第3話 追放宣言
―― 一年前。
「パーティ追放されてくんね? ヨネダのおっさん」
飯行かないか? くらいのノリで、ある日の晩飯時、俺はパーティ追放宣言を受けた。
目の前には食事と共に、俺を除く3人がテーブルを囲んでいる。
追放宣言をしたのは、正面に座るリーダーのリュウ・イーマン。右手には、彼の幼馴染であるジーク・オルナム。二人とも、俺より一回り以上年下だ。
リュウの左手に座っている少女は……ええっと、名前はなんだったか。なにせ、今日の昼間に会ったばかりの子だ。
追放宣言に少し驚きつつも、俺はなるだけ笑みを浮かべて口を開く。
「リュウ、急にどうしたんだい?」
「急にもクソもねぇよ。四十三歳にもなって冒険者続けやがって。引退時期って言葉、知らねぇの?」
「うーん、知っているとは思うが、回復術師に引退の概念は……」
「自主引退だよ!! こんな若者のパーティにいて、恥ずかしくねぇのかよ!」
鼓膜を突き破るほどの声量が飛んできて、アハハと頬を掻く。
リュウの興奮を抑えたのはジークで、彼は冷静な顔つきで補足を始めた。
「ヨネダさん。あなたがこのパーティの初代メンバーであり、叔父さんの相棒であったことは存じ上げています。ですが、そろそろ我々だけに任せてはもらえないでしょうか?」
叔父さん、とはリュウの父親であるアストラのことだ。
俺たちのパーティが結成したのは、もう二十五年も前の話。リーダーのアストラ・イーマンは剣豪として名高く、所謂“勇者”と呼ばれた男であった。
もう一人のメンバーは、彼の妻であり、世界最高峰と呼ばれた魔道師であるルル。
そして俺は……ただの、なんてことない回復術師。“転生者”という物珍しさからアストラに拾われ、結成から三年後には有難いことに右腕なんて呼んでくれた。
ああ、懐かしい。天才たちについていこうと、必死に鍛錬を繰り返した日々。
人間には千年不可能と言われた魔王を討ち取った瞬間。
これからは平和な世界だと国王に告げ、勲章を授かった日の天気は、昨日のことのように覚えている。
「聞いてますか、ヨネダさん」
「あ、うん。聞いているよ」
「ケッ。耳まで遠くなってんじゃねぇの?」
チラリ、とリュウの隣にいる少女を見る。金髪ツインテールのせいでやや幼く見えるが、濃いめの化粧は若者らしい雰囲気がある。
魔力量と持ち物から推定するに、恐らく回復術師だろう。それと、リュウとお揃いのネックレスを付けている。
……おお。彼女か! いやあ、あんなに小さかったリュウが彼女を……って、これはおじさん思考だな。
ともあれ、察するに。彼女を入れたパーティメンバーで活動したいから、保護者のような立場である俺が目障りだ、といったところだろう。
「いいねぇ。若いねぇ」
「はあ!? 煽ってんのか!」
「違う違う!」
慌てて手を振り、咳ばらいをする。
「ただ、少し心配なだけだよ」
「心配される必要なんてどこにもねぇよ!」
「リュウ、落ち着け。……でも、リュウの言う通りです。ヨネダさん。リュウの魔力量は、若いころの叔父さんらには劣っても、常人以上です。心配は無用かと」
「確かに、同じ十代の子らと比べると優秀だと思うよ。でも、俺の心配はそこじゃない」
俺は再び、少女を横目で見た。男たちの会話には一切興味がないと言いたげに、爪を弄っている。
本来、パーティとは一代限り。しかし、勇者パーティであった俺たちのパーティは、国王の命令で解散を禁止されている。そこでアストラは、二年前に息子であるリュウにリーダー権を譲り渡した。
俺も一緒に引退を考えたが、駆け出しの冒険者であった息子の心配をしたのだろう、アストラは俺にパーティへ残るよう頼んだ。
若人の中におじさんが一人。まあ、こんな日がいつかくるじゃないかとは思っていた。
