迷宮ダイエット ~D&Ts

Tempp @ぷかぷか

第1話 迷宮ダイエット

「なあドルチェ、俺、ダイエットしたほうがいいかな?」

「何いってるんだ馬鹿。お前戦士だろ」

「駄目?」

 俺は大きな溜息をついた。目の前のガタイばかりでかい男は俺の幼馴染のタリアテッレだ。召喚術師の俺と一緒に冒険者をしている。いや、ばかりというのは言いすぎた。こいつはそれなりに強い。けれど今も混乱したように頭を掻いている。何故戦士がダイエットしてはだめなのか本当にわからないらしい。

「あのな、お前は肉の壁だ。お前がヒョロくなるってことはそのご自慢の筋肉を減らすってことだよ」

「自慢してないけど」

「……力が出なくなるってこった」

「それは困るね」

 タリアテッレは情けなさそうに首を傾げた。

「なんでそんな馬鹿げたことを考えた」


 よくよく尋ねてみたら、先日入ったダンジョンのせいだった。

 行き止まりばかりでようやく壁に開いた怪し気な穴を見つけた時だ。俺はその開いた穴を悠々と潜り抜けられたが、こいつは腰で詰まった。もとの部屋側の敵は殲滅したからしばらく安全なことは十分理解をしていたが、かといって下手に何かを召喚して壁の破壊や融解を試みても、そこに挟まってるタリアテッレも怪我をしかねない。結局非力な俺がちまちまとナイフでごく少量ずつ、30分ほどかけてようやく壁を破壊して事なきを得たわけだ。

 タリアテッレはそんな顛末を飲み屋で中途半端に話したら、ダイエットを勧められたらしい。多分壁の穴にハマって出られなくなった程度の説明しかしてないんだろ。


 正直美容とかいわれなくて心底安心した。俺にとって美容は宗教に分類される。

「あれを気にしてんのか。あれはたまたまだし、お前が詰まるサイズはわかったから次はもっと穴をでかくしてから通ればいいだろ?」

「うーんでも、他にもつまるかもしれないし」

 タリアテッレは思い込んだら頑固だ。世の中には様々なサイズの穴はあるだろうが、将来どんな穴にハマるか考えて痩せようとするなど、愚の骨頂だ。第一切りが無い。

「お前、ダイエットって何をするつもりだよ」

「何って、運動? おうふ」

 ちょっとムカついて思わずタリアテッレに腹パンしたら、やはり鉄板のように硬かった。体脂肪率など後衛の俺より低いだろう。そもそもこいつはダイエットの意味を理解しているのだろうか。

「お前の場合、運動すると肉が増えるだけだぞ。ますます詰まる」

「えっそれは困るな」

「他によく聞く方法だと食事制限だが……」

「ご飯食べないと力が出ないよね」

 本末転倒だ。狭い穴をくぐり抜けるために穴を広げる力を失っては意味がない。

「そんなわけだから、馬鹿な考えはやめろ」

「でもなあ」

 なんだか納得していない様子からは、いつもどおり心底は納得してないんだろうと思う。


 そんなモヤモヤとした感情を抱いたままタリアテッレとダンジョンに潜り、そして穴があった。俺なら通れそう、タリアテッレならつかえるかもしれないという絶妙なサイズ感の穴だ。

「ひえっ」

 タリアテッレは先日を思い起こして悲鳴を上げた。

 このへんのダンジョンでは穴が流行ってるんだろうか。

 しかもついてないことに、修復型壁だった。つまり破壊してもすぐに破壊部分が修復される。いや、そもそも生きたダンジョンの壁というものはその多くが破壊してもいつのまにか修復されるものだが、そのスピードが異常に早い。タリアテッレが大剣をふるってバカンと壊した次の瞬間にはにゅるんと穴は小さくなっている。正直気持ち悪くて、ああ、ダンジョンというのは生きてるんだったなと思えた。つか生きが良すぎるだろ。

 そんなわけでタリアテッレはオロオロと飼育場のクマのように穴の周りを行ったり来たりしていた。

「俺、ここに詰まったらどうしよう。流石に腕だけで敵は倒せないよ」

「他に扉はない、か」

 前回のダンジョンと同様、くまなく探してみたが他に先に進めそうなところもない。

 穴から上半身だけ出た状態でモンスターと戦う姿を想像すればなんだか愉快になってきたものの、正直死活問題だ。何故なら前回と違い、この穴の先には穴を通れないサイズのゴーレムがドンと鎮座している。多分向こうの部屋が中ボス部屋で、入れば戦闘になるのだろう。

