マクスウェルの悪魔はクラスメイトを移動させる

あめはしつつじ

出会い頭

 出会い頭というのは、こういうことを言うのでしょうか?

 十二月。期末テスト。化学の問題のあまりの難しさに、私は知恵熱を出してしまった。

 高熱で朦朧とする中、冬の寒い廊下を一人、保健室まで歩く。時折り吹く冷たい隙間風が、頬をなでて気持ちが良い。

 けれど、それは、一瞬だけ。

 風が吹き終えれば、全ての血流が頭に流れ込み、熱い血潮となって、頭の中をぐつらぐつらと沸かす。

 重く、熱く。


 保健室に先生は居なかった。

 とにかく横になりたい。

 カーテンで遮られたベッドの足元には、上靴が無く、他の生徒は居ないのだと思った。

 駄目だ、そんな余計なことを考えては、おでこに左手を当て、頭を押さえ、目をぎゅっとつむる。

 右手でカーテンを開けて、左手と右足で登って、私はベッドに倒れこんだ。

 ごつん、とおでこにぶつかる音。

 ゆっくりと、目を開ける。

 目のピントが合ってくる。

 目と目が合う。

 私は反射的に身を引き起こす。

「ごめんなさい、てっきり、誰も居ないものだと」

 あおい、と思った。

 ベッドの上、仰向けで寝ている知らない女生徒、覆い被さるように、私はその人の顔を見た。

 その肌の白さは、あおざめた透明感のある蒼白ではなく、深く深く、目が吸い込まれてしまうような、濃い碧白。

 完璧。

 私とぶつけて、少し赤くなっているおでこ以外は。

 美しさ、そのものを見ているようだった。

 私は恥じらいを感じた。

「本当にすみません。あ、足に、ベッドの足のところに、上靴が無かったので、それで、誰も寝ていないと思って」

 女生徒はやおら、私の体から引き抜くように、自分の体を起こしあげる。近づく顔に、私はのけ反る。私は彼女の前で、両足を外に向け、へたりこむように座る形になる。彼女はさらに、私の股の下から、自分の足を抜いて、布団から出てきて、私と同じように、けれど、私と違い、可愛らしく、ぺたんと目の前に座った。しげしげと、その美しい顔を見つめる。

「大丈夫っすよ。ノープロブレムっす。先、輩」

 その端正な顔からは想像できなかった、粗野な言葉遣い。私を見上げる綺麗な眼差し、上目遣い。

「どうして私が、先輩だって、」

 途中まで言って、ベッドに上靴を履いたまま、座っていることに気がついた。

 上靴のつま先は赤色。

 私がこの高校の二年生であることを示す色。

 慌てて脱いで、ベッドの脇の下にそろえる。

「あなた、一年生?」

 彼女は頷くでもなく、しゃなりと体を傾けて、ベッドの横の小さなテーブルに置いてある透明なビニール袋を手に取る。

 中には、泥だらけになった上靴が入っていた。

「ルックディスストリート。見ての通り、まだまだ青い、一年生っす」

「青いって、これ、あなた、泥だらけで真っ黒。一体どうしたの?」

「いやー、別に面白くないっすよ、白くないだけに」

「どういうこと?」

 私は真面目な顔で聞いた。彼女は笑って言ったが、これは、きっと重要なことだと思ったからだ。

「あれ? 面白くなくないっすか? 白くないと、面白くないって? 嫌だなー、先輩、そんな顔して、空気、重くない? 重くなくなくない?」

「真剣に私は、聞いています」

 ちょっと鋭利な言い方でしたでしょうか?

「面目ないでござる、拙者が悪う御座候」

 彼女はそう言って、頭を深く下げた。白い首筋に私は、手刀で、ポンと叩いた。

「ふふふ」

 彼女は肩を少し振るわせ、頭を上げた。私と顔を見合わせる。私達は笑い合った。

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