第8話
道中このはが興味を示すたびになんやかんやありながらも、登頂を果たした四人。
ついた先は何もない公園のような、広い更地であった。
生徒たちがその辺に座り込んみおしゃべりをしているのが見える。
「しばらく自由行動だってさ」
駿介たちを連れて来た事を教師に報告しに行った真紀。
戻って来た彼女がそう言うと、駿介は苦笑いを浮かべる。
辺り一面何もない。小さな売店とトイレがあるくらいで、本当に何もないのだ。
景色を見るが、辺り一面山である。
山好きには最高の景色かもしれないが、特に好きでもないのに登らされた人間に取ってはどうでも良い風景である。
自由行動と言われても、逆に何が出来るのかと言いたい。それは真紀やともも同じようで、駿介と同じように苦笑を浮かべている。
出来る事など他の生徒たちと同様に、適当な場所に座り込みスマホを弄るかおしゃべりするかくらいだろう。
「それと、もう一つ伝える事があるんだけど」
「なんだ?」
「自由行動が終わったら、お昼ご飯を食べて、そのあと三時まで自由行動よ」
思わず吹き出す駿介ととも。
そんな二人を見て、真紀はため息を吐く。
何が楽しくてこんな何もない所に何時間も居ないといけないのだと。
ガッカリする三人とはうらはらに、目を輝かせている者がいる。
このはである。
「駿介、自由行動ってことは、あの一番高いところまで行って良いのかな?」
「道が険しくなるから、遠足ではここまでと言ってたが、どうなんだ?」
駿介が真紀に確認する。
「行きたいなら行っても良いけど、時間までに戻ってくるようにって先生が言ってなかった?」
「すまん。話聞いてなかった」
「そう、じゃあ確認してくるから待ってて」
数分後、教師からOKを貰った真紀。
「じゃあ行きましょうか」
「ん? 真紀も来るのか?」
てっきり真紀はここに残るものだと思っていた駿介。
「何かあるかもしれないから見ててくれって」
「そうか。悪いな」
「別に、どうせする事ないし良いわ。ともはどうする?」
「あー、暇だしついて行くわ」
重い腰を上げ、歩き始める三人。
このはは既に先を歩きながら「おーい、早く」と無邪気に駿介に呼びかけている。
山頂には展望台のようなものが見える。そこへ向かって駿介たちはひたすらに歩いた。
広場から目視で見えるほどの山頂にある展望台。
そこまで遠い場所に設置されているようには見えないのだが、駿介達が辿り着くまでに予想以上に時間を要した。
このはがあちこち行きたがるというのもあるが、それ以上に道が険しかったのが原因である。
遠足コースでは、なだらかな坂を歩きたまに階段のような道がある程度だった、
しかし、コースから先は人の手が入っているものの、設置された手すりやロープを掴まなければ少々歩きづらい道ばかりである。
展望台につくころには、全員が息を切らしていた。このはを覗いて。
「おぉ、駿介見て見て、皆が小さく見えるよ!」
「そう、だな。お前は、元気が、有り余ってる、な」
「うん!」
ぜぇぜぇと肩で息をする駿介たちとは裏腹に、このはは景色を見てははしゃいで回っている。
駿介たちが落ち着いてきたのを見計らい、このはが可愛らしいレジャーシートを取り出す。
「もうお昼だし、お弁当にしよ! ちゃんと駿介の分も作って来たよ!」
「助かる。それじゃあ昼飯にするか」
レジャーシートを広げ、靴を脱いでその上に座る駿介とこのは。
このはが可愛らしい弁当箱を二つ取り出すと、片方を駿介に渡す。
そんな二人の様子を、難しい表情で見守る真紀ととも。
(カップルやんけ!)
喉まででかかっている言葉を必死に飲み込んでいるようだ。
「おぉ、今日の弁当すげぇじゃん! キラキラ輝いて見える!」
「そうでしょ! 朝五時に起きて作った自信作なんだから!」
「あっ、これ足八本のタコさんウインナー!」
駿介がタコさんウインナーに気づくと、このはがにやりと不敵な笑みを浮かべる。
このはのそのしぐさを、駿介は見逃さなかった。
「まさか、このタコさんウインナー、更に秘密があるのか!?」
「実はこのタコさんウインナー、前はタコの味がしたけど、今回はお肉の味がするよ!」
「マジかよ!? うわっ、マジで肉の味じゃん!!」
ウインナーは肉なのだから、肉の味がして当然である。
一周して当たり前の事を自慢し始めるこのはに、駿介が天才天才とおだてながら弁当にありつく。
そんな二人の様子を、少しだけ羨ましそうに見守る真紀。
「真紀も混ざってこれば?」
「私が声をかけると、このはちゃん人見知りで大人しくなっちゃうし」
「……そっか」
「でも無邪気にはしゃいでるこのはちゃんが、急に大人しくなるのも可愛いから有りな気がして来た」
「真紀も混ざってこれば?」
そしてともは考える事をやめた。
昼食を食べ終えた駿介たち。
山頂まで来たが、何もない事は変わらない。
この後も元気いっぱいのこのはの相手をするくらいだろう。そう思っていた。
「……すぅー……すぅー……」
つい数秒前まで元気いっぱいだったこのはが、駿介の足を枕にして、事切れたように眠りについていた。
体力が完全に尽きるまで遊ぶだけ遊んで寝る。まるで幼子である。
「全く、まんまガキだな」
困ったような笑みを浮かべながら、眠るこのはの頭を優しく撫でる駿介。
頭を撫でられるたびに、このはは「んっ」と小さい呻き声を発しては、すぐに寝息を立てる。
「起こしたら可哀そうだから、程々にしときなさい」
可哀そうと言いつつも、このはの反応にクスクスと笑う真紀。
ともは駿介の行動に脳内で突っ込む事すら諦めたようで、ハイライトの消えた目で空を見上げている。
「悪いな、荷物を持たせて」
「良いわよ、お弁当と水筒以外は特に何も入ってないみたいだし」
遠足の帰り道、駿介がこのはを背負って歩いていた。
自由時間を過ぎても起きないこのはを、無理やり起こすのは可哀そうだという真紀の意見を聞き背負う事にしたのだ。
「もし大変だったら途中で変わるわよ?」
「大丈夫だ。コイツ思った以上に軽いから余裕だぞ」
「そっ……山を下りるまでは起きそうにないし頑張ってね」
駿介の背に体を預け、すぅすぅと寝息を立てるこのは。
そんなこのはを見て、寝顔さえもアホ可愛いなと思う駿介だった。
彼は気づいていない。穏やかな寝息とは裏腹にこのはの心音が爆速である事に。
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