第4話 唯一の職業

 地面に散らばったフェンリルの肉塊をみたら気分が悪かろうと、炎で燃やし尽くす。


「終わりましたよ」


 俺の声と共に、ごうの蓋が開く。

 フィールド上に俺しか立っていないのを見て、三人は驚きの表情と共にそれぞれ口を開いた。


「嘘だろ……本当にやっちまったのか?」

「あり得ないっスよ! 一分も経たずにフェンリルを倒すなんて!」

「で、でもダンジョンボスクリアの合図が出てるから本当だよ……」


 女性の視線の先には、洞窟を照らす壁掛け松明。先ほどまでは赤く燃えていた炎だったが、緑色に変わっている。

 なるほど、情景の変化がクリアの合図だとは聞いていたものの、実際は言われるまで気づかないものだなぁ。


 ごうから出てきたリーダーの男は、不審な顔を隠す様子もなく俺の前に立つ。


「どこ所属のチーターだ」

「……はい?」


 チーターって、あれだよな。チートを使うハッカーのことだよなぁ。ゲームをハッキングして不正な方法で荒らしを行うっていう。

 記憶を探れば、確かにそんな記事を数カ月前に読んだ気がする。


 ダンジョンのボスは、一定期間を経て復活する。ゲームのクエストに何度行っても特定の敵がいるのと同じように、ダンジョン内では魔物がリスポーンする仕組みになっているようだ。

 それを悪用したのがチーターで。アンチ魔力システムのツールを組み、意図的にダンジョンモンスターを“分解”してしまうのだ。

 競技性が求められるダンジョン攻略では、当然規制対象であり、ランクの高いダンジョンには常に入場検査がある。なので、時折こうして見つかる、入場検査のない低ランクダンジョンの裏ルートにてチートを使うことが多いらしい。


 俺は慌てて両手を振り、否定する。


「チーターじゃないですよ!」

「信用できねぇな」


 プロから見れば、チーターなんて軽蔑の対象だと思う。リーダーの男は、俺を侮蔑したような目で睨みつけてきた。


「フェンリル討伐、魔力回復……色々と言いたいことはあるが、何より。お前の“年齢“がチーターである証だ」


 流石に二十代です、なんて誤魔化しは効かねぇぞ。と彼は言いたげである。


「いやあ、それは……」

「どんな能力を持っていようが、強かろうが弱かろうが……冒険者の活動可能年齢は二十代までだ!!」


 二十代まで。

 ……彼の言い分は、至極正しい。


 異世界でも、現実世界でも、冒険者には“活動限界”というものが存在する。


「俺たちは、魔力を“消費”して戦ってる! だから、お前みたいな歳になってもフェンリルと戦えるだけの魔力を残しているやつは存在しねぇ! この世界に魔力回復の手段がないのも、そういう“ルール”だからだ!」

「……そうですね」


 通常、体内魔力は年齢と共に衰退する。

 産まれたときに持ち合わせた魔力量を“消費”しながら戦うので、いずれ枯渇する。

 使わずに持ち続けたとしても、自然と緩やかに減少していく。

 第二の心臓ともいうべきか、砂時計ともいうべきか。だからこそ、冒険者の全盛期は十代後半~二十代前半までと言われているのが普通だ。


 全盛期を過ぎて引退した冒険者らは、セカンドライフとして指導者や教師、学者を選択する者が多い。戦えないが、次の世代の若人に知恵と経験を受け継ごうってわけ。


 勇者であれ、稀代の魔道師であれ、それは同じ。

 まあ俺の仲間、三十代後半までバリバリ現役だったけど! 通常の人の倍は全盛期を続けているんだから、やはり天才たちだったよ。あんな魔力量を持って生まれる人なんて、多分あと千年は出てこないんじゃないか。


