三十四話 慣れる

 夕食の時間になって、ホテルの豪華なバイキングに行った。そこには、色とりどりの綺麗な料理が用意されていた。


 昨日の夕食も豪華だったけど、今日のはなんて言えばいいのかわからなかったけどすごかった。


 僕がどれを食べるか悩んでいると、腰を彼に抱きしめられた。他の人が見てるし、九条さんがこっちをガン見している。


 そりゃあもう、お料理よりも完全に僕たちを穴が開くほど見ている。それが何だが恥ずかしくなってしまい、僕は話題を逸らすために彼に質問をしてみた。


「何食べる?」


「そうだな、陸選んで」


「えー、そうだな。この、ミニハンバーグは? お肉好きでしょ。僕のも選んで」


「よしっ、じゃあ……この、ミニグラタンは?」


 という感じで完全に仲直りした僕たちは、いつものようにお互いにアーンと食べさせていた。


 僕は自分のミニグラタンを食べようとすると、思っていたよりも暑くて舌を火傷してしまった。


「熱っ、火傷した〜」


「陸は仕方ないな……俺が冷ますから。ふうふう、どうだ?」


「うん、大丈夫みたい」


 そんな僕たちの前で九条さんは、なりふり構わずに写真を撮っていた。頬に絆創膏を貼った、新田くんが美味しそうに肉を頬張っている。


 そんな二人を見て、僕たちは自分たちの世界に入っていた。さっきまでの、険悪なムードが嘘のように僕たちは自分たちしか見えていなかった。


「最高、この二人」


「美味いな、この肉」


 他クラスの男子からは、若干引かれているのが分かったけど構わずにいた。本当に美味しそうに食べている彼が可愛くて独り占めしたくなってしまった。


 この人は僕のものだと、誰にも渡さないって思っている自分もいて。まあ、いつものように五十嵐先生が頭を抱えてため息をついていたけど僕たちとは関係ないだろう。


 夕食を食べ終わり僕たちは、自分たちの部屋へと足を運んだ。部屋に入るなり、後ろから抱きしめられた。


 背中から伝わる温もりと、鼓動の音をいつもよりも身近に感じた。自分の心臓の音が、彼にも聞かれてしまうのかな。


 そう思ったら、より一層自分の体温が急激に上昇していくのが分かった。そうしたら、耳元で囁かれた。


「今日こそ、いいだろ」


「うぐっ……そのまず、お風呂に入ってから」


「だめ、待てない」


 そう言っている彼の瞳が、熱を帯びていた。その表情を見て、僕は目を離すことができなかった。


 後ろから抱きしめられた状態で、僕たちは何度も角度を変えてキスをした。それから彼に腕を引かれて、ベッドに連れて行かれた。


 そこでとしくんを見て、余裕のない表情を浮かべていた。僕もドキドキしてきて、彼の首に腕を回した。


 何度も何度も角度を変えて、お互いの口を貪り始める。何度経験しても、この胸のドキドキは慣れない。


 一体あと何回すれば、体が慣れるのかな。それと同時に、慣れたくもないって思う自分もいて。


 不思議だよね……どれだけ、彼に全身全霊で好きだと言われていてもまだ足りない。それどころか、もっとって思ってしまう。


 僕がそんなことを考えていると、少しむすっとした表情のとしくんに首筋にキスをされながら言われた。


「こんな時に、違うこと考えないで」


「僕はいつだって、としくんのことしか考えてないよ」


「つっ……ほんと、陸は俺を煽るの上手いよな」


 そう言って、着ていたワイシャツを脱ぎ始めるとしくん。そんな彼に、また好きだと思ってしまう。


 あとどれだけ、好きって伝えればこの気持ちが全部伝わるのかな。会えなかった十年間もの間、きっと沸々と湧いていたこの感情を。


 僕は彼の背中に腕を回して、彼の体温を直に感じてこれ以上の幸せってあるのかな。いや、きっとないよね。


 僕にとって一番の幸せは、彼とこうして一緒にいる時なのだから。これまでもこれからも、きっとそれは絶対に変わらないって思えるから。


 それでもいつまでも、こうしていたいって思うのは僕だけかな? 彼も同じだったら、いいな……なんて考えてしまう僕はもうどっぷり浸かってしまっているのだと思う。


 気がつくと寝てしまっていたみたいで、窓から差し込む光で目が覚めた。目を開けると、目の前には嬉しそうに寝ているとしくんが目に入った。


 僕は何となく彼の鼻をつっついてみた。すると、少し眉間に皺を寄せていてその表情が可愛かった。


「としくん」


「うー陸……」


「可愛い……」


 そんな感じでずっと見つめていた。こんな風にまじまじと見つめることなんて、そんなに多くないから新鮮な感じがした。


 ってそれはそれとして、昨日僕たちお風呂に入ってないよね。それに……汗かいちゃったから、臭いよねと思い起こすことにした。


「としくん、起きて。お風呂に入ろ」


「朝……? 後、五分」


「お風呂入んないと」


「う……わか……ぐう」


「起きてー! 寝ないで!」


 寝起きの良くないとしくんを何とか、起こして一緒にお風呂に入った。流石にシャワーを浴びたら、目が覚めたらしくいつもの調子に戻っていた。


 今は質問攻めにあっていて、とても恥ずかしいけど幸せな気持ちに満ち溢れていた。ずっとこれからも、こうしていたいと思えてこそばゆかった。


「陸、腰は痛くないか」


「う、うん。大丈夫」


 ほんとは少し痛いけど、この痛みは嬉しい痛みだから。それにしても、よくそんなに楽しそうな顔で僕の髪乾かせるよね。


 目の前にある大きめな鏡のおかげで、完全に彼の表情が見えてなんか変な感じがした。そんなことを思って、見つめていると鏡越しに彼と目が合った。


 何か言うでもなく彼は、僕を鏡越しに見つめて微笑んでいた。その僕をまっすぐに見つめる瞳が、綺麗で全身が熱くなっているのが分かった。


「陸……」


「としくん……」


 髪を乾かし終わった彼が、顔を見つめてきて急に僕の頬に触ってきた。そして額にキスを落とされて、彼の端正な顔が近づいてきた。


 もう少しでくっつきそうな距離だったが、またもや邪魔が入ってしまう。まるで見ているかのようなタイミングで、部屋のドアがノックされて声をかけられた。


「おーい! 俊幸! 陸! 起きろー」


「――――ちっ、あいつはほんとに空気が読めない」


「でも悪気はないと思うよ」


「悪気がないから、余計に質が悪い」


 そう言って頭を抱えている彼が、何だがお預けされている犬みたいで可愛かった。だから、僕は精一杯の勇気でしゅんとしている彼の額にキスをした。


 驚いている彼の顔をよく見れずに、そのままドアの方に向かった。そして深く息を吸い込んで、ドアを開けて声をかけた。


「おはよう、起きてるよ」


「起きてたか、ほら朝飯らしいぞ」


「うん、今行くから」


「じゃ、先行ってんぞ」


 新田くんが上機嫌で行ったから、僕は振り返ろうとすると彼に抱きしめられた。何も言われなかったけど、背中越しに伝わる心臓の音がうるさかった。


 としくんと初めての修学旅行は、波乱もあったけど楽しかった。小学校も中学校も、僕一人で行動していて楽しめなかった。


 高校の修学旅行は人生最後の、修学旅行だから本気で楽しめてよかった。彼と出会えて本当に良かった。


 嫌なことも怖いことも、彼とならこれからも一緒に歩んでいける。背中から感じる彼の鼓動を聞いて、そう信じることができた。

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