第十一章 バレンタイン
五十話 浮き足立つ
今日はなぜか、周囲が浮き足立っている。何かあったっけ? ここ数日、としくんもソワソワしているし。
ずっと機嫌が良くて僕も嬉しいけど、どうしたんだろうと考えていた。今日はいつものことながら、一緒に学校に向かっていた。
「今日、いつにも増して機嫌いいね」
「そりゃあそうだろ。小さい時は、考えもしなかったことだし」
「そうなの?」
言っている意味が分からずにいると、突然口に何やら少し甘いものが放り込まれた。僕が驚いていると、ニコニコ笑顔の彼に聞かれた。
「美味か?」
「うん、ヒョコ?」
「そう、チョコ。これぐらいビターな方がいいだろ?」
確かに僕にとっては、これぐらいの甘さ控えめな方がいいけど。どうしてチョコなんだろうと思っていると、綺麗にラッピングされた箱を渡された。
「ハッピーバレンタイン。改めて好きだよ」
「あっ、そっか。バレンタイン、僕何も用意してない」
「いいよ、俺は陸が喜んでくれさえすれば」
そんなことをとびっきりの笑顔で言ってくるのもだから、きっと僕の顔は自分が思っている以上に真っ赤だろう。
今までバレンタインって、女子からもらう義理チョコしかなかった。だからこうやって、本命って嬉しすぎて胸がホワホワしてる。
僕はそんな自分の感情に気づかれないように、気になっていることを聞いてみることにした。
「このチョコって、もしかして手作り?」
「おう、陸には市販じゃちょっと甘いからな」
「ありがとう。本当に嬉しい」
そんな感じでイチャイチャしながら、僕たちは自分たちのクラスへと向かう。教室に入ると、いつも以上に皆んながソワソワしている。
ニコニコ笑顔のとしくんを見て僕は、ふととある考えが脳裏をよぎった。としくんってモテるから、チョコもらったりするのかな?
自分で言うのもなんだけど、こんなに一緒にいたら付き合ってるってバレてるだろうから面と向かって渡す人いないと思うけど。
それでも渡したい人はいるだろうな……。自分でも可笑しいって思うけど、好きだから不安になってしまう。
彼に限って、浮気なんかは絶対にないだろうけど……。それでもなあ、と思って自分の席に座ると違和感があった。
その違和感の正体に気がつき、机の中を見た。すると、そこには綺麗にラッピングされた明らかにチョコが大量に入っていた。
「チョコ……」
「どうし……はあ、そう来たか」
「これ、席間違えてるよね? 僕じゃなくて、としくん宛てだよね」
「――――はあ」
僕が真面目にそう聞いたのに、何故か彼はしゃがみ込んで深くため息をついていた。僕は訳が分からず混乱していた。
そこに欠伸をして入ってきた新田くんが、僕が机の上に乗っけたチョコを見て目を爛々に輝かせていた。
「これ、全て陸宛てか! すげー、なあなあ少しくれよ」
「えっ? 僕じゃなくて、としくんでしょ?」
としくんの席は僕の左隣になったから、一列間違えたんだろうと僕は推理した。しかし、僕の言葉を聞くなりしゃがみ込んでいる彼の肩に手を置きながら笑ってこう言っていた。
「ご愁傷様……ぷっ、最高におもろい!」
「くそっ……怒るに怒れない」
僕が更に混乱していると、九条さんに少し引き気味に声をかけられた。その手には、明らかに義理だろうというチョコを持ちながら。
「おはよう。これ、義理」
「ありがとう」
「でもそんなにあったら、食べれないわよね」
「えっ? でもこれ、としくん……宛てだよ」
僕は自分で何度も言っているうちに、悲しくなってきてしまった。僕が一人でそう思っていると、九条さんは彼に向かってニヤニヤしながらこう言った。
「あらあら、相変わらずモテモテで。羨ましい限りですわね。くすくす」
「くそっ、どいつもこいつも他人事だと思って」
「あー、面白すぎ。最高にいじるのには最適な、カップルね。朝からご馳走様」
僕は九条さんの言葉に若干、首を傾げていた。しかし周りのクラスメイトからは、としくんに対して同情の目線が送られていた。
僕はよく分からなかったけど、やっと立ち上がったとしくんに素直な気持ちを伝えた。
「とりあえず、このチョコとしくんに渡すね」
「……陸が虐めてくる」
「えっ! なんで?」
僕がそう言うと彼はひどく項垂れていて、若干涙目になって机に突っ伏してしまった。その光景を見た新田くんや九条さんから、うわあと言う声が漏れていた。
「流石の追い打ちは、酷いわね。私でもそこまでしないわよ」
「俺が言うのもなんだけど、酷いだろ」
「何が?」
僕の言葉に今度はクラス全体が、色々な感情を含んだため息をついていた。僕は訳が分からずに、ひたすら混乱していた。
そんな時だった。新田くんのお腹がぐうと、大きな音を立てていた。そして、項垂れているとしくんにニヤニヤ顔で声をかけていた。
「チョコもらっていいかな? モテモテの俊幸くん」
「……はあ……勝手にしろ」
「んじゃ、いただきま〜す。にがっ」
「そりゃそうだ。陸は甘いの苦手だからな」
僕と何が関係あるのだろうと思ったけど、とりあえずなんとなくだけど黙っておくことにした。
そう言えば、どのチョコにもご丁寧に「甘くないです」と書いてある。僕も気になって一つ食べてみる。
「苦くないよ。ちょうどいい」
「うげっ……どんな舌してんだ」
新田くんが僕の言葉を聞くなり、変な顔をしてそう言っていた。何故か、教室の閉まっている扉の外から異様な気配がした。
何かを感じ取ったらしく、小さな悲鳴を上げていた。まあ、このチョコとは無関係でしょ。僕はそう思って、他のチョコも食べてみる。
「こっちは、ホワイトチョコだよ」
「どれどれ、美味い」
そんな調子ですごい勢いで、チョコを頬張っていく。そこに教室の後ろ側の扉が開いて、顔は笑っているが鬼の形相をした先生がいた。
なんか物凄い殺気を感じてしまい、さっきの気配って先生のだったのかと納得してしまう。そこで、新田くんの腕を掴んでこう言った。
「新田クーン、なあに食べてるのかな?」
「ん? はにって、しょこ」
「生徒指導室に来なさい。とても重要で大事なお話があります」
多分新田くんが言ったのは「何って、チョコ」だと思う。それを聞いた先生はさっきよりも、怖い顔をして新田くんの腕をそのまま引っ張っていく。
なんか怖くて誰も何も言えずに、そのまま消えて行った。よく分からないけど、新田くんが茹でたこのようになっていた。
その光景を見た九条さんや他の女子たちからは、黄色い悲鳴が上がったりもした。ふと隣から僕を見つめて、微笑んでいる彼と目に入った。
僕は何故か嬉しくなって、微笑み返した。そのまま授業が始まるまで見つめ合っていた。
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