目だよ? 痛い感じの僕っ子でもおかしくないでしょ」


 ふすっ。


 マスクの中で花子が吹き出す。


 咳払いでそれを誤魔化して。


「……そうだけど、自分で言う?」


 照れ隠しのような声で告げる。


「別にこれが本当の姿ってわけじゃないからね。花ちゃんの要望に合わせただけだよ」

「………………そう」


 どことなく、バツの悪そうな雰囲気。


 気まずさを感じたのだろう。


 沈黙を埋めるように花子が聞いてくる。


「……じゃあ、本当のあんたはどんななのよ」

「ニートだよ」

「え?」

「だからニートだって。何度も言わせないでよ」

「ごめん……」

「別に花ちゃんが謝る事じゃないけどね」

「そうだけど……」


 マズい事を聞いてしまった。


 そんな雰囲気を感じる。


 それでいて、花子は理由が気になるようだ。


 ダサい眼鏡越しに、チラチラと盗み見るような視線を向けてくる。


「どうしようもない奴なんだよね。それで、お金持ちのお姉ちゃんに寄生して遊んで暮らしてる」

「……そ、そうなんだ」

「幻滅した?」

「え?」


 なんで?


 そう言いたげな声だった。


「レンタルでも一応彼氏だし。もっとちゃんとした相手を期待してたんじゃないかなと思って」


 声を潜めて早霧が言うと。


「……別に。最初から期待なんかしてないし」


 つっけんどんに花子が返す。


 やっぱり変だと早霧は思った。


 期待してないなら、なぜ彼女はレンタル彼氏を利用したのだろう。


「……でも、そういうのは言わない方がいいと思う。あたしは別に気にしないけど……。こういう仕事なら、嘘でもちゃんとした人っぽく見せた方がいいんじゃない?」

「僕もそう思う」


 自嘲するような笑みを浮かべる早霧に。


「……じゃあなんで」と花子。

「嘘つくのもなんだし。っていうか僕、年齢=無職のクソニートだし。まともな人の真似なんかしてもすぐにボロ出ちゃうと思うんだよね」

「……呆れた。そんなんで大丈夫なの?」

「わかんない。これが初仕事だし。どう? 大丈夫そう?」

「知らないわよ……。あたしだってこういうの初めてだし……」

「でも、デートくらいはした事あるでしょ?」

「あるわけないでしょ。あたしは――」


 言いかけて、花子はハッとして言葉を飲み込む。


「――ないわよ。あんたこそ、普通のデートはした事あるでしょ?」

「ないよ?」

「それは嘘でしょ」

「嘘じゃないし。どうしてそう思うの?」

「……だってあんた」


 まじまじと花子が早霧の顔を見つめる。


「……顔は良いでしょ」

「まぁそうだけど。特にモテた事はないかな」

「その顔で?」

「美人の姉に似てるだけだからね」

「?」


 なに言ってんだこいつは?


 そんな感じで花子が目を細める。


「それはそうとさ、そろそろなにするか決めない? 散歩したいならそれでもいいけど」

「……そういうわけじゃないけど」

「けど?」

「……あんたが決めてよ」


 花子は辺りを伺って。


「……レンタル彼氏なんでしょ?」


 風が吹けば掻き消されそうな声で囁く。


「花ちゃんのやりたい事に付き合うのが仕事なんじゃない?」

「……そんなのないし」


 不貞腐れたように即答する。


「なんにもないの?」

「いいから決めてってば!」


 早霧は肩をすくめた。


「じゃあ、なにか食べようよ。お昼だし、お腹空いちゃった」

「……あたしは空いてない。食べてきたから」

「えぇ……」

「なによ。えぇ……って」

「だってデートだよ? しかもお昼に待ち合わせだし。一緒にお昼食べるんだと思うでしょ」

「……外で食べるの、好きじゃないの」


 花子の視線が逃げるように泳いだ。


 なにやら訳ありの匂いがした。


 それを言うなら、全身訳ありみたいな子なのだが。


「じゃあいいよ。適当にコンビニで買うから。それならいいでしょ?」

「……それなら、まぁ」

「一応言っておくけど、花ちゃんの奢りだよ?」

「はぁ? なんでよ!」

「レンタル彼氏だからね。デート代は全部花ちゃん持ち。規約に全部書いてあったと思うんだけど、読まなかった?」


 バツの悪そうな顔で花子が頷く。


「お金ないなら我慢するけど……」

「違うわよ! バカにしないで! お金なら腐る程持ってるんだから!」


 ムキになって言うと、花子は小さくて可愛いらしいキャラクター物の財布から一万円札を取り出した。


「ほら! これでいい?」

「ありがと~。花ちゃん大好き!」


 早霧が笑いかけると、花子はギョッとして赤くなった。


「ば、バカ! 変な事言わないでよ!」

「ただの営業スマイルだよ」

「うっ、うるさい! さっさと買ってきて! グズグズしてたら帰るからね!」


 近くのコンビニを指さして花子が叫ぶ。


「え~。一緒に行こうよ~」

「なんでよ!」

「いいじゃん。一応デートだし。それとも、コンビニに行きたくない理由でもあるの?」

「そ、そういうわけじゃないけど……」


 もごもごと花子は言うと。


「あぁもう、分かったわよ! 行けばいいんでしょ行けば!」


 そんなわけで二人でコンビニに入る。


「ん~。どれにしようかなぁ~。あ、見て見て花ちゃん。新作スイーツだって。美味しそうじゃない?」


 自分だけお昼を食べるのもなんである。


 スイーツくらいなら食べれるだろうと話をふるが。


「……あんまり話しかけないで」


 妙にコソコソしながら花子は言う。


 本当に変な子だ。


「じゃあ、適当に花ちゃんの分選んじゃうよ」


 お弁当に飲み物、コンビニスイーツを抱えてレジに並ぶ。


 店内放送では、流行りのアイドルがコラボキャンペーンの宣伝をしていた。


「今の聞いた? なんかアイドルのクリアファイル貰えるみたいだけど――あれ? 花ちゃん?」


 いつの間にか花子の姿が消えていた。


 トイレだろうか?


 なんて思っていると、不意にスマホが鳴った。


 シンデレラバーズのアプリにメッセージが来ている。


『やっぱり外で待ってる』


 顔を上げると、店の外で目深に帽子を被る花子の姿があった。

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