 俺の召喚魔法で何か呼び出して戦うにしても、まずはあいつがどんなやつか見極めなければ効果的な召喚はできない。予め何か呼んでチェンジする方法もなくはないが、とても疲れるからあんまりやりたくはない、というより予想外に強かった場合に備えてムダ打ちはしたくないのだ。俺一人が先に行って様子を伺うのも却下。俺は直接戦闘能力は低いから、一撃死しかねない。タリアテッレという立派な壁が必要だ。

 けれども……ここで引き返すと赤字だ。少しだけ考えてみても、結論は変わらなかった。

「危険には変えられん。引き返すか」

「え、でも……お金ないんでしょ」

「お前が言うな」

 直近に金がない理由は単純明快。タリアテッレがダイエット食品を買ったのだ。俺に自慢しにきたタリアテッレを蹴飛ばして大急ぎで飲み屋に向かえば、その商人は既に町を発っていた。夜なのに。つまり最初からこれを売りつけるためにタリアテッレに目をつけた一連の詐欺だったのだろう。


 それでふと、その薬を思い出した。

 調べた所、昔流行ったスライム飲料だった。テイムされたスライムを飲めば、スライムがテイムが切れるまでの間に体内の消化吸収を阻害というか代わりに消化吸収し、そして体外に排泄されるまで腸内にこびりついた不要物も食べてくれるというしろもの。正直長く居続ければ消化吸収が全く出来ずに餓死しかねず、テイムが変なタイミングで切れれば体内から食い破られるという恐ろしい商品だ。それがわかって回収された品か不良在庫をどこからともなく入手したのだろう。この品の話は随分話題になったのに、タリアテッレは聞いてなかったんだろうな。

「なるほど。スライムか」

 そう呟けいてみやれば、タリアテッレはギクリと身体を硬直させた。

「え、何? でもなんかいま凄い不吉な感じ」

「黙れ。ダイエットというものは多少の苦労と苦痛を伴うものだ。そうだろ? お前ダイエットするつもりだったよな?」

「え、えっと。まあ、そうだけど、ちょっとまって、やめて」

 問答無用で呪文を唱える。

 目の前の空間からドロリとした粘液が現れた。つまり、スライム。

「えっ、スライム剤って駄目なんじゃないの? 待って待って。俺、溶けたら弱くなるんじゃないの?」

「煩い。だいたいお前のせいで当座の金が無くなったんだ。文句言われる筋合いはない」

 スライムは低位のモンスターだ。その召喚コストはひたすら低い。そして物理攻撃がほとんど通じない点でタリアテッレの天敵だ。次々と召喚したスライムはすでにタリアテッレの周りを蠢き、唯一の逃げ口である穴にタリアテッレが突っ込んだ、そして詰まった。

「やめて! 助けて! 死にたくない!」

 スライムはもともとスカベンジャーだ。死んだ動植物を食うおとなしいモンスターだ。それは何故かと言うと、動く動植物を捕まえるスピードがないからだ。けれども今タリアテッレは動けない。だからつまり。

「行け! スライム!」

「ぎゃーあー」

 タリアテッレの間抜けな悲鳴が反響しやすいダンジョンの壁に響き渡った。


 それから小一時間後。

「うー、めっちゃベトベトする」

「仕方がないだろ」

「もうダイエットしない。決めた」

 正直そもそもあれがダイエットなのかはさっぱりわからないが、俺たちは先程、ダンジョンの中ボスを踏破した。

「まああんな壁滅多にないから我慢しろ」

「このべとべと、とれないの? 召喚したやつでしょ?」

「本体は返せるがそれは分泌物だからなぁ」

「うへぁ」

 けれども今回はそれが必要だったのだ。スライムは穴の隙間から忍び込み、俺の命令通りたくさんのねばねば分泌物を出してスポンとタリアテッレを向こう側に押し出した。ようは指輪が外れないときに油を塗って滑りを良くするようなものだ。穴も嫌がったらしく、モゾモゾ動いて積極的に押し出したように見えた。

 あとはいつも通りボスを倒した。べとべとのまま。

 ともあれ俺たちはタリアテッレが暴利で買ったスライム剤損害を補填して多少の利益がある程度の利益の財宝を得た。

「もう変なのに引っ掛かるなよ」

「わかった」

 でもどうせまた、すぐに引っ掛かるんだろうなぁと思う。

 こうして俺たちの旅は遅々として進んでいく。

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