腕の見せ所

「いやほんと、参ってるんっすよ」

 彼女は女の子座りから、脚を組み替え、胡座をかいた。中が見えそうになる、制服のスカートを私は直した。

「だいたい、二か月くらいっすかね。毎日毎日。登校すると、靴箱に、これっすよ。こんなことして、何が楽しいんすかね、全く」

「あなた、これ、いじめよ。先生には言ったの?」

「一応、おじいちゃんには言ったんすけど」

「おじいちゃんって、こういうのは、先生に相談するのが、」

「あ、うちの、おじいちゃん、ここの学長なんすよ」

「えっ? 学長? あの、九月に変わった?」

「そうっす、そうっす。んで、うちも一緒に、おじいちゃんと日本に引っ越して来て、まあ急なこともあって、この学校に通ってんのは、十月過ぎからっすけど」

「それって、あなた、帰国子女なの?」

「イェース、イエース。ザッツストリート、その通りですよ」

「私は好きだけど、そういったギャグは、やめた方がグッドかなー」

 彼女につられて、私も少し砕けた物言いになってしまう。彼女?

「ごめんなさい、ちょっと、話変わるんだけど、私達自己紹介もまだじゃない? 私は、私の名前は、鹿野秋子。かは、狩る方じゃなくて、獲物の方の鹿、のは野原の野。季節の秋に、子供の子で、鹿野秋子」

「鹿野秋子って、先輩、学年一位の? 全教科満点だった? すっげー、うちの高校のテストって絶対に満点取ることのできない作りになってるじゃないっすか。それを満点取るなんて、できないっすよ」

「褒めてくれて嬉しいけど、あんなの、論理をどれだけ早く積めるかってだけ。処理能力の高さは、本当の頭の良さとは別だし。って、そんなことはどうでも良くって。 あなたの名前を教えて、ね?」

 そう聞くと、彼女は、少し躊躇って、

「面白く、ないんすけど、優です」

「あなたは、ユー? 別にそんな恥ずかしがることないじゃない。どんな漢字? あっ、もしかして、英語のスペルだけ?」

「いや、うちは両親も、祖父母も全員日本人っすよ。ゆうは、優しいの優、で、苗字は、内部の内で、うちっす」

「あなたは、優?」

「うちは、内っす」

 面白くない、とも、面白い、とも、言えなかった。人の名前って難しい。

「まあ、気軽に、ゆーちゃんって呼んでください。アーユーオーケー?」

「イエス、ゆーちゃん。ん? 内優?」

「ゆーちゃんって呼んでくださいよー」

「ごめんごめん。違うの。ゆーちゃんって、十月のテスト、学年一位だったでしょ」

「あれ? 知ってました? 照れますなー」

「全教科満点の」

「国語と英語がちょっと不安だったんすけどね、運が良かったすね」

「それじゃないの? いじめの原因?」

「え?」

「ここの高校のテストって、特に理系のテストが顕著だけれど、幾つかの大問の中に一つだけ、ほとんど解くことのできない問題を入れるでしょ。満点を取らせないため、生徒に差をつけるため、もちろん、解けない問題に関わらないようにする目を鍛えるため」

「あー、確かに数学のテストは、バカむずのが一つありましたね」

「それをあなたは、ゆーちゃんは、満点を取った。転校してきてすぐ、テストの傾向と対策も知らないはずなのに」

「しかも、学長の孫娘。不正を疑われるには、テンミニッツ、あ、ごめんっす、十分ってことっすか? なるほど、テストで満点取ると、いじめられちゃうんすねー。んん、先輩、いじめられてるんです? うちで良ければ、何か力になりますよ?」

「私のことは今は、良いんです。動機が分かれば、犯人が絞り込めます。ゆーちゃんは、学年一位だから、当然、特別特進クラスでしょ? 突然クラスに転校してきて、満点を取れないテストで満点を取り、それを面白いと思わない人達。テストで上位陣の争いをしている人達。」

「つまり、私の上靴をこんな風にしている犯人は、同じクラスの生徒。特別特進クラス、特特の誰か。犯人はこの中にいる、っていうことっすか」

「あー、ゆーちゃん。それ、私が言いたかった」

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