第8話のオマケ話
遠足の目的地を超えた先にある展望台に向かう途中の駿介たち。
なだらかな道から段々と険しい道になるごとに、口数が減っていく。
その沈黙が苦しかったのか、ともが軽く冗談交じりに言う。
「ここってクマとか出るのかな?」
「聞いた事ないけど、出んのかな?」
「クマ注意の看板なんて無いから出ないんじゃない?」
これだけの会話で、重い沈黙の空気がいくらか和らいだ。
クマは出ないにしても、イノシシくらいは出るんじゃないか?
そもそもこの辺りは野生動物って何がいるんだ?
そんな会話で盛り上がる一同。
盛り上がっているのだが、全員がキョロキョロしてどこかせわしない感じになる。
クマが出るんじゃないかと話していたら、ちょっとだけ不安になったからである。
そんなの出るわけがないと思いつつも、もし遭遇したらと思うと気が気でない。
その時だった。
茂みから、ガサガサと音が鳴ったのだ。
ひぃと小さな悲鳴を上げ抱き合う真紀ととも。
そんな二人の前に立ちはだかるように駿介が立つ。
「わっ!」
茂みから出てきたのはこのはだった。
駿介たちより先行して歩いていた彼女が、驚かそうと茂みに隠れていたのだ。
「うおっ!? うおおおおおお!?」
一瞬驚きの声を上げた駿介。
茂みから出てきたのがこのはだと気づくと、更に大げさなリアクションで驚いてみせた。
「このはか、驚かせるなよ」
「駿介めっちゃビビってる!」
駿介の反応に満足したのか、ゲラゲラと指を差して笑うこのは。
二人の様子を見て、安堵からため息を吐く真紀ととも。そして気づく、自分たちが力の限り抱き合っている事に。
即座に離れると、口笛を吹きながら「全く驚いてませんよ?」「何かありました?」と言わんばかりの表情を作っている。
「そういえば何の話してたの?」
「このはがクマに襲われて食われたんじゃないかって話してたんだ」
「フフーン。ボクならたとえクマに襲われても平気だよ」
無い胸を張りながら、聞いて欲しそうに駿介をチラチラと見ている。
「どうして平気なんだ?」
「ボクは木登りが得意だから、山の中ならクマに襲われてもすぐに木の上に逃げられるよ」
このは、ドヤ顔である。
そんなこのはに対し、駿介は苦笑いを浮かべていた。
何故ならクマはあまりに大きすぎる場合を除き、木登りは得意なのだ。
もし木の上に逃げようものなら、あっという間に追いつかれるだろう。
クマ相手に考えうる選択肢の中で、最悪の選択の一つである。
だが、目の前でドヤ顔するこのはに対し、クマ相手に木登りはダメだぞと言いづらい駿介。
「木登り得意って、すげぇじゃん!」
結果、このはを褒めて甘やかしていた。
とはいえ、周りにそびえたつ木の高さは五mくらいだろうか?
実際に登れるとしたら、確かに凄いなと思いながら駿介は見上げる。
「ほら駿介、見て見て!」
駿介が声のする方を見ると、既にこのはが木をよじ登り始めていた。
「おい、危ないぞ」
「平気平気」
駿介だけでなく、真紀やともも心配の声を上げるが、逆効果である。
そんな危ない事を簡単に出来るの凄いでしょと得意げになったこのはが、更に速度を上げてスイスイと登っていく。
あっという間に木の中ごろまで登ったこのはが、太い枝の上で立ち上がる。
「凄いでしょ!」
「おぉ、確かに凄いな!」
木登りはガキっぽい行動ではあるが、男の子にとって高い場所というのはやはり憧れるものである。
このはを褒める駿介は、呆れ半分、興奮半分といったところだろう。
駿介に褒められ高笑いをするこのは。
「あっ……」
とある事に気付き、駿介は目線を逸らす。
逸らした先には、駿介を半眼で見ている真紀とともがいた。
「……スケベ」
ボソッと、このはに聞こえないような小さな声で駿介にいう真紀。
違う、そんなつもりじゃないと言い訳をしたいが、今の状況はどうみても駿介が焚きつけたようなものである。
「どうしたのー?」
そんな駿介の様子が気になり、木の上から声をかけるこのは。
出来る限り上を見ないように、横を向いた駿介がこのはに聞こえるように大きな声で言う。
「このは……パンツが見えてるぞ」
「えっ」
明らかに自分よりも低い位置にいる駿介。
スカートを穿いていれば、下から下着が見えるのはこのはでも分かる。
思わずスカートを隠そうと、両手で抑えるが。
「あっ……」
「おい、バカか!」
スカートを隠そうとした拍子にこのはがバランスを崩す。
両手をぐるぐると回し、バランスを取ろうとするが時すでに遅し、ゆっくりと体が後ろ向きになっていく。
次の瞬間、背中から落ちていった。
落ちる瞬間に、死を覚悟したこのは。
だが、背中に一瞬の衝撃が走っただけで、後は浮遊感があるだけだった。
このはが驚き閉じた目を開ける。このはの目の前には、駿介の顔があった。
「あれ? ボク」
「ったく、危ないから木に登るのはやめとけよ」
落ちてきたこのはを、駿介は上手くキャッチしたのだ。
駿介の腕の中にすっぽりと納まるこのは。
「だって駿介がボクのパンツ見るから……」
「アホ、冗談に決まってるだろ。見てねぇよ」
本当は見えていたのだが、あえて見えなかったという駿介。実に紳士的である。
その事に真紀とともは言及するつもりはない。見えていなかったという事の方が、このはにとって幸せだからである。
とはいえ、それはそれで腑に落ちないこのは。
「もぉ、バカバカバカ!」
「あーもう、良いから少し大人しくしてろ」
顔を真っ赤にしながらぽかぽかと駿介の頭を叩くこのは。
しばらく叩いて満足したのか、フンと駿介から顔を背ける。
(あれ、今ボクお姫様抱っこされてる?)
このはがチラリと駿介の顔を見る。
「ん? どうした?」
「ううん。なんでもないよ」
「そうか」
「うん……」
何も言わず、このはをお姫様抱っこしたまま歩き始める駿介。
どうすれば良いか分からず、胸元で手を組み、身を任せるこのは。
時折駿介をチラチラ見ては、顔を赤らめ俯いての繰り返しである。
そんなこのはの様子に、駿介は当然気づいていた。
自分の腕の中で大人しくしているこのはを見て思う。
散歩に連れ出した犬みたいにはしゃいで回るくせに、捕まるとなぜか大人しくなるとかアホ可愛いやつだ。と。
またはしゃいで回られても困るし、もうしばらくこのままにしておくこう。
駿介は疲れるまで、このはをお姫様抱っこしたまま山道を歩いて行った。
「もしかして駿介君、このはちゃんの気持ちに気づいていない?」
「アホと言ってる本人がバカだから仕方ないわ」
ある意味お似合いのカップルである。
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