第6話 妙な客

 そんなこんなで初仕事の日になった。


 客とは事前にシンデレラバーズのアプリで連絡を取れるようになっている。


 一応早霧も挨拶だけはしておいたが、既読が付いただけで返事はなかった。


 指定された時間は12時、場所は遊ぶ所なんか特になさそうな地味な駅の出口付近にある郵便ポスト前だ。


 早霧は美雨に買ってもらった黒っぽいゴスロリ服で待っている。


 明らかに浮いていて、すれ違う男達の視線が痛い。


「……本当に来るのかなぁ」


 少し前に、早霧は相手にメッセージを送っていた。


 着きました。


 ネクロマンサーみたいな恰好です。


 洒落のつもりだったのだが、やはり既読がつくだけだ。


 あるいはこちらの姿を見て、なにかしら不満があって帰ってしまったのかもしれない。


 仕事の性質上、そういう事だってあり得るはずだ。


 なんて事を思っていたら。


「……あんたがネクロマンサー?」

「うわぁっ!?」


 後ろから声をかけられて早霧は驚いた。


「そうだけど。脅かさないでよ」


 振り向くと、妙な女が立っていた。


 キャップにマスク、ダサい眼鏡。


 GUで揃いそうなデカいパーカーに安っぽいジーンズとスニーカー。


 長い黒髪を飾り気のないゴムで後ろに結んでいる。


 夜中にコンビニに行くような格好としか思えない。


 背丈は早霧よりちょっと小さいくらい。


 年齢は近そうで、目元だけ見れば美人の類に思える。


 まぁ、目元だけなら大半の人間はそう見えるだろうが。


 なんにしたってこれからレンタル彼氏を利用しようという客の格好には見えなかった。


 オマケに態度もぶっきら棒だ。


 不機嫌と言うか、拗ねたような雰囲気がある。


「あんたが勝手に驚いたんでしょ」

「君が勝手に驚かせたんだよ」


 言い返すと、女はマスクの中で舌打ちを鳴らした。


 気まずい沈黙が舞い降りる。


「……ごめん。こういう性格なんだ。気を悪くしたなら謝るけど」

「……別に。あたしもこういう性格だから」


 右下の虚空に向かって女が言う。


 人見知りか、照れ屋なのかもしれない。


 あるいはそこに幽霊でも見えているか。


「それで、どうする? まずは自己紹介とか?」

「……ここじゃやだ。とりあえずちょっと歩きたい」

「いいけど。どこに行くの?」

「……どこでもいい。目立たない場所なら」


 それとなく女が辺りを見回した。


 まるで尾行でも気にしているみたいだ。


(……こりゃ確かに変人だね)


 なにかの病気でそういう妄想に憑りつかれる人がいると聞く。


 そういう系の人だろうか。


 それならば、普通の人扱いして欲しいという要望も頷ける。


 ただ、そんな客を姉が斡旋するとは思えなかったが。


 あるいは、そんな客だからこそ斡旋したのかもしれない。


 人生経験とか、そういう奴だ。


 どれだけ仲が良くても、早霧は早霧、美雨は美羽。


 違う人間の考える事なんか本当には理解出来ない。


 早霧も別に文句はなかった。


 それこそ、こういう人の為にレンタル彼氏というサービスはあるのだろうし。


「じゃあ歩こう」


 あてどなく歩き出す。


 そもそも引き籠りがちなニートである。


 こんな駅、降りるのだって初めてだ。


 なんで彼女はこんな場所を待ち合わせに指定したのだろう。


 そんな事を考えながら早霧は名乗った。


「改めまして。僕は早霧。今日一日、君の彼氏になる男だよ」

「ちょっと!」


 見えない尻尾でも踏んづけられたみたいに急に女が怒りだす。


「なに?」

「なにじゃないし。女って設定でしょ! 誤解されたらどうするのよ!」

「どういう誤解?」

「それは……。とにかく、あたしといる時は女として振る舞って」

「……それはいいけど。それってつまり彼女って事?」

「はぁ?」

「いやだって、女って事はそういう事でしょ?」

「女のあたしに彼女がいたらおかしいでしょうが」

「そういうご時世でもないんじゃない?」

「あたしはノーマルよ! だからって男好きなわけでもないけど……」

「わからないな。僕はどういう立ち位置で君に接したらいいわけ?」

「………………普通に女友達でいいわよ」

「そう。それなら出来そうだ」


 答えながら、白紙のプロフィールに情報を追加していく。


 変人、怒りっぽい、女好きではないけれど、かと言って男好きでもない。


 じゃあなんでレンタル彼氏なんか利用したんだろう。


 どうにもちぐはぐな相手である。


 そのまま暫く無言で歩くと。


「……あたしの事、変な奴だって思ってるでしょ」


 どことなく、後ろめたさを感じる声。


「嘘と本音どっちがいい?」

「……本音でいいわよ」

「じゃあ思ってる」


 またしばらく無言で歩き。


「……それだけ?」


 じれったそうに女が尋ねる。


「詮索して欲しいならするけど」

「……そういうわけじゃないけど」

「君の要望は聞いてる。僕はその通りにするだけだよ。それが仕事みたいだし」

「……変な奴」

「君には負ける」

「あたしは別に変じゃないし」

「変人はみんなそう思ってるんじゃない?」

「あたしだって別に好きでこんな事してるわけじゃ――」


 女は声を荒げると。


「――……もういい!」


 拗ねたようにそう言った。


「怒んないでよ」

「怒ってないわよ。ただ……色々と複雑なの」


 例えば、お忍びのお姫様とか?


 そんな冗句は心の中に留め、早霧は軽く肩をすくめた。


「それで、君の名前は?」

「……なんだっていいでしょ」

「そういう訳にはいかないでしょ」

「………………じゃあ、花子」

「じゃあ?」

「花子よ! 文句ある?」

「文句はないけど」


 怪しくはある。


 今時花子なんて名前をつける親がいるだろうか。


 まぁ、何処かにはいるだろう。


 じゃあ、がなければ早霧もそう片づけた。


 多分偽名だ。


 どうして?


 理由なんか幾らでも考え付く。


 レンタル彼氏なんて怪しいサービスを利用するのだ。


 捨て垢感覚で偽名を名乗ったって不思議ではない。


 とりあえず、その辺で納得しておく。

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