三十八話 自制心

 お昼を食べ終わって俺たちは、集合時間までにまだ時間があったからその辺をプラプラすることになった。


 ほんと陸と一緒にいると、時間がいくらあっても足りないような気がする。こんな何にもないような、日常が続けばいいのになと願ってしまう。


「まだ、一日あるけど。また来ような、京都」


「うん、今度はもっと色んなとこ行こうよ」


「ああ、そうだな」


 俺たちはまた手を繋いで歩き出す。交差点で信号待ちをしていると、俺は見に覚えのない、他校の女子生徒二人に声をかけられた。


「あれ? 俊幸じゃん、何でいんの?」


「あっ! ほんとだ! 東京に行ったんじゃないの〜」


 その声を聞いて、思い出したくもない記憶が蘇ってきてしまった。俺にとっては、どうでもいい過去である。


 しかし陸が知ったら深く傷つくと思うから、絶対にこのことを知られてはいけない。そのため、ちょうどその時に信号が青になったから走り出した。


 その後もその女子からは、何度も呼ばれていたけど俺はガン無視を突き通した。陸にだけは絶対に知られたくない。


「――――陸、行こう」


「あっ……う、うん」


 陸の手を引いて、かなり遠くの公園に向かった。俺は小学生の時に京都にいたから、出会ってしまう確率が高いのに。


 陸と修学旅行に行ける喜びで、失念していたんだ。そこで陸が肩で息をしているのに気がついて、様々な感情が溢れてしまって思わず抱き締めてしまった。


「と、としくん! 皆んな見てる」


「……ちょっとだけ、こうさせて」


「わ、分かった」


 陸になんて言えばいいんだ、陸は優しいから何も言わなくても何も言わないでくれると思う。


 でもそれじゃいけないんだ……分かっている。それでもこれ以上、陸を傷つけたくないから俺はどうすればいいのか分からないんだ。


 そんな俺の感情を知ってか知らずか、陸は項垂れている俺を近くのベンチまで連れて行って座らせてくれた。


 そうしたら陸は俺から離れて行こうとしたから、泣きそうになるのを必死に我慢して陸の制服の裾を掴んだ。


「としくん……」


「陸……ここにいて」


「うん、分かったよ。どこにも行かないから」


 陸はそんな俺の隣に腰掛けて、静かに俺の手に俗に言う恋人繋ぎをしてきた。その体温がいつもよりも、心地よく感じた。


 俺は不思議と不安が消えていくような気がして、静かに陸の肩に自分の頭を乗っけた。俺が落ち着くのを待ってくれているようで嬉しかった。


 陸の優しさにいつまでも、甘えっぱなしになるわけにもいかない。俺も覚悟を決めないと、そう思って俺はぽつりぽつりと弱々しくどこか遠くを見つめて話し始めた。


「陸……俺はさ、ほんとズルいやつなんだよ」


「えっ? それって、どういう」


「やっと見つけたし〜」


「俊幸、逃げることないじゃん」


 俺が過去のことを言いかけたが、俺の覚悟は女子二人に遮られてしまった。最悪すぎるだろ、このタイミングって。


 ふざけんなよ、どいつもこいつも……いつも変なタイミングで遮りやがって、苛立ちよりも嫌悪感の方が大きかった。


「ちっ……陸、行くぞ」


「えっ……あ、うん」


 とにかく早く、ここから離れないと……俺はそう思って、陸の手を引いてその場を後にしようとするが最悪な状態で一番知られたくない人に知られてしまった。


「逃げんなよ。元カノとして、話がしたいだけじゃん」


「そうだし〜聞いてあげなよ〜」


 そう言ってニヤニヤしているこいつらを、今すぐにぶん殴りたいと思った。しかし、腐ってもこいつらは女子で俺は男だ。


 どんな理由があっても女子に手を上げたら、問題になるのは俺の方だ。それにもし、そんなことをしたら一番悲しむのは陸だから。


 俺はそう思って俺は、過去としっかりと向き合うことにした。そこで、俺はあることに気がついてしまった。


「陸がいない」


「あー、あの一緒にいたやつなら泣きそうな顔でどっか行ったよ」


「なっ……お前らは後だ、兎に角。陸が優先、電話」


 俺が陸に電話をするとベンチに置いてある鞄から、初期から変わっていない着メロが流れてしまう。


 陸の鞄を見てみるとそこには、無常にもスマホが入っていた。俺は直ぐに電話を切ると、無我夢中で走り出そうとした。


 未だにニヤニヤしている女子が、俺にこんな質問をしてきた、だから、俺は間髪入れずにそのまま答えてやった。


「どんな関係なんだよ」


「恋人」


 そう言うと女子二人は、心底信じられないと言った様子で驚いていた。それどころか、こいつらは最悪なことを言い出す。


「どう見ても、男っしょ」


「男同士とか、キモっ」


