四十三話 自分から
後夜祭が始まって、僕たちは着替えていた空き教室で話していた。廊下からは他のクラスの人たちの、片付けの喧騒が聞こえてきている。
僕たちのクラスは早めに撤収作業ができたから、各々好きなことをしている感じだ。後数分ぐらいで、後夜祭が講堂で行われる。
行っても行かなくてもいいから、僕たちは二人で居ることを選んだ。僕は後ろから抱きしめられた状態で、椅子に座っているとしくんの上に座っていた。
「終わっちゃったね」
「ああ、あっという間だったな」
そこで僕は背中から感じる熱に、自分の体が熱っていくのを感じた。そのため、僕はか細い声で伝えたいことを言った。
「今ならいいよ」
「えっ? なんて」
僕の言葉にイタズラな微笑みを浮かべているのは、なんとなく彼の声から認識できた。しっかりと聞こえてるのに、もう一度言わせようとしてくる。
「聞こえたでしょ……今なら、キスしてもいいよ」
僕がそう言うと彼は僕の耳にふうと息をかけてきて、思わず変な声が漏れてしまう。
カーディガンのボタンを外す。そのまま器用に抱きしめた状態で、僕のネクタイを外し始める。
ワイシャツのボタンを外しながら、僕の胸の辺りを触り始める。ここのところ、忙しくてしてなかったから久しぶりでいつもより気持ちよく感じた。
「と、としくん……もう、その辺で」
「ここ嫌なのか?」
「そうじゃなくて、顔見たい」
僕はそう言って立ち上がり恥ずかしかったが、彼の方に向いてまた彼の膝の上に座った。すると彼のイタズラな表情が目に入って、静かに目を閉じていた。
これって僕からするのを、待っているってことかな? こんな風に上から見下ろすなんて、あまりないから変に緊張してしまう。
僕は意を決して、彼の端正な顔をまじまじと見つめてしまった。頬に触ってみると思ったよりも、柔らかくてずっと触っていたいと思った。
耳を見てみると真っ赤になっていて、僕と同じようにドキドキしてるんだと思って嬉しくなってしまった。
「り〜く、いつまで待たせるんだ」
「あっ、ごめん。つい」
「早く〜」
「はいはい」
目を開けてそう言ってくる彼が、可愛くて思わず笑ってしまう。彼はもう一度目を瞑って、静かに待ってくれている。
僕は今度こそ、彼の頬に触って優しく触れるだけのキスをした。こんな風に自分からする日がくるなんてちょっと前の僕ならありえなかっただろう。
少しずつだけど変化が起きて、少し前ならその変化に戸惑ってしまっていただろう。でも今はその変化を楽しめるようになってきた。
それはとしくんが隣にいてくれて、僕のことを一番に考えてくれている。これからは僕が、優しくて温かい彼を支えていきたい。
彼の少し冷たい唇に、何度も重ねながらそう思った。僕はこれからも何度も臆病になってしまうと思う。
それでもとしくんと一緒にいれるのは、本当に心地よくて心から楽しいって幸せだなって感じるようになった。
――――もう迷わないと心に誓うよ。
「陸、好きだ」
「僕もだよ。好き」
もう何があっても彼から、離れるなんてことはしないし絶対にできないから。少し重いって思われるかもしれないけど、これが今の僕の精一杯の勇気。
僕はもう一度彼の唇に自分の唇を重ねて、外から聞こえる喧騒が聞こえなくなるまで重ねた。
その瞬間、チャイムが鳴り響いて講堂に集まるようにと放送がかかった。そこで今まで騒がしかった廊下が一気に静かになる。
すると僕たち二人の息遣いが、より一層鮮明に聞こえてくる。彼の顔を見てみると、余裕がないのが一目瞭然だった。
「としくん……僕」
「陸……いいか」
「うん……いいよ」
僕はもう一度、彼の唇に自分の唇を何度も重ねた。少し肌寒く感じていたけど、いつのまにか暖かくなっていた。
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