第5話 前哨戦
数日後、最初の客が決まった。
「どんな人?」
「普通の人よ。ちょっと変わってるけど」
「なるほど。変人か」
「うぐ……。やっぱり早霧相手に嘘はつけないか……」
「一応これでも弟だから」
これといって指摘できるような違和感はなかった。
それでも分かる。
何か違うと。
姉に嘘が通じないように、早霧にも美雨の嘘は通じない。
まぁ、場合によるが。
「で。なんで隠すの?」
「そういう要望なの。向こうの素性については詮索しない事って」
「ならそう言えばいいのに」
「そうなんだけど、それを説明するのも駄目なのよね。あくまでも彼氏役には普通の人って事でデートして欲しいのよ」
「怪しいなぁ。大丈夫なの、それ」
「素性はハッキリしてる人だから! 怪しい所は全くないわよ。早霧に誓って!」
「……まぁいいけど。選べる立場でもないし。他にはなにかある?」
「むしろそっちの方がネックなのよねぇ……」
「なに?」
早霧が促す。
なんにしたって条件を聞かない事には判断のしようがない。
「えーとね、その、女装して、女の子ってていでデートして欲しいな~って……」
「………………それってさぁ。変人じゃなくて変態って言うんじゃないの?」
「事情があるのよ!」
「どんな事情さ……」
「だから言えないんだってば! 悪い人ではないと思うし、そういう癖だと思って引き受けてくれない?」
「……まぁいいけど」
「え。いいの!?」
予想外と言う風に姉が驚く。
「よくはないけど……。美雨ちゃんが選んでくれた相手だし。断れないよ」
「無理はしなくていいんだからね?」
「別に無理なんかしてないけど。でもいいの? 僕で。なんか面倒臭そうな相手だし。もっと慣れてる人の方がいいんじゃない?」
初めての客にしてはハードルが高すぎるように感じる。
失敗して、美雨の会社の評判を落とすのは嫌だ。
「その辺は大丈夫。ぶっちゃけると早霧くらいしかマッチしそうな相手がいない案件だったのよ。パッと見完全に女の子に見える女装じゃないとダメだから。その点早霧は大丈夫でしょ?」
「悪かったね。男らしさの欠片もない見た目で」
早霧が口を尖らせる。
顔もそうだが、早霧は身体つきも中性的だった。
ほっそりとしたなで肩に華奢な体格。
声も高めで、喉ぼとけもほとんど目立たない。
普通にしていても、たまに女と間違われる程だ。
「もう! 拗ねないでよ! そういうのも早霧の立派な個性でしょ? 実際こうして役に立ってるわけだし」
「嬉しくて涙が出そうだ」
早霧は皮肉っぽく肩をすくめ。
「でも僕、女物の服なんか持ってないよ?」
「むしろ持ってたら怖いわよ。いや、それはそれで有りなんだけど」
舐めるように早霧を見ると、美雨の目が怪しく光る。
「……美雨ちゃん? もしかして、そういう癖?」
「いいじゃない! こんなに可愛い弟がいたら、どんな姉だって女装させてみたいって思うわよ!?」
「絶対に主語が大きすぎると思うけど。美雨ちゃん、自分の願望を叶える為にそのお客さん選んだわけじゃないよね……」
「まさか!? たまたまよ! 偶然! あくまでもビジネスなんだから!」
「………………だからさぁ。嘘ついても分かるんだって」
早霧はジト目で美羽を見つめた。
「うぅ……。そりゃ! 確かにちょっとは私情も入ってるけど! ちょっとだけよ! いいでしょ!? お仕事斡旋したんだし、少しくらい良い目見ても!」
「……まぁ、別にいいけど。それで結局服はどうするの? 美雨ちゃんの服を着るわけじゃないよね?」
流石に早霧の方が背は高いが、言う程大きくは変わらない。
着ようと思えば着れない事もないレベルだ。
「それこそまさかでしょ。折角早霧が女装するんだから、お姉ちゃんがピッタリの服選んであげるわよ。その為に今日は半日空けてあるんだから!」
「えぇ……。いいよ勿体ない……」
選んであげると言っているが、早霧は文無しのニートである。
つまり、全部美羽の奢りになる。
それはちょっと申し訳ない。
「日頃からガチャ代で何万円もせびってるくせに、今更気にする事?」
「それはそれ、これはこれでしょ。女物の服なんか買って貰っても使い道ないし」
「いいじゃない。プライベートで着れば。折角だからたまにはそれ着てお姉ちゃんともデートしてよ」
「え~」
「え~じゃない! なんにしろ、デートの日は決まってるんだから。ほら、さっさと支度して買い物行くわよ」
「は~い……」
そういう訳で美雨の運転する車で百貨店にくり出した。
「ん~。こっちもいいけど、これも捨てがたいわねぇ……」
リボンとフリルがゴテゴテついた西洋人形みたいな服を両手に持って美雨が悩む。
「待ってよ美雨ちゃん……。流石にそれはやり過ぎだって。絶対似合わないから……」
「そんな事ないわよ!? あたしの弟なのよ! 絶対に似合う! 間違いない! ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」
「はい。とてもお似合いになると思います」
「ほら! 店員さんもそう言ってる!」
「そりゃ言うでしょ。店員なんだから……」
そもそも男に女物の服を着せようとしている事を突っ込んで欲しいのだが。
そんな気はさらさらないらしい。
「いえいえ! いつもはお世辞ですけど、今回は1000%ガチです!」
「それもそれでどうなのかな……」
力強く言われたら呆れるしかない。
「ねぇ早霧。ちょっと試着してみてよ」
「え~……」
「あんたの服を買うのよ? サイズの問題もあるし、試着しないと始まらないじゃない!」
「はいはい、わかりましたよ……」
こうなる事は薄々覚悟していた。
言われるがままに試着室に入るのだが。
「……これ、どうやって着るの?」
「お姉ちゃんに任せなさい!」
腕まくりをした美雨が入ってきて、あれよあれよと半裸になった早霧にゴスロリ服を着せていく。
「ひぃ~! か、可愛いぃいいい! 我が弟ながら恐ろしいわね!」
「やめてよ……。恥ずかしいから」
着替え終えた早霧を見て美羽が黄色い悲鳴を上げる。
そこにすかさず店員がやってきて。
「こちらのお洋服も如何でしょうか」
「あら。悪くないわね。早霧! こっちも着てみて!」
「いやもうこれでいいでしょ……。っていうか、僕的にはもっとカジュアルなのがいいんだけど……」
「いいから着るの! ハリーアップ! この後ウィッグと下着も買わないと行けないんだから!」
「ちょっと待って。流石に下着は嫌なんだけど!」
「念の為よ! 嫌ならプライベート用にしていいから」
「いらないよ!?」
その後も美雨に連れ回され、言われるがままに試着しまくった。
気分はパリコレモデルである。
「は~! 買った買った! 楽しかったぁ~! 可愛い弟とする買い物は最高ね!」
「……もう。こんなに買ってどうするのさ……」
両手いっぱいに紙袋をぶら下げて早霧がボヤく。
ざっくりとだが、百万以上使ったのではないだろうか。
「あたしの稼いだお金をどう使おうがあたしの勝手でしょ! 大事な弟の初仕事&初デートだし、下手な服なんか着せられないじゃない!」
なんだかなぁという気持ちだが。
こんなに楽しそうな姉を見るのは久々である。
それだけはよかったのかなと早霧は思った。
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