「授業……ってわけではないんですが。知識を少々」


 俺は迷いつつも、口を開く。


「貴方の言う通り、我々人間は、魔力を消費しながら戦います。魔物と違って、失った魔力は戻ってこない」


 ごうを作ると決めた時、この人は引退を決意したはずだ。魔力が尽き果てても、それでも仲間を守ろうとした。


「一つだけ、例外があるんです」

「例外?」

「はい。常識の逆……最初は魔力がほとんどなく、年齢と共に“増幅”する職業が、一つだけあるんです」


 俺は転移当時、ギルドの職業診断所で『ドンマイです!』と言われた。

 それくらい、当時の異世界でもハズレスキル扱いだった。なにせ“増幅”とは言っても、ようやくまともに使える頃には、老人になっているからだ。


「回復術師。世界でただ一つ、頑張れば頑張るだけ強くなる職業です」


 聞きなれない言葉だったのか、それとも今まで出会った回復系スキルの人間とイメージと違ったのか。男は目を見開き、言葉を詰まらせた。


 そんな彼の背後で、女性が「嘘でしょ……」と言葉を震わせる。

 見れば、俺に向かってスマホを向け、画面と俺を何度も見比べていた。


「リーダー……チーターだと思って検知機能を使ったんですけど……」


 女性の隣にいた男が、興味深そうに画面をのぞき込んだ瞬間、顔を青ざめさせる。


「SSSスキル!? SSSって……未発見だったはずっスよ!!」


 女性は急いで指先で画面を操作する。すると、俺たちにも見えるように文字がホログラムとしてスマホ上に浮かび上がってきた。



 ====

 ユーザー:米田キスケ

 体内魔力量:上限オーバー。検知不可


 ユーザーの魔力量上限突破により、ランク判定が本来の規定基準以上の可能性があります。至急、研究所までお越しください。


 スキル:癒しの女神・パナケイア

 分類:回復術師

 ランク:SSS

 習得技能:表示可能文字数を超えるため、表示できません。


 ====


 実は現実世界に帰った当初、俺も自分のスマホで自分のスキルを調べていた。

 結果はまあ、異世界にいた頃と同じだったし。まさかこっちでSSSランクスキルが貴重だなんて思わなかったけど。


 こう見えても、初期のステータスはEランクだったんだ。進化して、進化して……どうにか魔王討伐直前にSSSランクに辿り着けた。

 やっぱり、勇者パーティと巡り合えてよかったなあ。


 しみじみと思い出を振り返って頷いていると、女性と共に画面を見ていた青髪の青年が慌てた口調で大きな声を上げる。


「あ、貴方の話が本当だったとして! 魔力量の説明はどうなるんスか! 検知機能の魔力量の上限は、一億人のプレイヤーを合わせても届かないように設定されているはずで!」

「ああ。それは……」


 俺のことをチーターだというのなら、見方によってはそうかもしれない。

 なにせ、俺の魔力増幅は通常の増幅速度を桁違いに超えてしまっているから。


 俺は、さきほどフェンリルがいた場所に片手を伸ばす。


「うん、まだ残っていますね」


 フェンリルの姿はなくなってしまっているけれど、奴が残した魔力は空間に満ちたままだ。時間経過で霧散するけれど、せっかくなら実際にやってみせたほうが早い。


「――魔力採取マジック・コレクション


 フェンリルの魔力が、赤色に染まって俺の手のひらへと吸収されていく。

 数値にはでないだろうが、これでまた俺の魔力量が増えただろう。フェンリル程度じゃ、どう変化したかなんてもう体感できないけど。


「回復スキルだと知ったとき、最初に身につけた技です。自分一人で魔力を増やすに時間がかかるなら、そこら中に溢れている魔物から吸い取ってしまえばいいじゃないかって安直な考えだったんですけどね」

「う、嘘っスよ……そんなことできるわけ……」

「他人の血を自分の血とする医療行為があります。一番有名所だと、輸血とかですかね。似たような仕組みだと思ってください。まあ、できるようになるまで一年はかかりましたが」


