第九章 文化祭
三十九話 僕が女装するの?
修学旅行から帰ってきて、段々と寒くなってきた。先日席替えをしたんだけど、僕はちょうどよく日差しが当たる席になった。
そのためか、朝のホームルームにやたらと眠かった時のこと。何やらとしくんが、教壇のところで皆んなに熱弁していたが全く聞いていなかった。
「ということでいいか、陸!」
「あ、えっ……うん、いいんじゃない」
「よしっ、陸の了承も得たことだし。それで進めるか」
なんかよく分からなかったけど、としくんが楽しそうだからいいかと思った。しかし、そのことを深く後悔したのはその日の放課後のことだった。
僕が眠くて欠伸をしていると、目をキラキラに輝かしている新田くんにテンション高く声をかけられた。
「陸、来月の文化祭楽しみだなっ!」
「ぶ、文化祭……そっか、もうそういう季節か……ふわあ」
「眠そうだな」
「この席は、人を眠気に誘う魔の席だよ」
そんな意味の分からない冗談を言って笑い合っていると、上機嫌のとしくんに声をかけられた。
「じゃ、買い物に行くか。陸」
「う、うん」
よく分からないが今日は、やたらと機嫌が良くて鼻歌まじりで歩いていく彼の後ろを僕はついて行く。
言われるがままに来たのは、何やらいろんな洋服やドレスが売られているお店だった。そして何故か、彼が手に取るドレスは女物だった。
僕は不思議に思いつつ、とても楽しそうにしている彼を見て何も言えなかった。白いドレスに、色んな布を買ってご満悦の様子だった。
それからも赤い靴や髪留めなんかも買っていて、僕は流石に気になってきてお店から出た時に聞いてみることにした。
「えっと、このドレス何に使うの?」
「何って、劇で使うんだろ」
「げ……き? としくん、劇に出るの?」
「は? えっと、もしかして聞いてなかったのか」
詳しく話を聞いてみると、今日の朝のホームルームに熱弁していた時の状況を教えてくれた。
白雪姫が僕で、王子としくんになったらしい。まあ一旦詳しく話を聞くことにした。悪い魔女が九条さんに、新田くんが大道具を作ることになった。
五十嵐先生はとしくんに逆らえずに、なんでもいうことを聞く雑用係になった。それに関しては、妥当だと思うからいいとして。
色々と聞きたいこととツッコミたいことがたくさんあった。しかし、どこからしたらいいのか分からずにいると熱弁し始めた。
「俺は言ったんだ。陸をお姫様にしないと王子はやらないと駄々をこねたんだ」
「……それはもう、決定事項なの?」
「ああ、もう申請もしたから」
「そっか、一つ条件があるよ。五十嵐先生が継母の役ってのはどう?」
僕の提案に彼はニヤリと、怪しい笑みを浮かべて了承してくれた。次の日、そのことを二人で満面の笑みを浮かべて先生に告げてみた。
すると先生はとても険しい顔で、ため息をつきながらこう告げてきた。しかし、僕たちは一切合切譲ることはなかった。
「ということで、決まりました」
「いや、あのな……もう既に、配役決まってんだろ」
「決まりましたので、先生が継母でお願いします。それが僕が、白雪姫をやる条件です」
「そもそも、先生は劇には出れないんだよ」
そう言って慌てふためている先生に、何を思ったのか新田くんがナイスアシストをしてくれた。
基本的に、空気を読めないがいざという時に役に立ってくれるようだった。しかもそこには打算とか、計算とかないのが感じ取れた。
「いいじゃん、楽しそう。俺は、見てみたい」
「うぐっ……分かりました! 継母でも何でもやってやるよ!」
売り言葉に買い言葉じゃないけど、先生は半分やっつけで劇に出ることを了承してくれた。
先生も女装ということがどんなに、恥ずかしいのか身をもって知ってもらうことにする。これは、十年越しの僕と彼からの復讐である。
それからはクラス一丸となって、劇の準備をしていた。まずはセリフを覚えるのは何とか、なったのだが素人では片付けられないような下手さだった。
