第八章 としくんの想い

三十五話 ファンクラブ

 念願の陸と付き合うことができたのはいいが、本当に陸は俺のこと恋愛感情で見てくれているのだろうか。


 ただ俺の一方通行の片思いで、陸は恋がよく分からずにいるのではないか……不安で不安で、夜も眠れない日々が続いた。


 それでも水族館にデートに行った時は、ただ一緒にいるだけで天にも昇る気持ちだった。


 陸と手を繋げてご飯を食べる陸を見れて、俺は本当に昇天しそうになってしまった。


 私服が可愛くて今にも、抱きつきたいのをグッと抑えて自制する。陸と過ごすこんな何気ない時間が、いつまでも続けばいいのに。


 自分でも気持ちが悪いのも、ドン引きレベルなのも完全に理解している。それでも、この気持ちは歯止めどころかもう既にどっぷり浸かってしまっている。


 そんなことを考えながら、トイレから出ると怖い形相をした他クラスの女子に声をかけられた。


「今日、放課後。いつものとこで」


「分かった」


 俺たちはお互いに目配せをして、すぐに別れ教室へと向かう。ほんとは、一秒でも多く陸と居たいのだがグッと抑えて今日は我慢をする。


「悪いな、陸。今日は、とっても大事な用事があるんだ」


「そっか、分かった。僕は帰るね」


 少し寂しそうな表情の陸に、かなりの罪悪感を残しつつ俺はいざ戦場へと向かう。そこは今、使われていない空き教室。


 扉の前に行くと教室からは、禍々しいオーラが見えはしないけど。なんか、異様な殺気みたいなのは感じ取れた。


 実を言うと何を言われるのかは、理解しているからこそ行きたくないのだが。それでもこれからの、陸との明るい未来のために戦わなければいけないのだ。


 俺は深く深呼吸をして、教室のドアを開けて一歩を踏み出す。案の定、そこには酷く重い雰囲気が流れていた。


 正直今すぐに帰って、陸に抱きついて甘えたい。陸に甘えつつ、陸を甘やかして癒やされたい。


 俺がそんなことを考えていると、三年の先輩でこの団体の会長の人に睨まれつつ言われた。


「田口俊幸、今日はなんで呼ばれたか分かるわよね」


「ゴクリ……陸と、デートに行ったからです」


「あー! やっぱり、報告書にあった通りだったのね! 【大久保陸の笑顔を見守る会】の掟、第三箇条を言いなさい」


「決して、大久保陸を独り占めすること勿れ……です」


 ここまで言えば察しのいい皆さんなら、お分かりだろうが……ここは、月に一回行われている【大久保陸の笑顔を見守る会】の定例会の場である。


 俺の言葉を皮切りに、周りにいたファンクラブの皆んなからは案の定ブーイングの嵐が巻き起こった。


 俺はあまりの恐怖に萎縮し、その場で正座をしてしまった。女子ってこえーよ、本気(マジ)で人一人殺りそうな狂気を感じる。


 厳しい掟がたくさんあるのだが、一番俺が恐れている掟が第三箇条である。他にも、決して大久保陸本人にこの団体の存在を知られてはいけない。


 決して、大久保陸を悲しませてはいけない。決して、大久保陸をいじめるものを野放しにしてはいけない。


 など、他にもここに記すには怖い内容のものが多数存在している。実際、禁忌を破り陸を悲しませたものに何らかの処罰が下されたらしい。


 恐ろしいから俺はノータッチで、行かしてもらいたいが……。俺がそう思っていると、会長に質問攻めにあった。


「報告書によると、田口あんたは……こともあろうか、大久保くんとキスしたらしいわね。これが、証拠写真よ! 幼なじみだからって、調子に乗るんじゃないわよ!」


「……申開きもありません」


「ということは、認めるのね。何? ふむふむ、はあ! しかも、今入った情報によるとつ……付き合っているらしいわね」


 どこからそんな情報が入ってくるのか、分からないが会長にメンバーの一人が耳打ちで知らせていた。


 こえーよ、この団体。ほんとは今すぐに、脱退したとこだがそんなの認められるわけがない。


 しかも一応、見張っておかないと何をしでかすか分からないし。陸に危険が及ぶことは絶対にないが、それでも思考回路が危険すぎる。


「いつから、つ……付き合ってるのかしら。聞きたくないけど」


「――――一ヶ月前からです」


「いっ」


 俺が答えると会長は、ばたりと倒れてしまった。周りの会員からは、本気で心配する声が上がっている。


 俺はとうとうこの時が来たのかと思い、足が痺れていたがなんとか立ち上がり頭を下げた。


「俺は陸が好きです。何があっても、俺は陸が一番大事です。なので、交際を認めてほしいです」


 俺は今……話せる精一杯の思いを、ファンクラブの皆さんに誠心誠意お願いをした。まるで、交際を認めてもらうために相手のご両親に挨拶する時みたいな感じだった。


 俺の言葉を皮切りに周りは、何やらコソコソと話していた。しばしの間、俺はずっと頭を下げていたのだが会長に弱々しい声で言われた。


「今思ったのだけど、変にその辺の女に盗られるよりかは……非常に不服だけど、一応イケメンな田口俊幸に任せた方がいいと思うわ。非常に不服だけど」


 一応で悪かったですね……こいつらの中で、多分陸が一番のイケメンであることは揺るぎのない事実だとは思うが。


 会長の言葉に誰も意義を唱える者は、今の所いなかったので今日のところはお開きになった。


 俺は冷や汗を拭いながら、教室を出ようとすると目がイってしまっている会長に言われた。


「いい? 絶対に、大久保くんのことを悲しませるなよ。その時は、死よりも恐ろしいことが待っているから覚悟しておきなさい。見張っているから」


「……は、はい。肝に銘じておきます」


 身体中に嫌な汗が流れてしまったが、ひとまず第一関門は突破したな。俺がそう思って、下駄箱で靴を変えていると美雪に声をかけられた。


「定例会議は、無事に終わったようね」


「ああ、まあな。参ったよ……待て、なんで知ってる」


「私が写真部で培ったスキルを。存分に発揮して写真を提供したからよ。会長からの直々のオファーよ」


 嬉しそうに恍惚な表情を、浮かべている美雪を見て冷や汗が止まらなくなってしまった。マジですか……はあ、最悪だ。考えてみたら、美雪以外に話していないからな。


 まあ裏を返せば、陸に降りかかる火の粉を多数の人が払っていると思うことにする。あまり深く、考えないようにすることにした。

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