 その瞬間俺の中の何かが、プツンと言ってキレてしまった。我慢していた緊張の糸とでも、言うのだろうか。


 俺は殴りたい気持ちをこれでもかと、抑えて笑いながらこの馬鹿二人に真実を教えてやった。


「キモいのはお前らだろ」


「はあ? 私らのどこが、キモいんだよ」


「全部、存在自体が全部キモい。むしろ、害虫レベル。つーか、人のこと言う前に鏡見ろよ。お前らなんか、陸の足元にも及ばない。前世からやり直せ」


 俺がそう言うとこともあろうか、逆ギレしてきたから俺の我慢も限界だった。友達が空気を読んで静止してもお構いなしだった。


「はあ! なんで、そこまで言われなきゃいけないわけ! あんたなんて、ちょっと見てくれがいいだけじゃん! そんな」


「……まれ」


「はあ?」


「黙れ。俺が女に手出さないと思ったら、大間違いだぞ」


 俺はそう言ってこいつらをぶん殴りたい気持ちを、必死に抑えながらそう告げた。すると、二人は顔を青白くしてその場にへたり込んでしまった。


 そこで俺はこんなことしている場合じゃない、早く陸を見つけないとなと思って陸を探す。


 しばらく歩き回ると、陸の姿を見つけて話しかけようとすると空雅が告白していた。俺は無我夢中で走った。


「俺じゃダメか……俺は、陸が好きだ」


「えっ……」


「ま、初恋ってやつだな。でも、今は」


 俺は頭が真っ白になったのと、さっきまでの怒りのせいで気がつくと空雅の顔面を思いっきりぶん殴っていた。


 完全にやつ当たりなのも自分で分かっていたが、自制ができなかった。そのまま、空雅の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけていた。


「空雅、てめー! いい加減にしろよ!」


「いい加減にするのは、てめーの方だろ! 俊幸!」


「あっ? なんだと!」


「お前いつまで、陸にだけいい格好するつもり何だよ」


 そこで空雅の言いたいことが分かった。全くその通りだ、俺は自分の汚い部分や薄汚れた部分を陸には知られたくない。


 しかし次の瞬間、陸の言葉によってようやく我に返ることができた。陸の戸惑っている表情で、止めることが出来た。


「えっと! とにかく、よく分からないけど喧嘩はやめて!」


「つっ……陸がそう言うなら」


「俊幸、てめー本気で殴りやがって」


 陸が自分のハンカチで空雅に傷を拭おうとしたから、俺はそのハンカチを奪ってごしごしと拭いてやった。


 陸が俺以外の奴に触れるのも、触れられるのも我慢ならない。でも流石に勢いに任せて、八つ当たりしてしまったのは反省する。


「おいっ! いてーだろ」


「悪かったな……殴って」


「はあ……少しは考えて、行動しろ」


「陸が絡むことは、全て無理だ」


「はっきり言うんだな」


 ガッツリ引いている空雅をよそに、俺は陸のことを気にしていた。良かった、ひとまずは泣いていないようだ。


 そう思って話そうとしたが、空雅に遮られてしまった。しかし空雅がいたら、話が進まないため一旦止めることにした。


 空雅は俺たちに、背を向けて歩き出してしまう。しかし、すぐにこっちを見て舌を出しながら強烈なひと言を言い残して去って行ってしまった。


「つーか、お前ら場所弁えろよな。保健室でイチャコラすんな」


「えっ……えっ」


「あー、やっぱ聞かれてたか」


 あー、ヤバいわ。陸からもの凄い黒いオーラが見える気がする。俺がそう思って話題を変えようとするが、笑っているが目に光がない陸に聞かれた。


「そういえば、としくんは空雅くんが聞いていたこと知ってたの?」


「うぐっ……気づいていました」


「そっか……へー、そうなんだ」


「ご、ごめんなさい」


 それから俺たちは、近くのベンチに座って話の続きをすることにした。正直、言いたくもないような逃げたい気持ちもあった。


 それでもきっと、ここで逃げてしまえば……今は、いいかもしれないけど今後同じようなことがあった時に困る。


 俺はそう思って、意を決して陸に過去の話をすることにした。陸は少し驚いたようだったが、俺が話してくれたことが嬉しかったようで笑っていた。


 もう二度とこの笑顔を曇らせないことを、優しく抱きしめながら誓った。これからも、君の隣にいたいから。


 人はそう簡単には変えることはできないけど、これからも一緒の道を歩んでいきたいと心の底から思えた。


 修学旅行から帰ってきたら、陸を泣かせたことで【大久保陸の笑顔を見守る会】の連中に怒られたのはまた別の話だ。

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