二十九話 一緒に

 京都駅に到着して、気持ち悪そうなとしくんを連れてホテルの自分たちの部屋に入る。部屋に入ってみると、修学旅行で泊まるには豪華に見えた。


「としくん、大丈夫?」


「ああ、少し落ち着いてきた」


「大丈夫そうだね。顔色も良くなってきたし」


 僕はそう言って彼の顔を覗き込むと、左耳を触らられてくすぐったかった。彼の顔を見てみると、真剣な眼差しで僕のことを見つめていた。


 僕はその表情を見て、自分の体温が急上昇していくのを感じた。そのままの勢いで僕は、ベッドに押し倒されてしまった。


 もう少しで唇がくっつきそうな距離になった時に、部屋のドアが勢いよくノックされて間の悪い人の声が聞こえた。


「おーい! 俊幸、具合は良くなったか!」


「――――無視するか」


「心配してくれているだけだと思うけど」


「おーい! 部屋にいんのか!」


 としくんは眉間に皺を寄せて、機嫌が悪くなってしまった。それでも心配してくれているのに、無視は良くないし今は修学旅行中だし……。


 僕がそう思っていると、新田くんの声が再度聞こえてきた。彼はその声にちっと舌打ちをして、文句を言いにドアの方に行ってしまった。


「うるせーよ! 空雅!」


「はあ? なんだよっ! 心配してきたやったってのに!」


「ほんとお前は、昔から空気が読めなくて! 間も悪いよな!」


「ああ? なんだよっ! それっ! 見えねえーものが、見えたらこえーだろ!」


 確かにそうなんだけど、新田くんの言っていることも至極当然なんだけど。そういうことじゃないってことだけは、僕でも理解できる。


 それにキスをしようとしてくるとしくんの、あの表情がかっこよすぎて何度見ても慣れない。


 僕がそう思って布団にくるまっていると、ひとしきり喧嘩が終わったようだ。そして、彼はとびっきりの笑顔で僕の方に来た。


「り〜く、出かけるぞ」


「うん……」


 彼は僕の手を取って引っ張ってくれて、ホテルの部屋を後にした。そしてホテルから徒歩で行ける京都国立博物館へと向かった。


 そこには昔の人が使ったであろう、器や掛け軸や埴輪などが展示されていた。僕はとしくんと色んなものを見て回っていた。


「としくんは、博物館とか行ったことある?」


「う〜ん。あんま、興味ないかな。なんか、寂しい気持ちなるんだよな」


「そうなの?」


 僕は結構、好きなんだけどな。なんか神秘的っていうか、うまく言えないんだけど。どこか、現実離れした感じがするんだよね。


 刀の展示のところに差し掛かった時に、ものすごく熱中している九条さんの姿が目に入った。見なかったことにして、僕たちは展示品を見て回った。


 そんな感じで館内をとしくんと回っていたのだが、としくんはトイレに行きたかったみたいだった。


「僕はこの辺、見てるね」


「おう、言ってくるわ」


 としくんがトイレに入っていって、僕はなんとなくその辺をぶらついていた。そんな時に、展示スペースから離れたところにあるソファで新田くんが項垂れていることに気がついた。