そのため先生がため息をつきながら、劇の台本を丸めて手を叩いていた。何を思ったのか、僕にとある提案をしてきた。
「大久保、悟って確か。高校の時、演劇部だったよな」
「あー……そういえば、としくんと見に来たような気がする」
「そう言われると、そんな気がしてきた」
「ほんと、お前らは自分たちのことしか見てないよな」
そう言われて僕たちは、全く同じタイミングで照れた。そうしたら、クラス中から変な目で見られたが気にしないことにした。
それからほんとは呼びたくなかったが、僕は兄貴に連絡して急遽きてもらうことになった。
「り〜く〜あ〜い〜た〜かったよ〜」
クラスに来て急に、僕に抱きつこうとしてきたから僕は華麗に避けた。そして、壁に激突して痛いと叫んでいた。
僕はそんな兄貴をこれでもかというぐらいに、ドン引きした瞳で見ていた。何を勘違いしたのか、新田くんがのほほんとした意味の分からないことを言っていた。
「陸の兄貴って、陸に似てるな」
「えっ? 最悪」
「陸の方が、百万倍可愛い」
「俺と陸が似てるなんて、嬉しいな」
僕たちの会話を聞いた五十嵐先生が、いつものようにため息をついて頭を抱えていた。まあ、兄貴をいじめるのはこの辺にして本題に入ろうと思う。
僕がそう思ったら何かを察した様子の、先生が兄貴に話を振り始める。しかし、返答は予想外のものだった。
「はあ……ところで、仕事が大丈夫な時でいいが演技指導を頼む」
「まあ、見てもいいけど。俺、演劇部だったけど大道具だったから的確なアドバイスは無理だぞ」
「えっ! だって、お前。劇に出てただろ!」
「確かに出たけど、王に剣を渡すモブだぞ。しかも、役に決まってた奴が風邪で休んだから代わりに出ただけだし。セリフもないし」
そこまで聞いて先生はしまった! と言う表情をしていた。状況が飲み込めない兄貴は、不思議な表情を浮かべて欠伸をしていた。
そこで僕は逃げようとした先生に、これ以上ないぐらいに微笑みながら優しく思った伝えた。
「先生、なんとかして下さい」
「……はい、すみませんでした」
それから兄貴や先生の、知り合いの伝手を頼って演技指導をお願いをした。しかし、初日に言われたことはあり得ない内容だった。
「いや、秋也。これは俺には無理だ。ほら、スプーン」
「は? スプーン?」
「匙を投げると言うだろ。まあ、秋也には才能の片鱗はあるからがっかりすんな」
「いやっ! 俺にあっても困るんだが!」
そんな先生の悲痛な叫びは、来てくれた友人さんは興味もなかったようだった。何か言われる前にと、直ぐにそそくさと教室を後にした。
その瞬間に先生は、教室の隅に行って壁に何やらぶつくさと呟いていた。凄く、めんどくさい大人だなと思ってしまった。
「俺だって、色んなことを本気でやってんだよ。先生ってこんなに大変なら、俺は一生……生徒に先生は勧めない」
多分先生の仕事が大変なのと、今回のことは完全に関係ないと思う。それはそれとして、クラス中が先生を完全に無視していた。
どうするかと話になっていたが、そんな中新田くんだけが先生のもとに行って話かけていた。僕も気になって行こうとしたが、としくんに後ろから抱きしめられた。
「あの二人は、そっとしておこうぜ」
「うん、分かった」
よく分からないけど、としくんがそう言うなら任せようと思った。それから、完全に使い物にならない先生を無視して話し合いが始まった。
最終的な結論は、なんとかなる! なるようにしかならない! だった。一時間もの間、クラス一丸となって話たが全くと言っていいアイディアが浮かばなかった。
そのため、このままの配役でこのまま進めることにした。クラスの考えは纏まったのだ、めんどくさいからと。
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