四十二話 開幕
文化祭二日目。今日は朝からとても忙しいため、葵くんの面倒が見れなくなってしまう。
そのため、少し嫌だったけど専門分野であろう小児科医の兄貴に来てもらった。
そこで葵くんを初めて見た兄貴の言葉で、意外な事実が判明してしまう。世間って、もの凄い狭いんだなと思った。
「あれ、葵くんじゃん。やっぱ、としくんの関係者だったか」
「知ってるのか、悟」
「ああ、俺の担当の患者だからな」
先生の言葉にそう言って、兄貴は葵くんの頭を撫でていた。その光景を見ていたとしくんが、兄貴に向かって仏頂面で釘を刺していた。
「言っとくけど、葵に余計なこと言うなよな」
「余計なことって? ああ、うちに来てお漏らしした」
「幼稚園の時のことを、今してるみたいに言うな」
「……はい、すみません」
やっぱ余計なことを言おうとした兄貴に、彼はとても冷たい瞳で蔑むように言っていた。
兄貴には学習能力がないようで、としくんは怒ると怖いようで直ぐに謝っていた。
僕らのクラスの劇は二番目だったため、最終確認とか色々と忙しかった。それぞれの衣装に身を包んでいたのだが、先生の衣装を見た途端にクラスから笑いが巻き起こった。
としくんや兄貴よりも身長が大きく、ガタイもいいため無理してる感が否めなかった。一番笑っているのは、例の如く新田くんと兄貴だった。
「ガハハハ! なんだよっ! それっ! おもろっ」
「秋也、面白すぎるって! あー、腹いてー」
「お前ら、笑いすぎ」
王子よりもガタイがよく、しっかりしている継母は面白すぎる。しかし、としくんはそれどころじゃないため完全に正気を失っていた。
「陸、緊張している時は人を飲み込むんだっけ」
「手に書いて飲み込むんだよ。怖いからね、ほら手出して書いてあげるよ」
「いやっ! 油性ペンで書くなよ! 陸も緊張してるだろ」
新田くんに指摘されて僕も、緊張していることに気がついた。そのため、僕も手に人と書いて飲み込む。
「人、人、人」
「いや、怖いから」
「そうだぞ、陸。こう言う時は、三回回ってワンと言うんだぞ」
「いや、何サラッと悟は嘘をついてんだ。後、新田がする意味ないぞ」
先生の的確かつ冷静なツッコミのおかげで、何故か新田くんがしようとしたことに気がついた。
先生の言葉を聞いた新田くんはまた、不思議なことを言い出した。それに僕たちの緊張は、完全に解れてしまった。
「だって、緊張してたから。俺が代わりにやろうかと」
「……はあ、お前って奴は。本当に」
「……秋也も大変だな」
そう言って先生の肩に手を置いて、言った兄貴に多分クラス全員の気持ちがシンクロした。
いや、全部お前のせいだろ! そんな感じで僕たちは、本番に向けて完全に緊張が解れた状態で臨むことができた。
まあ……だからと言って、演技ができるのとそれは必ずしも比例しない。そもそもコンディションだけを整えても、そんなに意味がないことに僕たちは気がついていなかった。
劇の幕が上がった。最初は白雪姫の両親である王様とお妃様が、白雪姫を授かるシーンから。しかし、お妃様が早くに亡くなってしまい継母が現れる。
先生扮する継母の登場、案の定客席から笑いがこばれてしまう。どこからどう見ても、ガタイがよく男性にしか見えない。
カーテンの隙間から見ていた時に、隣にいたとしくんが笑いを堪えるのに必死だった。
「ほんと、最高。掴みはバッチリ」
「確かに、プッ……でもなぜか、ちょっとだけ腹が立つのはなんでだろう」
「あー多分、無駄に演技が上手いから」
そうなのだ……稽古の時から思っていたけど、先生って無駄に演技が上手い。笑っていた観客も、今は完全に演技に見入っている。
そこで白雪姫の僕が登場する。意地の悪い継母に何度も殺されかけるのだ。しかし、運の強く人々を魅了してしまう白雪姫は死んだことにされて生き延びる。
それを知った継母が九条さん扮する魔女に、白雪姫を殺すように命じる。なんか演技をするつもりもない、ニヤニヤしている魔女にリンゴを渡された。
「白雪姫、リンゴをお食べ」
「うわー、美味しそうな。リンゴ、いただきます」
自分でも引くくらいの大根役者だったが、観客の反応は意外といいものだった。可愛いとかの称賛の言葉だった。
この棒読みでいいってどれだけ、ハードル低く見積もられているのだろうか。まあ、楽しんでいただけるならいいんだけど。
そこでリンゴを食べてばたりと倒れて、小人たちに運ばれてガラスの棺に入れられてしまう。
そこに無駄に上手い作り物の馬に乗った、としくん扮する王子が現れる。そこで、観客の息の飲むのが伝わってきた。
それはあまりにも、美しく優美な王子の登場だったのだ。僕の寝ているところに来て、もの凄く感情を込めて迫真の演技をしていた。
「なんて美しい姫なんだ。嫁にしたい」
そのセリフがあまりにも真に迫っていたため、僕は目を半開きで開けて見てみた。すると、本当に心の底からそう思ってそうな表情をしていた。
その優しげな表情を観客に見せないで欲しいなと思いつつ、声も出せないような状況なので黙っておくことにした。
しかし僕こと白雪姫にはもの凄く演技力が高いのに、小人たちとのセリフの時には完全に棒読みどころか興味がないように見えた。
次のシーンがこの作品の山場になるのだが、王子と白雪姫のキスシーンである。僕は詳しく分からないけど、原作にはないらしい。
しかし、としくんと九条さんがもの凄く熱望してきたから根負けした感じである。僕としては、本当にしなくてもいいと思うんだけど。
うっすら目を開けてみると、完全に彼の瞳がキスをしたいと言っていた。まあ、他の人だったら嫌だけどとしくんだし……いっか。
そう思って静かに目を閉じていると、軽く触れるだけのキスをされた。よしっ、じゃあ起きるかと思って目を開ける。
そんな時だった、何度も角度を開けてキスをされた。こんなに人がいる所で、ガチの感じでくるのはやめてほしい。
そう思って僕は勢いで彼の頭を思いっきり叩いて、気がつくと罵声を浴びせていた。小さい声で痛いと言っていたが、自分が悪いでしょ。
「いい加減にしろ!」
「えー、いいじゃん」
「よくない! 場所を弁えろ!」
そんな感じで劇中だということを忘れて、怒っていると観客からは笑いが溢れてしまった。
それからは、少し怒りながら劇をなんとか終わらせた。それでも観客が喜んでくれたから、やり遂げた達成感で満ち足りていた。
その光景を見て爆笑している兄貴は、僕ととしくんに睨まれて萎縮していた。あの人のことは、無視しておこう。
こっちを曇りのない瞳で見つめている葵くんと目があって、居た堪れない気持ちになってしまった。
後片付けをしている時に、僕たちは空き教室で着替えていた。そんな僕を後ろから、抱きしめてきた。
「り〜く、キス嫌だった?」
「……嫌じゃないけど、でも場所は考えて」
「うん、それは本当にごめん」
「反省してる?」
「はい、反省してます」
そう言いながら微笑んでいる彼が、本当に反省しているかは別としてなんとかやり遂げたから良しとしよう。
文化祭が無事に終わって、最終的にセットとギャグ展開。僕たちにはそのつもりはなかったけど、それが評価されて3位入賞が決まった。
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