三十七話 あの馬鹿
陸と初めての修学旅行は、もの凄く楽しみで前日はよく眠ることができなかった。陸といつも、同じとこに居られて俺は天にも昇る気持ちだった。
初日は空雅の馬鹿や悟の大馬鹿野郎のせいで、嫌な気分になってしまった。それでも、隣で陸が笑っていてくれるから俺の心は晴れ晴れしていた。
博物館で俺は一人で、トイレに入っていく。そこには、何やらため息をついている五十嵐がいた。
大方、空雅とのことで悩んでいるのだろう。好きならちゃんと告白して、付き合えばいいのになと思った
まあ、男同士ってだけでなく先生と生徒なのは大変だろうけどな。正直興味はないが、ちゃんと言っておくべきことがあるから俺は話しかけることにした。
「せんせー、ちょっといいっすか」
「あー田口か……どうした?」
俺が話しかけると、もの凄く疲れてる様子なのが分かった。そんなに大事なら、ほんとのこと言ったらいいのに。
「いい加減に、あの馬鹿にほんとのこと言った方がいいんじゃないっすか」
「あのな……同級生のお前らと違って、生徒と先生っていうのはだな」
「そんなの逃げてるだけでしょ」
「うぐっ……はあ、何も言い返させない」
そう言って傷ついている様子で、相当参っているのは明白だった。まあ、俺も人のことあまり言えた口じゃないと思うが。
鏡に映る自分と項垂れているこの大人が、同じに見えてなんか同情してしまう。絶対に、言わないけど。
詳しいことは分からないが、十年以上前に空雅とせんせーは知り合っているらしい。だからってわけじゃないが、せんせーは空雅のことが本気で好きらしい。
一応昔馴染みで陸と付き合っている俺に、進路の相談と称して相談してきたのが約一ヶ月前のこと。
「で、話ってなんすか。五十嵐」
「あのな、一応。学校では、先生と呼べ」
「ちっ……分かりましたよーだ。五十嵐せんせー」
俺の反抗的な態度にせんせーは、ため息をつきつつ相談してきた。正直、興味はなかったが俺にも関係するような内容だった。
詳しく聞くと、せんせーと空雅は過去に出会っていたようだ。しかし、肝心の馬鹿がそのことに全くもって気がついてないらしい。
そのため身を引こうとしたが、馬鹿な上に無自覚なため諦めきれずにいるらしい。まあ、自分が好きな相手に無自覚に言い寄られて嬉しくないわけがない。
そこで俺は無自覚に誘ってくる陸のことを、想像してしまい顔が自分でも緩んでいることに気がついて話を戻すことに。
「まあ、どうでもいいっすけど。あの馬鹿、俺と陸の仲を無自覚に邪魔してくるんで。早急になんとかしてください」
「なんとか出来るなら、とっくにしてる」
あれから早いもので一ヶ月。体育祭の時に、俺と陸が保健室でいちゃついている声を確かに聞いていた様子だった。
だからなのか、陸が傷つくくらいに避けているようだった。俺としては、このまま離れてくれた方がいいのだが。
流石にそれは可哀想か……あの馬鹿は空気は読めないが、友達としては最高なやつだし。絶対に、本人には決して言いたくないけどな。
馬鹿のことよりも……俺が思っていたよりも、友達に嫌われたと感じることが陸にとって相当のトラウマになっている様子だった。
そのため陸のためにも、この二人に早くくっついてもらわないと困るのだ。そう思って、俺はトイレでせんせーと一緒になって俺は思っていることを伝えた。
「空雅と早くくっついてくれないか」
「今いいとこだから」
そう言って顔を赤らめているせんせーを見て、心底どうでもいいが早くなんとかしてくれ……。
早くしてくれないと、陸が取られることはないだろうけど。陸が他の人の話をすることが、耐えれない。
特に、空雅はなんか腹立つから嫌だと思っている。何かを察した先生に、ため息まじりに言われた。
「あんま、束縛しすぎんなよ。大久保って、そういうの苦手そうだろ」
「……分かってんすけど、ヤキモチを焼いてしまうんすよ」
「まあ、分からなくないな。空雅もだが、大久保も鈍そうだから」
せんせーの言葉に、確かにと納得してしまう。トイレから出て、陸の方に向かおうとすると空雅と楽しそうに話している様子が目に入ってしまった。
俺は気がつくと、体が勝手に動いていて二人を引き離してしまった。空雅の腕を掴んで焦っているせんせーと目が合う。
せんせーは、馬鹿を連れてどっかに行ってしまう。その時の空雅の表情を見て、焦る必要もないなと思ってしまった。
どうでもいいが、あんなのどう考えても落ちてんじゃないか。せんせーもあの馬鹿と、同じぐらいに鈍感ってことか。
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