引退……引退か。
俺は今日までのことを振り返りつつ、苦笑する。
「リュウ。俺がアストラから頼まれたことは、ただ一つ。俺がいなくなるのなら、その約束は君自身で守りなさい」
「はあ?」
「死なないこと」
スッと、視線をあげてリュウを見据える。捲し立てていたリュウだったが、その瞬間だけ息を詰まらせた。
「申し訳ないが、そこのお嬢さんの力量は人並みだ。パーティランクがSSSだからといってSSSランク任務に行くと……死ぬよ」
この言葉に反応したのは、少女のほうだった。
「……ウザ。キモ」
ストレート! グサっと刺さる一言に、作り笑いを返すのが精一杯だった。
まあ、そうかあ。大人の忠告って、俺たちも若いころはムカついてたもんなあ。どうして、歳を食うと同じような言葉を言ってしまうんだろうか。
「ばっかじゃねぇの! おっさんも見てただろ! 俺たちは強いんだ! 今までもSSSランクなんて余裕だっただろ!」
「それは……」
君たち、一万回死にかけてるけど、俺が死ぬ気で治療してたからね!
とは言わず、どう言葉をかけようか悩んでいれば、リュウとジークが顔を見合わせて頷き合った。
「とりあえず、追放でいいですね。俺たちの新メンバーを侮辱する人は要らないので」
「分かったよ。じゃあ、俺はアストラたちの所へ行って旅の合流でも……」
「いえ、その必要はありません」
ん? と思ってジークを見る。
彼はローブの内側から紫色の水晶を取り出した。
「
「……転送玉! どうして君たちがそれを!」
異世界から現世に帰る方法は、十年ほど前にルルが作り上げた。時空魔法と時間魔法をかけ合わせた代物で、本来別々に存在する世界を繋げる役割を果たす。
異世界で経過してしまった時間や年齢を巻き戻し、「十八歳のときに転移した日の翌日」に行先を指定できるというものだ。
もし俺が現世に帰りたくなった時は、といって作ってくれた。「いつかね」と、別れを惜しんだ俺は、なんだかんだ今日まで使うことはなかった。
「親父の部屋を漁ったら見つけたんだ。ったく、こんな便利なものを隠しやがって」
「いけない! それはルルが使うからこそ正確な威力を発揮するもので……!」
「うるせぇよ。やれ、ジーク」
リュウが首でジークに合図を送る。
止めなければ、と立ち上がったが、遅かった。水晶は紫色の輝きを放ち、俺の身体が光に包まれていく。手が透けているのをみた俺は、身勝手な行動をしたリュウを叱ろうと口を開く。……が、咄嗟に言葉を変え、笑みを浮かべた。
「……リュウ。アストラとルルに伝言を頼みたい」
リュウは俺を見たまま返事をしないので、望み薄かと思いつつも続きを述べる。
「楽しかった。幸せだった。二人の強さを尊敬していたし、憧れた。おかげで、俺は今日まで冒険者を続けてこられた」
俺一人だったら、何もかもが成し遂げられなかったことばかりだ。
「どうか、リュウたちを叱らないでやってほしい。馬鹿な真似も、無茶なことも……俺たちだって散々やってきたことだから」
「はっ。この期におよんで、いい人気取りかよ」
「そう見えるかな? 本心さ」
俺はリュウを真っすぐに見つめる。真っ赤な髪色と自信に満ちた瞳。若い時のアストラによく似ている。でも、彼は勇者ではない。勇者という概念は、アストラで最後だ。
だとするならば。俺たちという存在が彼の劣等感になってしまっていたのかもしれない。
身体が消える。元の世界に戻る。
……最後に何を残そうか。
考えても、考えても。洒落た言葉は一つも浮かばなかった。
「……ありがとう」
そうして、俺は追放という形で現世に戻った。
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