勇者パーティを追放された異世界帰りのおじさん回復術師は、現実ダンジョンで無双する

はちみつ梅

第1話 四十三歳。初めての就活

「勇者パーティ・イグナイト所属、回復術師ヨネダ・キスケ! このたびの魔王討伐を称して勲章を授与する!」

「有難く頂戴いたします」


 俺の胸に勲章が付けられると同時に、民衆から大歓声が巻き起こる。振り返れば、同じ勲章を付けたパーティメンバーが誇らしそうな顔をしていた。


「やったな、キスケ! お前は俺の相棒だって証明できたな!」


 満面の笑みを浮かべる赤髪の青年、アストラ・イーマン。稀代の剣豪であり、勇者であり、俺たちのリーダーだ。


「キスケさんの回復があったから、魔王を討ち取れたのよ。本当にありがとう」


 その隣に立つは、女性でありながら世界最高峰の魔導士であるルル・ミスト。薄水色の髪に良く似合う儚い笑顔で微笑まれ、思わず照れる。


 パーティ結成をして五年。人類には不可能だと言われた魔王討伐を成し遂げたのは、まぎれもなくこの二人の天才がいたからだ。

 俺なんか物珍しい転生者ってだけで、なにも……。

 ただ、二人にどうしても追いつきたくてがむしゃらに努力してただけで……。


「おい、授与式で泣くなよー!」

「ふふ、涙もろいところは変わらないのね」


 感極まってこみ上げた涙を急いで拭う。


「二人とも、俺なんかをパーティにいれてくれてありがとう……!」

「何言ってんだ。初めて会ったときから、うちの回復術師はお前しかいないって思ったんだぜ!」

「魔導士である私より有能な回復術師は、世界中探してもキスケさんだけよ」


 改めて、民衆が集まる広場を見る。

 魔王を倒したからといって、この世界から魔物が消えることはない。しかし、意図的に人間へ与えられる危害は圧倒的に減るはずだ。

 生態研究結果が充分に集まっている現在、人類と魔物は平和的とはいかずとも、共存への道を現実的に歩み始めるだろう。


「アストラ。お前が前に言っていた――……アストラ?」


 思い出話でも、と思ったが、アストラは何かを考えて混んでいる表情をしていた。どうした? と首を傾げる俺に気づき、彼はすぐに笑顔に戻る。そして、俺にコソコソと耳打ちをしてきた。


「いや、実は……今晩にでもルルにプロポーズしようかと」

「ついにか!」


 男二人で盛り上がる様子が気になったのか、ルルが頬を膨らませた。


「もう! 二人とも、このあとは凱旋式なんですから、シャキッとしてください!」

「分かってるって」

「はーい」


 異世界に来て、彼らと出会えてよかった。何も分からなかった俺に、ずっと寄り添って研鑽に付き合ってくれた。

 三人で掴み取った誇りと名誉は、一生の宝だ。


 この日見た空の景色を、俺は生涯忘れることはない。

 この日こそが、異世界転生人生における最高潮であることは間違いなかった。



 ――それから二十年後。



「おーい。建材の搬入遅れてるぞー!」

「米田! 早く持ってこい!」

「すみません、いま持っていきます!」


 俺は今、現世にて土木建築現場要員として働いている。

 年下の現場長の指示に笑顔で応える日々。

 一年前に異世界から現世に戻った俺は、見事に社会の歯車の一部となっていた。

 なにせ、十八歳のときに異世界転移して、二十年以上をあっちで過ごしてきたわけだ。


 異世界マネーが使えるわけもないので、四十歳を過ぎて初めての就職活動である。

 職歴なしの人材をまともに雇ってくれるところなんてなくて、本当に服役歴がないのか疑われながらも、なんとか雇ってもらえたのがココ建築現場だ。


「うおおお!! すげぇ!! 米田さん、建材五個いっぺんに運んでるぞ!」

「まじかよ!!」


 俺の働きを見ていた若手作業員から歓声が上がる。

 まっずい。急ごうとしてやりすぎたか? つい肉体に魔力で強化をかけてしまった。


「あ、あはは……筋トレが趣味で……」

「趣味ってレベルじゃねーっすよ!」

「も、元々レスラーを目指してて……」

「顔に似合ってないけど、とにかくすげぇ!! よく見たら肌も若々しい!」


 回復術師の特権、アンチエイジングを少々……!


「す、スキンケアは一応身だしなみとして……」


 異世界で得た能力は健在なので、常人であることを疑われないよう、なんとか“元気な四十代”を演じている。今日までどうにかこうにか誤魔化せているので、よかった。


「よし、今日の作業は終わりだ!」


 現場長の合図で、本日も仕事が終わる。日給を受け取って、さて。一杯立ち飲みでもいきますか。……と思っていた俺の隣で、若い作業員が目を輝かせて帰り支度を急いでいた。


「早く行こうぜ! いい場所取られちまう!」

「どこにする? 昨日、高架下のDランクダンジョンは攻略したろ?」

「それがあのダンジョン、裏ルートがあるらしいってネットに書いてあったんだよ!」

「まじ? 行くしかないっしょ」


 ダンジョンだの、Dランクだの。うーん、なんとも聞き覚えのある単語。


 二十年振りに現世に帰ったら、こっちもこっちで魔物と異能が蔓延る世界に変わってました……なんて言ったら、アストラが「一生の付き合いだな」と腹を抱えて笑いそうだ。


 現世に戻ってすぐの頃、慣れないネットで調べた。

 どうやら俺が異世界に転移してから五年ほどして、現世の世界各地で謎の穴が出現したようだ。穴の奥は洞窟で、通称ダンジョンと名付けられた。

 サイズは様々で、這って入らなければならないところもあるし、トラックが通れるくらいに広い穴もある。

 洞窟の中には御伽噺にしか出てこないような魔物がいて、クレートと呼ばれる宝箱もあり、高値で取引されるみたいだ。


「五年っていうと……丁度、魔王を倒した時期か」


 ダンジョンの出現と同時期に、世界人口の約四割に常人を逸脱した能力が付与された。世界中の科学者が集まって研究を進めたところ、現代科学では解明が追い付かない“人類の突然変異”であると。