 通常、魔物が持つ魔力は人間にとって毒だ。

 解毒し、適合させ、取り込む。言うは易しだが、俺一人じゃ絶対習得できなかった。

 ルルがいたおかげで、俺は魔力の扱いについて詳細な知識を得ることができたんだ。この技は、回復術だけでは補えない部分を魔術によって補完している。


「技の構成論を説くと、学生は大抵寝てしまうんです。六時間くらいで説明できるものなのに、勿体ないですよね」

「お、俺たちも遠慮するっス……」


 俺がまともにメンバーとして戦えるようになるまで、贄となる魔物はアストラが狩りまくってくれたし。

 おんぶにだっことはこのことである。


 ともあれ、優秀なパーティメンバーのおかげで、俺は二十代前半にしてSSSランク回復術師の道を駆け上がったのだ。ちなみに、歴史上振り返っても俺しかいないらしい。


 これ以上言葉が出ないのか、三人は固まってしまった。すると、表示されっぱなしだったホログラムの文字列に変化が現れ、新しい文字が書き出されていく。



 ====

 新たなスキルを検知したため、情報の更新を行います。

 ユーザー:米田キスケ


 スキル:癒しの女神・パナケイア

 分類:回復術師

 ランク:SSS

 習得技能:表示可能文字数を超えるため、表示できません。


 スキル:大魔導士・キルケー

 分類:魔道師

 ランク;SSS

 習得技能:表示可能文字数を超えるため、表示できません。


 スキル:戦の神・アレス

 分類:勇者

 ランク:SSS

 習得技能:表示可能文字数を超えるため、表示できません。


 ====


「はい!?」


 真っ先に驚いたのは、俺だ。

 いやいやいや、待て待て待て! 下の二つは、ルルとアストラのものだぞ!!

 確かに魔力採取マジック・コレクションは三人で作り上げた禁術級の魔法だけども!

 お前、魔法も普通に使えるでしょ。と言われりゃ否定しないし、肉体一つである程度の戦闘が可能な頑丈さも持っているけども!!


 画面を見ていた女性が、ぼそりと呟く。


「回復術師で魔導士で勇者……」


 いや、下二つはほとんど勘違いっていうか。その機械がバグっているというか。どう説明したらいいのやら。「いやあ……二十年ほど異世界に転移してて、勇者パーティで回復術師をやっていただけなんですが……」なんて言ってもまた話がややこしくなるし。


「えっと、その……」


 愛想笑いで誤魔化そうとした俺の肩に、ドンっと重みがのしかかる。

 リーダーの男が、俺の両肩を掴んで真剣な眼差しを向けていた。そこにはもう、先ほどまで疑いを持っていた色はない。


「お前さんに話がある。ちょっくら、俺たちのアジトまでツラ貸してくれや」

「……はい」


 ヤ○ザが海に人を沈めるときの台詞だろ、と思いつつも。どうにもこの状況から逃げられそうにないので、頷くしかない。下手に逃げて、変に話を広められても困るし。

 明日仕事を休む連絡でも入れておくか……。


 三人が先に出口に向かう中、その後ろを着いていく。

 裏ルートを出る直前、俺は改めて先ほどまでフェンリルがいたフィールドを振り返った。


「……やっぱり変だな」


 あのフェンリルは、異世界にいたときに出会ったカタチと同じものだった。このダンジョンに満ちている魔物の魔力も、同様だ。

 魔力感知に長けている俺が間違うはずがない。


 ならば、なおのことおかしい。

 異世界では、一度死んだ魔物は“リスポーン”なんてしない。一度命が燃え尽きてしまえば、どれだけ肉塊の中に魔力が残っていようと、再生できない。


「試しに魔力採取マジック・コレクションでフェンリルの魔力ごと消し去ったが……どうなることやら」


 ダンジョン自体が電子世界のようなRPGゲームとなっていて、入り口を通った瞬間に俺たちの身体がダンジョン用に置換され、現実とリンクしたVRMMOに近いものになっている。っていうなら納得だが。


 じゃあ、“誰が”これほどまでに異世界の魔物を熟知した再現を行っている?

“誰が”異世界にあるのと同じスキルを人間側に付与している?


「おじさん! 出ないんですか?」

「今行きます」


 俺が立ち止まっているのをみた女性が不思議そうな顔で声をかける。

 後でゆっくり考えようと、俺は現状世界の初ダンジョンを脱出した。






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勇者パーティを追放された異世界帰りのおじさん回復術師は、現実ダンジョンで無双する はちみつ梅 @hachimituume

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