四十一話 似てる
今日はとしくんが家の都合があるらしく、一緒に学校に行けないと言われてしまった。教室の前に到着すると、何やら騒がしがった。
どうしたのかな? と思って、入ってみるとそこには小さいとしくんがいた。猫じゃらしを持った、新田くんが戯れているのが目に入った。
確かに似てるけど、多分弟くんだと思う。それにしても似てるなあ……僕がそう思っていると、真面目な顔をした九条さんに声をかけられた。
「俊幸がどうやら、縮んでしまったらしいわ」
「そうなの? ミルクでいいかな?」
「ええ、ご飯は何を食べるのかしら」
そんな感じで九条さんとふざけ合っていると、少し不機嫌な表情をしたとしくんが現れた。
しかし僕と目が合った瞬間に、急に機嫌が良くなっていた。そして僕に抱きついてきて、挨拶をしてきた
「陸、おはよう」
「おはよう、としくん。あの子は、弟くん?」
「ああ、弟の葵だよ。今日、両親とも仕事だし小学校も休みだから連れてきた」
彼の言葉を聞いて納得はできたけど、それなら先に言ってくれればよかったのに。僕はそう思ったけど、彼には彼なりの事情があるのだろう。
そのため、あまり深く聞かないことにした。僕は話を逸らしつつ、聞きたいことを聞くことにした。
「小さい時のとしくんに、そっくり」
「そうか? 似てるか?」
「うん、でもとしくんよりも素直そう」
「ちょっ! どういう意味だよ!」
僕たちがそんな風に戯れ合っていると、新田くんに手を繋がれてやってきた無邪気な笑顔の葵くんがとんでもない発言をし始めた。
「お兄ちゃんのお嫁さん! むぐっ……」
「余計なことを言わないでくれ!」
「だって、お兄ちゃん言ってたでしょ。結婚式には呼ぶからって」
慌てて葵くんの口を塞いでしまったが、時はもうすでに遅しで完全にクラスメイからドン引きされていた。
僕は嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちと、変な感情が溢れてしまった。そのため、僕もドン引きした瞳で見てしまった。
彼は僕の方を見て助けを求めてきたけど、僕の目を見て両手で顔を覆ってしゃがんでしまった。
その様子を見てため息をついた新田くんが、再び葵くんの手を繋いで連れ出そうとしていた。
「よしっ、にいちゃん。今、恥ずかしいから葵は俺と遊ぼうな」
「なんで? だって、お兄ちゃん言ってたよ。陸は世界一だって!」
「ぐはっ……」
「えっと、その辺でやめてあげろ。俊幸が瀕死になっている」
子供の無邪気って時には、残酷なんだな……と、僕は思ってしまった。それにしても、このままだと彼だけじゃなくてクラス中がお通夜のような雰囲気になってしまうと思った。
そのため彼を連れて行こうと、手を差し伸べて歩き出すことにした。その瞬間、後ろ側のドアが開いて予期せぬ事態が起きてしまった。
「なんだ、この空気。田口も、死にそうな顔をして」
「――――先生、今はそっとしておいてください」
「そうなのか?」
ほんと新田くんといい、先生といい空気を読めない人が多いな。僕はそう思って、彼を保健室に連れて行った。
完全に再起不能なまでにやつれていて、面白いぐらいになっていた。しかし、笑ってはいけないと思い膝枕をしてあげた。
「陸、引いたか?」
「う〜ん。他の人がいたのもあって、驚いたけど……嬉しかったよ」
「できたら葵には、会わせたくなかったんだよな。俺に似てるだろ、葵が陸に懐いたらどうしようって思って」
「としくんは弟に、ヤキモチを焼いたりするの?」
僕がニヤニヤしながら、彼の顔を覗き込みながら言った。すると、彼は急に真面目な表情になって僕の頬を触りながら告げてきた。
「するよ……あんま言いたくないけど、俺は陸が他の奴と話しているだけでヤキモチを焼いたりする。だから、会わせたくなかった」
「としくん……」
僕は静かに彼の頭を撫でてみると、嬉しそうにしていた。僕はいつまでもこうして、甘やかしていたいなと思った。
初日は劇がないため、僕たちのクラスは暇だった。そのため、午前中は完全に保健室でイチャイチャしていた。
そんな時だった。いつものように、彼のお腹がかなりの主張をし始めた。僕たちは笑いあって保健室を後にした。
「そういえば、葵くんは一人にしてて大丈夫?」
「ああ、さっき連絡が来て美雪と他の女子たちが見てくれてるって」
「そっか、じゃあ何か葵くんの分も買いに行こう」
そうして僕たちは、たこ焼きや焼きそばなどを並んで買った。その途中も、としくんは僕の側をくっついて離れなかった。
「少し恥ずかしいから、離れてよ」
「だって、寒い。天然のホッカイロみたい」
「もう冬だもんね」
そんな感じで人目も気にせずにしていたが、なんとか欲しいものを買うことができた。まあ、それでも好奇な目で見られるのも最近慣れてきたかも。
僕はとしくんの家族とも、仲良くなりたいと思った。教室に向かっている最中に、僕は彼に思っていることを伝えた。
「としくん、僕は葵くんと仲良くなりたい」
「陸……そうだな。そうしてくれ、でも俺以上に仲良くしないでくれ」
「ふふっ……わかったよ」
少し不貞腐れ気味に、言っている彼が可愛かった。弟にもヤキモチを焼いたりするなんて、どれだけ僕のこと好きなのかな。
恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちが交差してしまった。僕だってとしくんが他の人と話しているだけで、ヤキモチを焼いてしまうから同じようなものか。
彼と手を繋いで教室に戻ると葵くんが他のクラスメイトに、可愛がられていてなんか微笑ましかった。
僕は葵くんの座っている椅子の前にしゃがんで、頭を撫でながら優しく微笑んで思っていることを伝えた。
「葵くん、お嫁さんじゃないけど。よろしくね」
「ちょっ! 陸!」
「うんっ! よろしくね!」
僕の言葉に再度、彼は顔や耳まで赤らめていた。そんな彼を見て僕は、可愛いなと思ってしまった。
それからは葵くんを見てもらったお礼に、買ってきたものを振る舞った。いよいよ明日は、劇の本番がある。
だいぶ緊張してしまっているけど、隣に彼がいてくれるから。もう僕は一人じゃないから、頑張れると思った。
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