第2話 痛いなら治療しましょうか?

 身体強化をかけて走ること1分。たどり着いたダンジョンは、すでに野次馬とみられる人々が集まっていた。


「ここがSSSランクダンジョン? 大きさ的にありえなくない?」

「裏ルートだってさ。行ってみる?」

「昼間入った人死んじゃったんでしょ? 無理無理」

「クレートを独り占めするためのデマかもしんねぇじゃん」


 野次馬を押しのけ、俺は無理やりダンジョンの入り口に立つ。


「うわ、おっさんキモ」

「普通押しのけてまで入りたいかよ」

「ああいう歳の取り方したくなーい」


 そんな野次には目もくれず、俺はダンジョンへと侵入する。

 入ってみれば、入り口すぐはいたって普通の洞窟だった。土壁と岩がちらほらと見え、一本道だ。


 事前情報によれば、このダンジョンの正規ルートは分かれ道が一つしかない。分かれた先で再度合流する形となっており、そこにクレートがある。


 少し進んだ先の分かれ道を右に行けば、スライムなどの低級魔物がいる。左にいけば、浮遊系のスキルが必要ではあるが、魔物はいない。


「隠しルートは……」


 俺は正面に向かって手をかざした。


 ――魔力感知!


 視界の右端で、人魂のようなものが浮かび上がる。

 数は、一、二……三、四、五? 二つは、同僚確定だとして。昼間挑戦したって人が、まだ生きている?


 隠しルートを出すには、岩の並びを見て謎解きが必要らしいが、そんなことをしている暇はない。

 俺は、人魂が正面くる位置まで移動すると、土壁に向かって拳を振り上げた。


 ――身体強化!


 拳が土壁に触れた瞬間、爆音と共に砂埃が上がる。出来上がった空洞の先に、救助対象者らはいた。


「米田さん!!」

「無事ですか!」


 動揺を露わにする青年は、俺をダンジョンに誘ってくれた方だ。顔は傷だらけで、片腕は取れてしまっている。

 座っている彼の膝には、目を閉じた状態のもう一人の同僚が抱えられていた。


「よ、米田さん……コイツ、全然目開けなくて……ハハっ、俺の、せい、俺が誘ったせいで……」


 乾いた笑い声とは対照的に、ボロボロと涙をこぼしながら、青年は唇を震わせた。


「入って、すぐ……アイツがいて……、こ、ここまでは来ないっぽいんすけど……出るには倒すしかないみたいで……」


 青年の視線の先を追う。どうやらこの空洞は、奥が円形になっているようだ。闘技場を思わせるフィールドが広がり、周囲は壁掛け松明で照らされている。

 そのフィールドの中央に、こちらを睨みつける大型のキツネのような魔物がいた。

 目は真っ赤であり、縦に伸びた瞳孔と耳元まで割けた巨大な口。鋭い牙からは、餌が来たといわんばかしに涎を垂らしている。


「……フェンリルか!」


 異世界でも、SSランクに匹敵する魔物だ。巨体に見合わない圧倒的な機動力。柔らかそうに見える獣毛には、一本一本にドラゴンすら殺す猛毒が含まれている。

 魔力操作も魔物にしては上手で、炎と氷の魔法を複数個使う。好戦的な性格と高い生命力は、SSSランクパーティですら気を抜けない。


 驚くことは何もない。……何度だって殺してきた。


「米田さん……俺、俺……」

「大丈夫ですよ」


 俺は一度彼の前にしゃがみこむ。そして、二人に向かって両手を広げた。


「……完全回復パーフェクト・ヒール


 一瞬にして、四肢を失っていた彼らの肉体が完全回復する。ついでに身体強化も書けておいたので、頭上から岩が落ちてこようと傷一つつかないだろう。


 ここまでの損傷回復は久々だったが、鈍っちゃいないようだ。


 青年は目の前で起きたことが信じられないのか、相方と俺を何度も見比べる。


「え? ど、どうやって……」

「この子はただ眠ってるだけです。そのうち目覚めます」

「あ、あの! あなたは一体!」

「話は後にしましょう。アイツもついでに片づけます。先に出口に向かってください」

「けど!」

「しがないおじさんの頼みです。聞いてはくれませんか?」


 青年は少し迷った顔をしたあと、頷く。そして、同僚を抱えて出口方面へと向かった。

 このまま引き返せば俺も脱出は可能だが、あと三人いるはずなんだ。


 再び魔力感知を行い、遭難者の居場所を正確に割り出す。

 場所的に、フェンリルがいるフィールドの奥だな。


 場所さえ分かればいい。俺は堂々とフェンリルに向かって歩き出す。

 途端に、俺に向かってフェンリルが襲い掛かってきた。


「ガアアアッ!!」

「まあ待ちなさい」


 襲い掛かってきたフェンリルの前足を、指一本で止める。

 何もしてない。ただの身体強化だ。


「お座り」


 俺はそのまま指先から出す魔力の出力をあげ、“ただの魔力の塊”でフェンリルを地面に押しつぶした。

 殺せはしないが、しばらくは大人しいだろう。


 スタスタと歩き続ければ、先ほどまでフェンリルの体で見えなかった奥の壁際に救助者らはいた。年齢は二十代後半といったところだろうか? 男性二人、女性一人の混合パーティのようだ。記事には、プロって書いてあったかな?

