五十五話 卒業
としくんからのプロポーズを承諾してから、早いもので一年が経過しそうになっていた。あれから大学受験に向けてのこととか、たくさんあって色々と大変だった。
それでも無事に、僕と九条さんは文学部に決まった。としくんは同じ大学の医学部に、進学が決まった。
新田くんは調理の専門学校に決まった。先生は本人よりも泣いて喜んでいて、新田くんが恥ずかしそうにしていた。
三年になった時に、先生が珍しく真面目なことを言っていた。
「お前らに言っておくが、高校生っていうのは今しかないからな。先生も戻りたいって思うけど、もう戻れないから。最後の一年、悔いのないように過ごせよ」
今なら分かる……。誰だっていつだって、悔いが残らないように過ごすなんて出来ない。それでも、今最善だと思うことをする。
簡単なようで難しいと思う。僕らはこれからも何度も間違えて、その度に学んでいろんなことを経験していく。
辛いことも悲しいことも、いつしか笑って思い返せればいいな。そんなことを今になって、思えるようになった。
間違いなくとしくんや、皆んなのおかげだと思う。僕も皆んなに感謝を伝えられるように頑張っていきたい。
卒業式の日。僕らはいつものように手を繋いで学校へと向かっていた。なんか今日で、高校生じゃなくなってしまうかと思うと急に名残惜しくなってしまった。
「陸、今日で卒業だな」
「そうだね……考えてみれば凄いよね」
「えっ? 何が?」
そう聞かれたから僕は手を離してとしくんの前に行って、振り返って笑顔で思っていることを告げた。
「だって、この高校に二人が進学して出会って……付き合って、こんなのもう」
「運命……だな」
「そう……はっきり言われると照れる」
僕らはもう一度手を繋いで高校最後の登校をした。教室に行くと、皆んなはいつもの通りに来ていた。
三年もとしくんや新田くん、九条さんとも同じクラスで楽しかった。この一年のことは、いつか語れる時が来たら話したいと思う。
いつものように、先に来ていて話している新田くんと九条さんに挨拶をした。すると、二人はとしくんを見てニヤニヤと話題を変えた。
「そういえば、卒業生代表って大変だよな」
「ええ、そうね。プレッシャーが凄いわよね」
「何せ、卒業生の代表だからな。噛んだりしたら、みっともないし」
「ええ、重大な罰則が発生するわね」
「お前ら、他人事だと思って……」
そんな会話を聞いて僕は苦笑いをするしかなかった。なぜなら、件の卒業生代表っていうのはとしくんだからだ。
普通こういうのは、生徒会長だと思うんだけど。一週間前に、生徒会長が道に落ちていた石に躓いて転んだ。
その際に左足を骨折したから、壇上に上がれなくなってしまった。そのため、学年一位のとしくんが推薦された。
一週間前ということもあって、誰もやりたがらなかった。最初は渋っていたんだけど、新田くんが言い始めた。
「いいじゃん、やれば」
「おまっ……やだよ。めんどくさい」
「陸にかっこいいとこ、見せる絶好のチャンスじゃん」
「陸に! 確かに」
納得するとこなのだろうかという、疑問が脳裏によぎってしまった。九条さんに耳打ちで上目遣いでと言われた。
しかも周りから大久保頼む! という無言や泣きながらの懇願をされた。まあ、僕が代表じゃないしと思って上目遣いで頼んでみた。
「としくん、お願い」
「――――分かった」
非常に効果的なことが今回の一件で分かったため、これからもお願いをするときは上目遣いでいこうと決めた。
それから卒業式に行くために、僕らは教室の前で名簿順に並んだ。僕は大久保だから、正直嫌だったけど、一番前になってしまった。
しかし卒業生代表のとしくんが、僕の前にいるためなんとか回避した。しかも、なんの嫌がらせか一組なため何かと最初になってしまっていた。
それもあって代表がとしくんになってくれたから、一番目にならずに済んだのだ。まあそれだけじゃなくて、目の前にとしくんがいてくれるっていう安心感があった。
五十嵐先生が並んでいる時点で泣きべそをかいていて、クラスの皆んなから笑われていたけど。
「せんせー、煩いんで静かにしてもらえます?」
「田口、少しは先生扱いしてよ」
「あー、はいはい。そーですねー」
「もういいや、とにかく行くぞ」
先生が涙を拭いて前を向くと、としくんがこっちを見て微笑んできた。そのため、僕も微笑み返す。
先生が歩き出したから、としくんも前を向いて歩き出す。僕らも歩き出して、拍手が鳴り響く講堂へと足を踏み入れる。
思い返せば色んなことがあったな……。入学当時はずっとこのまま、一人で過ごすんだろうと思っていた。
でも気がつけば僕の周りには、色んな本当に個性豊かな人が集まってきた。辛いことや悲しいこともたくさんあった。
それでもそれ以上に、楽しいことや喜ばしいことがたくさんあった。それでも全て、としくんがくれた。
卒業生代表として立派に務めているとしくんを見て、僕は誇らしい気持ちになった。いつも本当にありがとう。
「卒業生代表、三年一組。田口俊幸」
僕は心の底からこの学校に入学を決めたことや、あの時としくんの手を取って良かったと思った。
そんな感じで長いようで、あっという間の高校生活が幕が下りた。皆んなは校門や校舎の前で写真を撮ったりしていた。
しかし、僕たちは自分たちの教室で椅子に向き合う形で座っていた。僕は彼の首に腕を回して、お互いの目を見つめ合っていた。
「としくん、あの日。僕に声をかけてくれてありがとう。好きだって言ってくれて、ありがとう」
「それは俺も同じ気持ちだよ。幼稚園の時、陸が話しかけてくれなかったら。今、こうしていないだろ」
「ふっ……そうだね」
そう言って僕たちは、優しく触れるだけのキスをした。外からは皆んなの、様々な思いを乗せた声が聞こえてくる。
笑っている者、泣いている者、他にも色んな声が聞こえる。そんな中、僕たちは自分たちだけの空間で過ごしていた。
「そういえば、気になってたんだけど。どうして、僕だって分かったの?」
「え?」
「だって、その……僕はあの時、人と目を合わせることが出来なかったから。としくんにも気がついてなかったし」
僕が恐る恐るそう聞くと、としくんは優しく笑っていた。そして、僕の目を見て真っ直ぐに伝えてくれた。
「内緒」
「えー! なんで!」
「嘘だよ、言うよ」
「もうっ」
僕が頬を膨らまして、怒った素振りを見せると笑っていた。としくんは僕をもう一度、抱きしめて優しい声色で今度こそ伝えてくれた。
「変わってなかったからだよ。優しいところも、真っ直ぐに物事に取り組むとこも。誰かのために、一生懸命なところも。全部が愛おしくて、好きだから」
「としくん……。ただ、僕は怖いから。仲良くはなりたくないけど、嫌われるのは怖かったから。ただの自己満足だよ」
「そんなことないさ。俺だってそうだよ。陸の隣にいたいから頑張れたんだ」
そう自嘲気味なとしくんの声が気になって、僕はとしくんの頬を触ってキスをしようとする。
もう少しでくっつきそうな距離だった。そんな時、教室の後ろ側の扉が勢いよく開かれて驚いている新田くんと目が合ってしまった。
「言っただろ、少しは場を弁えろ」
新田くんは半ば呆れ気味にそう言って、忘れ物を取ってめんどくさそうに教室を後にした。
僕たちはお互いに目を見て笑い合って、今度こそ何度もキスをした。それから誰にも声をかけずに、僕たちは自分たちの手を繋いで家に帰った。
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