胸襟を開く
「犯人は特別特進クラス、この中にいる!」
「わっ、先輩。それ、さっき、うちが言いましたし、そんな大きな声で言わなくても、近いんだから、聞こえるっす」
真っ白で清潔なベッドの上で、何よりも清く美しい顔に、私はまじまじと見つめられた。
「あと、動機で絞らなくても、動線で多分、特特の生徒ってことは分かるっすよ。一年の特特の靴箱、校舎入り口から向かって一番右の方にあって、一年の特特以外がそこを通ると不自然っすもん」
「ザッツストリート、その通り」
「あと、これ、見てください」
彼女はスマホを取り出し、ロックを外す。見せてくれた画面には、泥だらけの上靴の写真が何枚も何枚も。スワイプしながら、
「えーと、これとか、あとー、これとか、ほら指紋が残ってるんすよ。薄いですけど、かなり特徴的な指紋で、渦が三つも。こいつが犯人なんじゃないっすかね」
「ルックディスストリート。見ての通りね。犯人を特定するには、テンミニッツな証拠ね」
「先輩、ちょっとテンションおかしくないっすか? 熱でもあるんす?」
私の視界に、白く細い指を持った手が上ってくる。綺麗な手の平はおでこに、ぺたっと。
「大丈夫です、ちゃんと真面目にやります」
おでこに乗せられた手を両手で外し、優しく握る。柔らかい。
ん? あれ? 熱が、ひいてる? いつから? テストで知恵熱を出して、ベッドに横になろうとして、彼女とおでこをぶつけて。
「あなたが、やったの?」
「なんすか、急に? あなたじゃなくて、ゆーちゃんって呼んでくださいよ」
「あなたがやったのね」
「そんな、犯人はお前だ。みたいに急に言われても、何のことっすか?」
彼女の手を離し、肩を抱く。そのままベッドに押し倒す。馬乗りになって、彼女の首元に手をかけ、制服のブラウスのボタンを、一つ、二つと外していく。ブラウスよりも白い肌が、あらわになる。
「えっ? えっ? 先輩? そんな、急に。嫌っす」
そう、言いながらも、彼女は抵抗しない。私は、ベッドの脇に置かれた小さなテーブルの上にあった、体温計を手に取る。銀色の検温部を、彼女の、あおい首元に、刃物のようにあてる。
「正直に、白状して、くださらない?」
彼女の喉元が、わずかに動く。肩の力が抜けていくのが分かる。観念したかのように、ゆっくりと右手を伸ばし、体温計を取り、左の脇の下に差す。脇を締め、左手は首の右側に添えられる。左の上腕で、あらわになった肌を隠すように。彼女は小さく震えている。
数分の静寂の後。
ピピピ、ピピピ、と検温終了を告げる電子音。私は彼女から、体温計を抜こうとする。
「いやっ、怖いっす」
「大丈夫よ、ゆーちゃん。私はあなたを受け入れます」
表示された体温は、42℃。
彼女の顔色は、全く赤くなく、ただ、あおく、白かった。
ストーブの前のソファに二人並んで座って、私達は話した。ちらちらと、赤い炎が、彼女の横顔をスクリーンにして、ゆらゆらとゆらめく。
「心頭滅却すれば、火もまた涼しって、よくおじいちゃんに言われたっす」
「学長の?」
彼女は頷く。
「子供は風の子だ、なんて言われて、真冬でも、薄着のまま。昔はよく、風邪を引いたっす。そうすっと、気合いが足らぬ、なんて言われて」
「虐待じゃない、それ」
「違うんすよ、訓練なんす。病は本気から」
「魔力? 魔法?」
「あっ、マジカルじゃないっす。本気と書いて、マジと読む。本気から、マジカラ。究極の精神論なんす。精神一到何事か成らざらん」
「虚仮の一念岩をも通す。何でも、思った通りに、なるってこと?」
「何でもは、無理っす。魔法使いじゃないんで。うちの場合は病気だけ。ただの仮病使いっすよ。次の時間は体育だから出たくないなー、って時に熱を出して、保健室で休んだり。明日の体育祭やだなー、って時に、他の生徒を発熱させて、学級閉鎖させたり」
「学級閉鎖?」
「いや、今だとあれは、悪いことをしたなと、自分でも思ってるっす」
「犯人はこの中にいる!」
「うわっ、先輩急に大きな声出さないでって、真っ赤じゃないっすか、顔」
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