三十六話 君にたくさんのありがとうを

 俺は陸が悩んでいることに、なんとなくだが気がついていた。それでも、一緒に過ごしていればなんとかなると思っていた。


 俺は自分のそんな浅はかな考えが、陸を傷つけて苦しめていたなんて思いもしなかった。それどころか、陸がヒーローショー中にいなくなったのも気が付かなかった。


「くそっ、どこ行った」


 ほんとはあんまり使いたくなかったが、陸のためだと思い。スマホのGPSを開いて、陸の居場所を特定する。 


 付き合ってすぐの頃に、何かを察した陸のお母さんに「陸は迷子になりやすいから、よろしくね」と言われたから、GPSをこっそり陸のスマホにインストールしたのだ。


 少しは気がついて怒られるかな? と思っていたのだが、半年以上経った今でも全く気がつく気配がない。


「こっちか……」


 GPSを頼りに陸を探していると、やっとの思いで見つけることができた。きっと、黙って居なくなったのは深い意味はないと思ってしまっていた。


 なんで俺は陸が好きなのに、一番大事なのに……ほんとに一番肝心なことに気がつかないんだ……そう思って見ると、泣いている陸と目が合ってしまう。


「陸! やっと見つけた! どうした? 何泣いてんだ」


「――――僕のことは、ほっといて」


「なんで……そんなこと言うんだ」


 俺は訳が分からずに、ひとまず人目を気にせずに抱きしめた。陸の表情を見なくても、俺が何か間違えてしまったのは明白だった。


 俺はダメなやつだな……陸が何を考えているのか、分からないどころか傷つけてしまっている。


 それでも、とりあえず陸が怪我もなく居てくれたことに深く安堵する。そして、より一層強く抱きしめた。


 今は体温を感じていないと、不安で胸が押しつぶされそうになっているからだ。とにかく、ここは陸の気持ちを聞かなければ。


「急にいなくなるなよな。どこかに行くなら、そう言えよな。心配するだろ」


「……僕は一人で平気だよ」


「なんで怒ってるんだ……はあ」


 ほんと何で俺は、陸の気持ちがこうも分からないのだろうか。俺……何かしてしまったのか?


 陸が分からない……自分自身の気持ちが分からない。どうすれば俺は陸の気持ちを、理解することが出来るのかが……。


 考えてみたら、俺は今まで陸以外に大事な存在っていなかったから。それに人付き合いもそんなに得意な方じゃない。


 陸ならこうするだろうとか、陸ならとかそんなことばかり考えて生きて来たから。そのつけが、今になって回って来てしまっているのかもしれない。


 俺が自己嫌悪に陥っていると、酷く傷ついた表情を浮かべている陸に思ってもみなかったことを言われてしまった


「としくんからしてみれば、守るべき対象なんだと思うけど! 僕だって、男なんだから守られてばかりじゃ嫌なんだよ!」


「――――そうか」


 俺はそう言って陸から距離をとって、もう一度ちゃんと考えることにする。俺は自分の意見とかが、ないのかもしれない。


 陸みたいになりたいから、優しい自分を演じているが本当は今すぐにでも閉じ込めて自分以外を見ないようにしたいと思う。


 そんな感情を陸に知られたくない。今度こそ嫌われてしまうかもしれないから。自分は陸は思っているほど、出来た人間じゃない。


 陸のは打算なしだが、俺は陸の優しさを真似ているだけ。そんな自分が嫌いだが、陸が好きだと言ってくれているから嬉しい。


 陸や皆んなが知っている俺は、ほんとの俺自身の考えじゃないのかもしれない。それでも、これだけはハッキリしている。


 ――――俺は陸が、この世界で一番大事だ。


 俺はその結論に達して陸の手を握って、観覧車の方に向かって歩き出す。陸は何も言わずに、俺に着いてきてくれている。


「陸、観覧車に乗ろう」


「えっ……でも」


「ここの観覧車、高さが日本一を誇ってて遠くまで見れるから。それに、ゆっくり話せるし」


「う、うん……」


 観覧車に乗って夜景と陸を交互に見つめる。どんな綺麗な夜景でも、陸には絶対に敵わない。


 俺は陸が気になっている過去のこと、ぽつりぽつりと話し始める。ちゃんと笑顔ができているだろうか。


 ちゃんといつもの俺で、陸と話せているだろうか。全部はまだ、話せないけど俺の過去を知って幻滅されないだろうか。


 俺は怖くて怖くて堪らなかったが、陸には俺の精一杯の勇気を聞いていてほしい。君の隣に立ちたいだけ、それだけのことなのだ。


 だから俺は今持てる、最大限の勇気で自分の今の気持ちを伝えた。絶対に陸には、俺から離れてほしくない。


「あの時、声をかけてくれてありがとう。あの時、殻に閉じこもっていた俺を救ってくれてありがとう。俺は陸に出会えて、本当に良かった」


「としくん……僕だって、としくんと出会えて本当に良かった。でも僕は昔の僕とは違って」


「いいよ。どんな陸だって陸は、陸だろ。俺が好きなのは、出会った頃の陸もだけど。今俺の目の前にいる泣き虫な大久保陸なんだから」


 俺は陸の目に溜まっている粒を両手で拭った。そしてもう一度、俺たちは抱きしめあった。陸からも背中に腕を回してくれて、俺だけの一方通行じゃないと信じれた。


「陸のことになると、大事すぎてどうすれば良いのか分からなくなってしまうんだ。決して、陸のこと軽んじてるってわけじゃない」


「うん、分かった」


 俺はここに来たら陸に言おうと思っていたことを、もの凄く恥ずかしかったが伝えることにした。


 小学生の時に知って、キスするなら陸がいいなと思ったんだ……陸を、繋ぎ止めておく方法が他に見当たらなかった。


「ところで知っているか?」


「何を?」


「――――観覧車の頂上でキスをしたカップルは永遠に結ばれるという伝説を」


 俺は外からのネオンの灯りとかで、光り輝いている陸の瞳を見つめた。やっぱ、どんなに綺麗で美しいものでも陸の輝きには勝てない。


「……初めて聞いたよ」


「俺は初めて一緒に来た時に知ってた」


「小学生の時ってこと?」


 俺は陸の質問に静かに頷いて、より一層体が熱を帯びていくのが分かった。陸がいつもよりも、緊張しているのが伝わってきて愛おしくなってしまった。


 すると次の瞬間、陸はふっと微笑んでいた。その表情がいつにも増して、輝いていて一瞬で心が奪われてしまった。


「としくん、僕は君が好きだよ」


「何をとつ……んっ」


 突然だったが陸が俺の首に腕を回して、優しく触れるだけのキスをしてきた。そしてそれを皮切りに、陸に何度も角度を変えてキスをされた。


 今までは俺の一方通行気味で、陸に無理させていたんじゃないかって心配していた。でも違った、陸は陸なりに俺のこと考えてくれていた。


 そう思ったら、なんだが無性に甘やかしたくなってしまった。俺は優しく笑って、真っ直ぐに陸の方を見て思っていることを告げた。


「今、頂上に着いたよ。これで永遠だな」


 俺その臭いセリフに陸は黙って頷いて、もう一度何度も角度を変えてキスをした。そして、俺は心の中で伝説がなくても永遠になってくれたらいいのにと思った。


 違うな……俺たち自身で永遠にするんだ。ジンクスとかが無くても、俺は一生陸以外を好きになることはない。

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