第3話 死にたい
「……どうしたの早霧?」
翌日の事。
夕飯のスペアリブを一口齧ると心配そうな顔で美雨が言った。
「……え? なにが?」
一瞬ギクリとして、何事もなかったかのように早霧は言う。
美雨はますます心配そうな顔をして。
「……なにかあったんでしょう?」
「……そんな事ないけど」
「絶対嘘。お姉ちゃんには分かるんだから。ねぇ、なにがあったの?」
姉の顔は心配を通り濃くして深刻な色になっていた。
「なんでもないって。ちょっとガチャで爆死しただけ」
カブのサラダに視線を落とす。
スペアリブを齧ると、味付けを失敗していた事に気づく。
食べられないという程ではないが、美味しくはない。
「……ごめん。別のを作るよ」
「いいから! お姉ちゃんに隠し事はなし! でしょ?」
スペアリブの皿を片付けようとする早霧を美雨が止める。
早霧は何も言えず、気まずい沈黙が暫く流れる。
「……早霧」
泣きそうな声で姉が言った。
早霧は観念し、浅い溜息を吐く。
「………………バイトの面接を受けに行ったんだ」
「ウソッ!?」
思わずギョッとして、美雨が口元を押さえる。
そして取り繕った笑みを浮かべ。
「そ、そう。頑張ったじゃない! どんな仕事――」
言いかけて、美雨は気づいたのだろう。
「――でもいいけど。うん。早霧が頑張ってるなら、お姉ちゃんは何も言わないわ」
無理に明るく言うと、もしゃもしゃと失敗したスペアリブに齧りつく。
それで早霧は余計にいたたまれない気持ちになった。
「……コンビニだよ。近所のコンビニ。落とされちゃった。コンビニ舐めんなって」
「なんでよ!?」
スペアリブを握ったまま、拳骨でテーブルを叩く。
「……わかんない。僕がニートだからかな? 今まで何してたのとか。そんなんで働けるのとか。怒られちゃった。それなりに真面目に答えたつもりだったんだけどね……」
「早霧は悪くないでしょ!? 悪いのはそこのコンビニの店長よ! どこのコンビニ!? お姉ちゃんがガツンと言ってあげるわよ!」
「いいよ。向こうにだって選ぶ権利はあるんだし。……別の所、探してみるから」
口ではそう言ったが、本当は気が進まなかった。
早霧もまさか、コンビニのバイトを落とされるとは思っていなかった。
その上今までの人生を根掘り葉掘り聞かれ、人格否定のような説教までされた。
その通りだし自分が悪い事は分かっているが、ただでさえなかった働く事に対する自信が余計になくなってしまった。
やっぱり僕は出来損ないの社会不適合者なんだ。
わかっていた事だが、こうやって実際に突きつけられると辛いものがある。
「気にする事ないわよ! 本当に! 仕事なんかガチャみたいな物なんだから! 今回はたまたま相手が悪かっただけ! そんな所、落ちて正解よ! 早霧にはもっと相応しい仕事があると思うし!」
「……適当な事言わないでよ。コンビニのバイトを落とされたんだよ? そんな奴に、他にどんな仕事があるって言うのさ」
「……早霧」
「……ごめん。美雨ちゃんに八つ当たりするなんて、本当どうしようもないね」
早霧が席を立つ。
「ちょっと頭冷やしてくる。夕飯は後で片付けるから、そのままにしておいて」
姉はなにか言いたげだった。
けれど、何も言わなかった。
心配されている事は分かっていた。
痛いくらいに分かっている。
心配なんかしないで欲しかった。
自分なんか放っておいて欲しい。
こんな奴、心配する価値もない。
身勝手な、甘えた考えである事も分かっている。
でも、それが僕なんだ。
底なし沼のような自己嫌悪に沈んでいく。
部屋に戻って頭から布団を被る。
なにもしたくない。
何も考えたくない。
それなのに、頭の中にはグルグルと考えたくない事、思い出したくない事が泡のように浮かんでくる。
バイトの面接で言われた事、学校で言われた事、親に言われた事。
早霧を傷つけた幾つもの場面、言葉、状況が何度も何度も繰り返される。
死にたい。
消えたい。
気が付けば、あの日の自分に戻っていた。
いや。
あの日から、自分は何も変わっていない。
変わりたいのに。
姉と一緒に家を出たら、何かが変わるかと思っていたのに。
実際はそんな事は全然なくて、今も早霧は同じ場所で足踏みを続けている。
出来た姉の不出来な弟。
双子なのに、まるで似てない出がらしの弟だ。
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