 ひとまず、目に見える怪我はない。


 俺の姿を見た彼らは、絶望と希望が入り混じった表情をする。


「……かしこいですね」


 ほう、と思わず感心する。三人組の中に一人、土属性の人がいたようだ。フィールドの壁にごうを作りあげている。

 入り口付近にいた青年らの所にフェンリルが来なかったのと同じように、どうやらフェンリルにはダンジョンルールに乗っ取った“行動範囲”が存在するらしい。


 ごうを作って中に逃げ込むことで、無理やり行動範囲外認定をしたのだろう。ただ、出ることもできないため、八方塞がりといったところか。


「あ、あんたは……」

「同僚を助けに来た、ただのおじさん土木作業員です」


 声をかけてきた無骨な男性の手から魔力が流れている。彼がごうを維持し続けている張本人だな。


「これからフェンリルを倒します。余波が来ないという保証はないので、このままごうを閉じれますか? 酸素供給がなくなる前に倒しますので」

「……信じがたい話は一旦置いとくとして。無理だ」


 男性の言葉をカバーするように、女性が悲痛な声を上げる。


「リーダーは昼間からずっとこうして私たちを守ってくれているんです! 魔力がもう……!」


 なるほど、と俺は頷く。新たに土を弄るだけの魔力がもうないのか。


 ……異世界じゃ禁術だったけど。現世ならよかろう。


 俺は、リーダーと呼ばれた男性に手をかざす。


魔力蘇生マジック・リバイブ


 男性の魔力が完全回復する。流石はプロ冒険家だ。説明するより先に、変化を理解したのだろう。男性の表情が驚きに変わった。


「ありえねぇ……魔力を回復する術は現状ないはずだ!」

「俺も、できる人は一人しか知らないです」


 その一人ってのが、俺だけど。ともあれ、そろそろフェンリルが起きてくる。


「では、お願いします」


 きっと彼らは聞きたいことが山ほどあるのだろう。でも、俺が背を向けると同時に黙ってごうを閉じてくれた。


 視線の先には、待っていましたと言わんばかりに臨戦態勢のフェンリルがいる。ただ、先ほど俺の攻撃を受け、様子を窺っている。

 知能の高さも、こいつのやっかいなところだ。


 俺はポリポリと頭を掻きながら、懐かしきパーティメンバーを思い浮かべる。

 戦闘で真っ先に前に出るのは、リーダーであるアストラだった。そんな彼に呆れながら、ルルがサポートに回る。

 そんな二人の背中を、いつだって見てきた。


「……回復術師ってのは、前線役じゃねぇんだけどなぁ」


 懐かしさに想いを馳せていれば、フェンリルが先制を仕掛けてきた。

 先ほどの猪突猛進とは違い、身をくねらせながら獣毛をこちらに飛ばしてくる。毒殺してみようってわけだ。


「すみません、俺に毒は効かないんです」


 ――毒性完全無効ポイズン・シャットアウト


 飛んできた獣毛は、俺の肌に届くころに形態をヤマアラシのトゲのように変化させる。頬を掠めたが、ついた傷は瞬時に塞がった。


「ヒーラーって意外と便利だよって授業を若い子にすると、大抵みんな寝るんです。やっぱり、おじさんの話ってのは詰まらないものなんですかね?」

「グルアアア!!」

「おうおう、お前もやっぱり聞いてはくれませんか」


 フェンリルが大口を開け、火炎放射の如く炎の渦を飛ばしてくる。地面を蹴り上げて躱せば、滞空先に今度は氷のつぶてが飛んできた。それも次々に躱していく。

 つぶては無理だと判断したのか、俺が着地すると同時に、今度は目の前から氷の壁が迫ってきた。

 圧死狙いか。


 俺は氷の壁に向かって指をかざす。


「回復術師と魔導士って、親戚みたいなものなんです。どっちに特化してるかってだけの違いなんですけど……参りましたね。身内に天才的な魔導士がいると、嫌でも魔法術を覚えさせられるんです」


 俺の指先に集まっていた魔力の塊は、次第に炎へと姿を変える。そしてその炎が高温であるかを示すように、赤から青へと。


炎の矢ファイヤー・アロー……炎魔法の基礎を異世界最高峰レベルでお届けしましょう」


 俺の指先から、一本の炎の矢が放たれる。それは氷の壁を溶かし、打ち抜き、その先にいたフェンリルの身体を貫通した。


 フェンリルは半身がもがれてもなお、倒れようとはしなかった。


「ルルだったら一発で仕留めてましたね。やっぱり、ルルには敵わない」

「グキャルルウ……」

「痛そうですね。おじさん、痛そうな子を見ると治してあげたくなるんです」


 動きを止められただけで十分だ。俺は一瞬でフェンリルに詰め寄り、奴の額に手を当てた。

 途端に、フェンリルの失ったはずの肉体が修復されていく。


「回復術って便利だよって話の続きなんですけどね」

「ギャウウ!」

「回復って、要は細胞の活性化なんです。活性化を超高速でやっているから、一瞬で治ったように見えます」


 フェンリルの身体が、修復を超えて次第に不自然に盛り上がりだした。


「回復術師は、相手の肉体耐久力を見極めて、活性化が器の耐久力を超えないように調節してあげる必要がある。じゃないと……」


 背中、腰、右足、左耳。話している間に、次々とフェンリルの身体が弾け飛び出す。


「こんなふうに、細胞の活性化に器のほうが耐えられなくなる」



 ――過剰回復オーバー・ドラッグ



 話し終えた時には、フェンリルはフェンリルだったものに成り果てていた。





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