第5話

 米内駿介という少年は、特別正義感が強いわけではない。

 人並みに嘘もつけば、誰かをだます事だってある。

 このはが絡まれている件についても、普段だったら厄介ごとは御免だと積極的に関わる事はない。


 そんな駿介が、何故不良のような少年に喧嘩を売るような真似をしたのか?

 このはが英語の教科書を見せてくれた。ただそれだけである。

 それだけの事ではあるが、彼にとっては借りである。

 彼は借りは返さないと気が済まない性格なのだ。


 とはいえ、教科書を見せてくれた程度でここまでやるのは流石に割に合っていない。

 それは駿介自身も分かっている事である。

 分かっている事ではあるが、今目の前で理不尽な目に合っているのは貸しのある相手で、か弱い少女だ。

 特別正義感が強いわけではないが、人並みの正義感は持っている。


(全く。我が事ながら、めんどくさい性格をしているな)


 駿介はあきらめに似たようなため息を吐いた。

 あまり喧嘩をした事すらないというのに、不良相手に啖呵を切ってしまったのだから仕方がない。

 だが、見て見ぬふりをしていた時の胸のモヤモヤは取れたようで、ため息を吐きながらもスッキリした顔をしている。

 

「どうした? もう終わりか?」


 少しだけ震える自分を奮い立たせるように、必死に強がってみる駿介。


「あ、あぁ……もうやらない」


「……はっ?」


 そんな駿介の余裕ともとれる発言に、少年の心は折れてしまったのだ。

 少年は不良っぽい格好をしているが、元はひょうきんなムードメーカー。

 駿介と同様に、喧嘩はあまりした事がない、見掛け倒しである。


 平均的な身長の駿介に対し、少年は一回り小さい。

 自分より大きな人間が、躊躇いもなく殴って来たら誰だってビビってしまう。

 

 思わず変な事が出てしまった駿介。

 尻もちをつき頬を抑える少年の目には恐怖が浮かんでいた。

 そして、駿介も不良が相手ということで、少なからず恐怖を感じていた。


「じゃあ、もうやめで」


 なので、あっさりと停戦協定を受け入れてしまった。


「あっ、でもこいつにちゃんと謝っとけ」


「……ごめんなさい」


 立ち上がり、素直にこのはに頭を下げた少年は頬を抑えながら自分の席へ戻っていった。

 それを見送る駿介。拍子抜けも良いところである。

 あまりの展開に、誰も声を発せずにいた。


「ぐぅ~」


 緊張が解けたせいだろう。誰かのお腹が鳴る音が響く。

 腹の音に、誰もが苦笑いを浮かべる。


「腹減ったな、そういや」


 駿介がそう言うと、演技臭い「そろそろ昼飯にするか」という声がした。

 周りも「そうだね」と下手な演技で肯定しながら去っていく。

 先ほどまでこのはの周りにいた女子達さえも、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 このはを見捨てた事に対する罪悪感と、それを駿介に追及されないかという不安からだろう。


 特に気にする事も無く、カバンから菓子パンを取り出し昼食を始める駿介。

 そんな彼に、このはがおずおずと話しかけた。


「あの……」


「どうした?」


 ありがとう。たった一言そう言えば良いだけの話である。

 だが、このはにはそれが上手く言えなかった。

 上手く言えず、ただ「あの」「その」を繰り返すこのはに対し、菓子パンをもぐもぐしながら適当に返事をする駿介。

 このはがどもっている間に、菓子パンを食べ終えた駿介。


「良かったら、食べる」


 このはがやっと駿介にかけられた言葉は、それだった。

 お礼の言葉ではなく、態度で示そうとしたのだ。

 小さな弁当箱を出し、蓋を開けると白米と仕切られたカラフルなおかずが目に飛び込む。


 パン食の駿介にとって、それは魅力的だった。

 魅力的だが、あまりに弁当箱が小さい。こんなもので足りるのかと思うほどの小ささである。

 先ほどの腹の音はこの少女のお腹から発せられたものなので、お腹が空いているのは明白である

 それなのに取るのは心苦しいが、不安そうに上目遣いで見てくるこのはを見ると断るのも心苦しい。


「それじゃあ」


 摘まみやすい位置にある、タコさんウインナーを一つ摘まみ上げ、口に入れる。

 モゴモゴと咀嚼し、飲み込み手を合わせる。


「上手かった、ご馳走様」


 普通ならここで、ありがとうと言ってお互い別れる場面だろう。

 だが、あまり人と喋った事のないこのは。こういう場面はどうすれば良いのか分からず。


「このお弁当ね、ボクが作ったんだ」


 会話を打ち切ることなく、続けてしまった。

 そんなこのはに対し。


「そうなのか。上手いもんだな」


 駿介は嫌な顔一つせず相手をする。

 昼休みが終わるまで、このはと駿介の会話は続いた。


 翌日。


「あの、今日もお弁当作ったんだけど、食べる?」


 昼休み。

 昨日よりも一回り大きくなった弁当箱を広げ、このはが駿介に声をかける。

 

(あぁ、そうか。今日は誰も話しかけてくれないから寂しいんだな)


 昨日の今日だから、女子達がこのはに声をかけづらいのは仕方がないなと納得する駿介。

 とはいえ、一応確認だけはしておく。


「良いのか?」


「うん」 


「そうか。なら、ありがたく」


 適当におかずを摘まみ、口に入れる駿介。


「美味しい?」


「あぁ、料理が得意なのか?」


「うん!」


 そんな会話をしながら二人の昼休みの時間は過ぎて行った。

 次の日も、その次の日も。


 そして現在。


「駿介、これを見て!」


「すげぇ、タコさんウインナーの足が八本もある!」


「フフーン、どうしてもっていうなら恵んであげても良いんだよ!」


「ありがたい、はむ……すげぇ! タコの味がする!」


 ウインナーはウインナーである。

 足を八本にしたところでタコの味はしない。

 もちろん駿介は分かってそう言っているのだが。


「ウソッ!? あっ、本当だ! タコの味がする!」


「だろ? 流石このはは天才だな!」


「まぁね!」


 無い胸を張りドヤ顔のこのは。

 今日もこいつはアホ可愛いなと思う駿介だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る