痛くもない腹を探られる

 私の意思とは関係なく回転を続ける頭は、熱を帯びてくる。

「ほーら、熱いの熱いの飛んでけー」

 ゆーちゃんが言うと、その通りに、熱がひいていく。

「犯人はその中にいない」

「先輩、先輩、しっかりしてくださいよ」

「学級閉鎖じゃなくて、学級開放なんだ」

「せんっぱい」

 ゆーちゃんにおでこをぴしゃり、とはたかれる。

「分かったら、分かったの」

「何がです? 大丈夫です? 先輩」

「犯人が」

「犯人って、うちの上靴を、毎日毎日、泥だらけに汚している犯人がですか?」

「ええ」

「今語られる、うちが、病気を操る能力を持っているせいで、周囲の人達から疎まれていて、受けるいじめや。こんな能力いらないのにと、苦悩する日々。涙なしには聞く事のできない、感動巨編スペクタクルは?」

「閑話休題」

「休ませないでくださいっ。ゆーちゃん、辛かったのねって、抱きしめて、頭をなでなでしてくれる約束はどうしたんですか?」

「そんな約束したかしら?」

「受け入れるって、言ったくせに」

「受け入れる。受け入れる。採用する。休ませないんじゃなくて、休ませるの」

「何を言ってるんっす?」

「上靴汚しの犯人。毎日なんでしょ?」

「ええ、二ヶ月くらい、ずっと」

「ゆーちゃんは、他の生徒を、発熱させることができるんでしょ。学校を休ませるくらいの高熱に」

「ええ、その生徒の視界に入ることができれば。ああ、なるほど」

「ある生徒が休んで、その時犯行が止まれば、その生徒が犯人」

「しらを切られても、証拠の指紋はすでにこちらの手に。自白に追い込める。面白いっす。銭は急げ、タイムイズマネー」

 言うや否や、ゆーちゃんは、保健室を靴下のまま、飛び出していった。あれでは、靴下も真っ黒になってしまうのではないでしょうか。


 一週間ほど経った日。朝、学校に行くと、机の中に、几帳面に折られたルーズリーフが一枚、入っていた。

 保健室にお越しくださいっす。

 手紙を読んだ私は、休み時間に保健室の扉を開いた。一つ、カーテンで遮られたベッドの足元には、真っ白な上靴が並んでいた。

「ゆーちゃん?」

 眠っている。白雪姫みたい。私はゆーちゃんの寝ている布団の中に一緒に入る。

「んー、先輩? えっ、何してるんすか?」

「ゆーちゃん、起こそうと思って、こうすると、私の弟とか、すぐ起きるんだよ」

「先輩、弟いたんっすね」

「意外?」

「いや、まあ、そんな感じはしますけど」

「犯人、見つかって良かったね」

「いや、見つかってないすよ」

「え?」

 彼女は、ベッド横のテーブルに置いてある学生鞄から、ビニール袋を取り出した。

 中には、泥だらけになった上靴が入っていた。

「ルックディスストリート。見ての通り。良いアイデアだと思ったんすけどね。うちのクラスの生徒じゃなかったってことっす」

「ゆーちゃん、犯人、見つかってない?」

「そうっす、犯人、見つからなかったんす」

「いえ、そういう意味じゃなくって。犯人、見つかったよね? っていう意味で」

「えっ、先輩、犯人分かったんですか?」

「この中に犯人がいるって、私言ったでしょ」

「その台詞言ったのは、うちっすけど」

「一年生の特別特進クラス、特特の中に犯人がいるのは、動機の線からも、動線からも、可能性が高い」

「でも、クラスの生徒全員、先輩の言った通り、学校休ませたんすよ。初めは、クラスの半分休ませて、その次は残りの半分の半分を休ませてってふうに」

「その休ませ方だと、初日に学級閉鎖になるんじゃないのかしら?」

「初日は、まあ、急にってことで、そのまま授業で、翌日は、初日の半分は全員学校に来ましたし、ってこれ、犯人に関係あります?」

「ゆーちゃんのクラスで、一週間、一回も休まなかった人、いるでしょ」

「はっ、それって、うち? 先輩は、犯人はお前だ。と言いたいんすか?」

「生徒、じゃなくて、先生は一回も休まなかったんじゃないの?」

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