「空雅くん、隣いいかな?」


「――――ああ、いいよ」


 僕は新田くんの横に座ったのだが、なぜか話ができずにいた。しかし、このままじゃいけないと思って意を決して聞いてみることにした。


「その、僕の気のせいだったらごめんね。僕のこと避けてる?」


「避けて……ないぞ」


「そう? でも、最近……目も合わせてくれないから」


「ああ、それな……。コンタクトが合わなくて、目が痛くてな。避けてたわけじゃないんだ」


 それを聞いて僕は安心してしまった。僕にとって新田くんは、としくん以外に出来た初めての友達だから避けられるのは辛いから。


「コンタクトに関してよく分からないけど、やめた方がいいんじゃない?」


「えっと……大丈夫みたいだから」


 そういえば、新田くんはとしくんと話している時と僕と話している時の雰囲気が違うよな。


 そう思って談笑していると、新田くんが何かを言い出そうとした。としくんが戻ってきて、腕を掴まれて引き離される。


「陸、行こう」


「あ、うん。またね、空雅くん」


「ああ、またな。陸」


 僕が新田くんに手を振ってそう言うと、新田くんは血相変えた先生に腕を掴まれていた。そして、連れて行かれてしまい変だなと思いつつ二人で館内を見て回る。


 さっきから黙って何も言わないとしくんが、気になって見つめていた。すると、僕の視線に気がついたみたいで質問してきた。


「なんの話をしてたんだ?」


「コンタクトの調子が悪いという話だったよ」


「あれ? あいつ、視力だけは良いって言ってたんだけどな?」


 としくんが言っていたが、不思議に思いつつ急に目が悪くなることもあるかということで話は終わった。


 博物館を見る時間が終わって、夕食の料亭に向かおうとしたが外はいつの間にか雨が降っていた。


 そのためか、先生たちが協議を重ねていたようで五十嵐先生がこう言っていた。


「ひとまず、ホテルに行って私服でもいいから着替えてこい。そうしたら、ロビー集合な」


 僕は鞄から折り畳み傘を出そうとしたが、入っていなかった。どうしようと考えていると、としくんが鞄から取り出した。


「俺のに、入るだろ」


「うん、入る」


 そうして僕たちは、同じ傘に入って歩き始める。何度も体を重ねているのに、少し肌寒いせいかいつもよりも体温が感じることができた。


「濡れるだろ、もっとひっつけ」


「う、うん」


 そう言われたから、僕は彼の腕に自分の腕を通した。さっきよりもより一層、彼の体温が感じれて心臓の鼓動が早くなったように感じた。


「そういえば、小学生の時も相合傘したよね」


「そうだったな。あの時は、陸の方が身長大きかったよな」


「そうだっけ? いつの間に、抜かれたんだろうね」


 若干悲しくなってしまったが、それでも僕はとしくんが元気でいてくれて良かったなと思った。


 としくんがいなくなってしまったのは、僕が嫌いになったからなのか。それとも、何か病気でもしてしまったのではないかと思っていたから心配していた。


 そんなことを考えている僕は、まるでお母さんみたいだなと思って。つい笑ってしまったから、隣にいた彼に聞かれてしまった。


「どうした?」


「としくんが、戻ってきてくれて良かったなと思って」


 僕がそう言って微笑むと、としくんは一瞬目を丸くして頬を赤らめていた。その様子がなんだが、可愛くて僕は嬉しくなってしまった。


 暫くしてホテルに着くと、としくんの肩が濡れていることに気がついてしまった。もしかして、折りたたみだから小さかったのかも。


「としくん、風邪ひいちゃうよ!」


「陸が濡れていないんだったら、俺はそれで構わないよ」


「もうっ! そんなこと言ってないで、部屋に行くよ」


 僕のために濡れてくれたのかと嬉しく思いつつ、風邪引くからと部屋に戻って椅子に座っている彼の体をタオルで拭いた。


「ほら、拭いて」


「ありがとな。なんか、こうしていると嫁みたいだな」


「うっ! 馬鹿言ってないで、風邪引くよ!」


 僕がそう言うと、彼はとても嬉しそうに微笑んでいた。僕だって、新婚さんみたいだなって思ってしまった。


 今、顔見られたくないな……多分、相当顔が赤くてヤバいと思う。僕がそう思っていると、彼に手首を掴まれてベッドに押し倒されてしまった。


「――――陸」


 本日二度目の押し倒しに、僕は胸がドキドキしているのが自分でも分かった。そして右手を繋がれて、もの凄く近い距離で彼の顔を見つめる。


 何度も見てきたけど、やっぱり慣れないな……。僕がそう思っていると、彼に左手で顎をくいっとされてもう少しというとこでチャイムが鳴った。


「おーい! 陸! 俊幸! ご飯だぞっ!」


「ちっ……くそっ……ほんと、間の悪い奴」


 そう言って舌打ちをするとしくんだったが、彼のお腹はぐうといい音を鳴らして主張してしまう。


「ぷっ……」


「ふっ……あは」


「あはは!」


 なんか面白くて僕たちは、暫くベッドの上で笑い転げてしまった。それから私服に着替えて、料亭に行ってご飯を食べた。


「料亭って、凄いね。僕、こんな高級なもの食べたことないよ」


「そうだな……でも、俺は陸の切ってくれたリンゴの方が好きだったぞ。不揃いのやつ」


「もうっ! イジワル」


「あはは、ごめんって。俺のお茶あげるから」


「それ、としくんが苦いの飲めないだけでしょ」


「あっ、バレた?」


 そんな感じで夕食もいつもの通りに、楽しみながら過ごしていた。そんな時だった、僕の左隣に座っていた新田くんのところに五十嵐先生が絡みに行っていた。


「新田、食べてるか!」


「うわっ! おっさん、酒くせー! 近寄ってくんじゃねー!」


 僕はそんな光景を見て、うわあと若干引いてしまった。そうしたら、としくんに口に料理を入れられて耳元で呟かれた。


「陸は、俺だけを見てればいいから」


「つっ……うん、分かった」


 耳元でそんなイケメンなセリフを吐かれたら、身体中が沸騰していくような感覚になってしまった。


 こんな人が大勢いるようなところで、やめて欲しいと思った。それと同時に、少し嬉しいと思ってしまった自分も大概だなと思った。


 僕は急に恥ずかしくなって、目線を上に上げると九条さんがこっちを見てニヤニヤしていた。


 ――――見なかったことにして、食事に集中することにした。

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