五十一話 手放したくない

 お昼休みになっていつものように、屋上の扉の前で昼食をとっていた。僕は彼の作ったお弁当を、食べていたんだけど。


 ほんと最初の頃に比べて、美味くなってきたよね。怪我しなくなったから、本当に良かったなとは思う。


 それと同時に、少しも僕も頑張った方がいいのかな? 僕はそう思って、としくんに聞いてみた。


「僕も料理してみよっかな?」


「えっ? 俺のじゃ満足できない?」


「……そういう言い方、ずるいし。なんかエロい」


 僕の言葉を聞いて、うるうるした瞳をさせて見つめてくる。僕この瞳に弱いんだよね……。でもそう言うことじゃなくて、咳払いをして再度言ってみる。


「そうじゃなくて、僕もやってもらってばっかじゃなくて。何かとしくんのために、したいなって思って」


「俺の彼氏がイケメンなんですが、どうしたらいいかって。ネットで聞こうかな」


「やめて」


 顔を真っ赤にして照れているとしくんを見て、よく分からないけど可愛く思えた。しかし、本気で書きそうな勢いの彼を見て少し引いてしまった。


「じょうだ……んだよ」


「本当に冗談なの?」


「でもイケメンなのは、本気」


「分かったから、そんなに見つめてこないで」


 顔を近づけてきてイケメンなのは、としくんの方でしょ。僕のどこがイケメンなのか、本当に分からない。


 でも本当に心の底から、僕のことを褒めてくれているのは分かるから……。今はそれでいいかなって思えるから不思議である。


 右手で顎をクイッと上げられて、腰を左手で支えられた。そのまま体を密着されて、唇を重ねられた。


「甘い」


「そうだろ、俺の手作りだぞ」


「そうだね」


 キスと同時に口に入れられたのは、としくん特製の愛情たっぷりのチョコだった。その甘さが本当に心地よくて、更にこの恋に溺れていく。


 昼食を済ませて僕は、後ろから抱きしめられる体制で彼と話していた。後ろから感じる彼の温かい微熱に、胸はずっとドキドキしっぱなしだ。


「今日、陸のうちに行っていいか?」


「うん、もちろんだよ」


「デートに誘うか迷ってたんだけど、家でのんびりしてた方がいいかなって」


 そう言って照れている彼が、可愛くて後ろを振り向いて微笑みかける。すると、もう一度触れるだけのキスをした。


 放課後。家に帰って誰もいなかったから、リビングでお茶を入れていた。すると、後ろから抱きしめられた。


「もうっ……ちょっと待ってね」


「なんか、新婚みたい」


「……新婚って、そうなれるといいね」


「ああ、そうだな」


 そんな馬鹿な会話をしていると、リビングのドアが開かれて顔を赤らめた母さんと目が合った。


 流石のとしくんも凄い勢いで、僕から離れて顔を真っ赤にしていた。僕も母さんの顔をまともに見れずに、顔を右手で覆った。


「あらあら、お熱いこと」


「か、母さん!」


「お、お邪魔してます……」


「いえいえ、こちらこそお邪魔だったみたいで。ごゆっくり〜」


 そう言ってもう一度、出かけて言った母さん。恥ずかしい気持ちと、受け入れてくれて嬉しい気持ちが混じっていた。


 それから少しの沈黙が流れたけど、今度は前から抱きしめてきた。こんな風にのんびりと、過ごすってのもありかなって思えた。


 僕は彼の少し汗ばんでいる頬を両手で触れて、自分から触れるだけのキスをした。嬉しそうに微笑む彼を見て、このままでいたいなと思ってしまった。


 それから僕たちは、お菓子とお茶を持って僕の部屋へと向かった。いつにも増して甘々な雰囲気を醸し出しているとしくんは、僕を後ろから抱きしめた状態で一緒におこたに入った。


「としくん……前から思ってたけど、僕重くない?」


「そんなことないよ。陸はもうちょっと、肉食べた方がいいよ」


「そうかな? 筋肉をつけたいなっとは思うけど」


「筋トレはしなくていい。そのままの陸でいてくれ、切実に」


「そ、そう? 分かった」


 よく分からないけど、本気でそう言っているから筋肉はつけないことにする。かと言って、このままじゃいけないような気もする。


 運動部に所属してない九条さんよりも、僕の方が筋力なさそうに見える。カメラって重たいからかもしれないけど。


 そんなことを考えていると、首筋に息をかけられて変な声が出てきた。そのまま僕の首筋に、顔を埋めてくる。


「と……としくん、くすぐったい」


「陸、俺といる時に他のこと考えるな」


「う、うん。分かったから、それやめて」


 そういうと少し名残惜しそうに、離れてお茶を啜り始める。もうっ……二人っきりになると、直ぐにそういう雰囲気に持って行こうとする。


 僕だって嫌なわけじゃないけど、未だに色々と慣れなくて小っ恥ずかしい。それでも僕のことを呼ぶ、その甘くて蕩けそうになってしまう声は嫌いじゃない。


 僕も出来るならこのままの状態で、ずっと過ごしていければなと思ってしまう。好きで好きで仕方ない、こんな感情に支配される日が来るなんて思いもしなかった。


 こんな感情を知ることができたのは、としくんがいてくれたからだよ。何があってもこの不器用で、繊細な彼を手放したくない。


 僕は心の底からそう思って、もう一度正面に向き直って自分から触れるだけのキスをした。

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