 それらは“スキル”と名付けられ、本人の魔力量とスキル脅威度が高い順にランク分けされた。


 例えば、ただ飛ぶだけの飛行スキルであれば最低ランクのEだし。高度魔法などの原子を操るレベルであれば、Sランク。そして、生命創造術といった神の領域を冒すレベルのスキルはSSSランクとして設定されている。

 まあ、SSSランクは現状観測されていないらしいけど。


 そして重要なのが。それらスキルは、ダンジョンの中でしか発動できないってところだ。


「日常でも使えたら戦争が起こりそうだと思ったけど、そこらへんは上手くできてんだなぁ」


 世界の過半数以上は今まで通りの人間なわけだし。

 現状、人類にとってダンジョンと異能の位置づけは、世界規模のリアル体験型新ゲームってところかな。

 当然、プロもいて。高難易度ダンジョンに挑戦する大会配信は、視聴率が7割を超えるらしい。


 二十年もあれば世界ってこんなにも変わるのか。とうんうん頷いていれば、若手の一人が俺に声をかけてきた。


「米田さんも行きます?」

「おい! 急に失礼だろ! スキル持ちじゃなかったら、ただの煽りになるぞ!」

「あ、いや……いつも真剣にスキルブック読んでたから、もしかしてと思って」

「それは俺も気になってたけどさ……」


 若人らのやり取りを見て、アハハと愛想笑いを返す。


「お誘いありがとうございます。でも、俺は遠慮しておきます」


 俺の返事を受け、反対していた方の青年は「ほら」と相方を肘でつつく。


「すんません。じゃあ、行ってきます」

「はい、気を付けて。楽しんでください」

「はい! じゃあ、明日また現場で!」


 楽しそうに駆け出す後ろ姿が、若いころの俺たちの姿と重なって見えた。


「いいねぇ、青春だねぇ」


 どうやらダンジョンは、穴の大きさがそのまま難易度らしい。E~Dランクは自殺でも望まない限り死ぬことがない。

 ネットで得た情報だが、俺も安心して送り出せるってわけだ。


 ……俺は、現世に戻ってきてから一度もダンジョンとやらに行っていない。


 魅力を感じないかと言われれば、そうではないが。ただ若いころのような活力はない。

 四十三歳にもなって、注目を浴びたいだなんて野心もない。

 俺たちが世界を変えるんだと、そう意気込んでいた使命感がなくなった今、引退ともいうべきか。


 十八歳で失踪した息子を、両親は二十年以上帰りを待ち続けてくれた。四十歳を超えて親の泣き顔をみるだなんて、情けないこと極まりない。今更ながら親孝行……せめて、もう二度と心配させたくはなかった。

 このままチマチマと仕事をして。立ち飲み居酒屋で暇を潰して。若者を中心に変化する世界を観測するだけの、ただのおっさんでいいんだ。


「さて、帰るか~」


 バス停でバスを待つ間、俺はスマホを開く。


『新時代到来から今年で二十年! 未だSSSランクのスキル者は現れず!』


 そんな見出しの記事に、苦笑する。異世界じゃSSSランクパーティだと言われていたけれど、俺たちがたまたま魔王討伐に適していただけで、SSSランク自体は結構いた。

 まだまだ、こっちの世界じゃ珍しいんだな。


「そうだ、彼らが行くって言ってた洞窟、裏ルートがあるって言ってたっけ?」


 先月発売されたダンジョン記事には乗っていなかったから、これまたネットの有志が見つけてきた最新情報だろう。


 俺はダンジョン分析サイトを開き、情報を確認する。


「おお、なるほど。一昨日発見されたばかりなのか」


 スクロールをしていく中で、俺の表情から笑みが消えた。視線の先にあるのは、つい十分前に書き込まれたコメントだった。


『挑戦者は今すぐ引き返したほうがいいです!! あの裏ルート、確定でSSSランクです!! 昼間に挑戦したプロパーティが未帰還! 生死不明!!』


 コメントから目を離せない俺の耳に、「バス来ましたよ」なんて声が届く。

 けど、その声は情報としては処理されず。頭の中に巡ったのは、つい先ほど送り出した青年らの声だった。


『じゃあ、明日また現場で!』


 どうする? 間に合うのか?

 そもそも、ダンジョンに行ったことがない俺が内部で迷わない保証は?

 一年以上日常生活をしていた俺が、ちゃんと役に立てるのか?


 それに、もう二度と親に心配はかけないと決意した。ダンジョンは現代の文化として浸透しているが、高齢世代にはまだまだ異質な存在。得体の知れない探検に息子が参加していると知ったらまた……。


『キスケ! パーティの決まりごとはたった一つだ! 全員守る。 俺たちは、誰かの為に力を付けるんだ!』


 俺の頭の中に、得意げに親指を立てるアストラの姿が浮かんだ。


 ……そうだよな、アストラ。助けに行かない理由なんてないよな。なんのために異世界生活実践をやってたんだって話だ。


 俺にとっての活力は……“誰かの為に”だろう?


 例え、現世に戻ってきた理由が“パーティ追放”だったとしても。

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