第3話
(くそ、雨に濡れてでも一人で帰るべきだった)
心の中で舌打ちを決める駿介。
駿介の隣でこのはは滴り落ちる雫にジャブを決め続けていた。
それをすれ違う人達が微笑ましい物を見るように見て行く。
なんなら小学生にも指を差して笑われているくらいだ。
「このは、そろそろやめないか?」
周りからの視線が恥ずかしくなり、そう提案する駿介。
「なになに? 駿介ボクの才能に嫉妬かい?」
「あぁそうだよ」
「そっか。だが断る!」
しまったと顔を歪める駿介。
嫉妬していると言われれば、このはがますます図に乗るのは目に見えている。
普段ならもっと上手い言い方が出来ただろうが、恥ずかしさから冷静さを欠いていたようだ。
調子に乗り狭い傘の中でフットワークらしきものまでやり始め、
いい加減どついて辞めさせるか? こいつなら、叩かれてもアホ可愛い反応をしてくれそうだが。
そう考えながら、駿介が傘を持った手とは反対の右手をこのはに伸ばそうとした時だった。
「あっ」
調子に乗ってピョンピョンしていたこのはが、雨で濡れたマンホールで足を滑らせる。
たまたま伸ばしていた駿介の手が、このはの制服の襟首を掴んだおかげで、寸前のところで堪える事が出来たこのは。
襟首を掴まれた姿は、まるで首を摘まみ上げられている猫のような体勢である。
「えへへ、ありがと」
「ほら、危ないから普通に歩くぞ」
駿介の腕に捕まりながら立ち上がるこのは。立ち上がったのを確認してから駿介は襟首を掴んだ手を放そうとしてふと思い至る。
このまま手を離せば、またこのはは言う事を聞かずフットワークを始めるだろうと。
なので、駿介は襟首を掴んだ右手を離すと同時に、このはの右肩を掴み、そのまま自分の胸元へ寄せる。
これなら少しは大人しくしてくれるだろうと。
多少の抵抗は覚悟していた駿介だが、まるで借りてきた猫のようにおとなしくなるこのは。
普段から、なんならついさっきまで騒いでたこのはが急に大人しくなった事で、逆に不安になった駿介。
「大丈夫か? もしかして、さっきので足でもくじいたか?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そうか」
「うん」
本当に大丈夫か不安になる駿介だが、これ以上聞くのはなんだかしつこい気がしているのだろう。上手く言い出せず、声をかけようとしてやめてを繰り返している。
なので、声をかけるのを諦め、もしこのはが急に倒れたりしても大丈夫なようにと、抱き寄せた肩に力を入れる。
力を入れられた際に、このはは一瞬だけ身じぎろいをしたくらいで、最後まで抵抗する事なく駿介と駅まで歩いて行った。
「それじゃあ俺は電車だから……本当に家まで送らなくても大丈夫か?」
「うん。大丈夫!」
「大丈夫って、お前顔真っ赤だぞ。風邪でも引いたんじゃないのか?」
「フ、フッフーン。こう見えてもボク、一回も風邪ひいた事ないんだ!」
無い胸を張り、ドヤ顔でそう答えるこのはだが、顔は真っ赤である。
きっと熱があるのだろう。その熱の原因が風邪かどうかは置いといて。
そんな風に強がるこのはを見て、駿介はやれやれと軽いため息を吐く。
(なんとかは風邪をひかないというが、実際は風邪をひいた事に気付いていないだけだろうな)
「そうか、まぁさっさと帰ってちゃんと暖かくするんだぞ」
「うん」
「それと……」
「うわっ!」
駿介はこのはの頭を掴むと、くしゃくしゃと撫でた。ハンカチ越しに。
風邪をひいた状態で髪が濡れていては辛いだろうと思い、少しでも拭いてあげるためにである。
「傘、入れてくれてありがとな」
だまして傘に入れて貰ったのに、そのまま帰るのはどうかと思った駿介。
なので、今のは傘に入れてくれたお礼である。
「ボク、もっと大きい傘あるから、次はそれに入れてあげるよ!」
「そうか、その時は頼むわ」
じゃあなと言って手を振り、駅のホームへと歩いていく駿介。
そんな駿介が見えなくなるまで、このははその場で手を振り続けた。
電車に乗った駿介が、何気なく窓から外を見ると、このはがまだ自分に手を振っている事に気付く。
「まったく。さっさと帰れと言ったのに、いつまであそこに居るつもりなんだ。本当にアホ可愛いヤツだ」
ヤレヤレと言いながら、電車が動くまでの間、駿介はこのはに手を振り返し続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます