三十話 恋人の裸
食事が済んでから僕たちは、ホテルに戻ってお風呂に入ることになった。大浴場の前で五十嵐先生に対して、笑いながらとしくんが何やら言っていた。
「大浴場には、入らなくていいですよね?」
「あのな……集団行動の場を乱すな」
「では先生は……恋人の裸を他の男に見られても構わないという結論に至りますね。それで、よろしいでしょうか?」
「う〜む……」
なんていう質問を堂々と人前でやってんだ。この人たちは全く……恥ずかしいという概念がないのだろうか。
僕は恥ずかしくなって、俯いて顔を両手で覆っていた。そんな会話をしている横を、談笑しながら通り過ぎていくクラスメイトたち。
今更ながら、クラスメイトたちにはバレているのかな? よく分からないけど、九条さんぐらいにしかバレていないと思っていた。
誰にも何も言われないし……変な目で見られることもないし……だからといって何でも、大声で言っていいわけじゃないと思う。
僕がそんなことを悶々と考えている最中、先生は彼に言われたことを真剣に考えていた。先生も恋人がいるのかな? としくんはそれを知っているのかな?
まあ、先生の恋人に関しては全くと言っていいほど興味ないけど。でも……いつの間にか、仲良くなっている二人を見てヤキモチを焼いてしまっていることに驚いている。
それと同時に……そんなことをまじまじと本気で、考える必要性ってあるのだろうか。僕がそんなことを、冷めた目で見ていたら先生は真面目にこう返した。
「――――確かにな。見られたくないよな。新田、話があるから部屋に来い」
「はあ? なんでだよ! 俺も風呂に入る」
「いいから来なさい」
「ちっ……わーたよ」
新田くんは先生の言葉に一瞬、傷ついているように見えた。先生が顔を俯いている新田くんの手を取って歩き出す。あの二人って、妙に仲良いよなと思ってしまった。
「陸、俺たちも行くぞ」
「うん!」
どうしたんだろうと思っていると、優しい表情を浮かべたとしくんに手を引かれた。よく分からないけど、周りにクラスメイトがいなくて本当に良かったと思った。
部屋に戻って僕は、ずっとご機嫌なとしくんに鼻歌を歌いながら脱がされた。何度も脱がされているけど、やっぱ慣れないなあ。
としくんは慣れているなと思って、見てみると彼の耳が真っ赤になっていた。それを見て、彼も同じ気持ちなんだなと思って彼の首に腕を回した。
「陸、やっと二人っきりになれた」
「それは良いけど、その皆んなの前で恋人とかっていうのやめてよ」
「嫌なのか?」
「嫌じゃないけど、恥ずかしい……」
僕がそう言うと彼は、僕を腰を支えて優しく触れるだけのキスをしてきた。それからは、何度も角度を変えてお互いの唇を合わせた。
「クシュン……」
「流石に寒いか」
「うん」
「じゃあ、湯船に入ろう」
そして彼も服を脱ぎ始めて、僕は彼の体をまじまじと見つめてしまう。やっぱ、僕の体と違って筋肉がついていて無駄な肉がついていない。
羨ましいなと思いつつ、本気でこの人が好きなのだと思ってしまう。それから、彼に優しく体を洗ってもらった。
僕も彼の背中を洗ってあげて、その大きな背中に僕は更にドキドキしてしまう。ひとしきり体を洗い終わって、僕は後ろから抱きしめられていた。
「温泉のデカイ風呂もいいが、この狭いお風呂もいいよな」
「うん、より体温を感じれるしね」
「そうなんだけどさ……改めて言われると、恥ずかしい」
僕の耳元でそんな感じで、呟いてくる彼に僕は恥ずかしくなってしまった。そのため、話題を変えることにした。
「ずっと思ってたんだけど。男の体、洗って楽しい?」
「何言ってんだ。陸だから、楽しいし。何でもやりたくなるんだろ」
「そ、そっか……」
ひとしきり温まってから、上がって服を着てとしくんに髪を乾かしてもらった。それから、僕も彼の髪を乾かした。
それにしても、としくんの髪って綺麗だよな。詳しいことは分からないけど、手入れとかってしてるのかな。
「としくんって、髪のお手入れとかしてるの?」
「う〜ん。特には。どうして?」
「何となく、髪綺麗だなって」
「そっか……」
そう言っている彼の頬と耳が真っ赤になっていて可愛かった。だから、僕は思わず後ろから抱きしめてしまった。
そうしたら彼は、腕を掴んで穏やかに笑っていた。考えてみたら、こんな風に後ろから抱きしめるの初めてだよね。
身長的に、できないから座っているからできることだから。前からしか抱きしめたことないから、変な感じがしてしまう。
「陸、どうした?」
「その……後ろからって、変な感じがして」
僕がそう言うと立ち上がったとしくんは、僕のことを優しく抱きしめてくれた。僕から抱きしめるも、良かったけど彼に抱きしめられた方がドキドキしてしまうらしい。
彼に顎をクイっとされて、もう一度キスしようとした。その時だった、また思いもよらない邪魔が入ってしまった。
「おーい! 陸! 俊幸! 話そうぜ!」
「ちっ……いつもいつも」
そう言って彼は僕をベッドに座らせて、ドアの方に行ってしまった。ほんと、この甘々な雰囲気に慣れないな。
僕がそう思っていると、としくんと新田くんの言い争う声が聞こえてきた。
「何だよ! ただ、遊びに来ただけじゃんかよ!」
「お前はいつもいつも、邪魔してどういうつもりだ!」
「はあ? 修学旅行の時には、枕投げをするもんだろ! 中学の時もしたじゃんか!」
「はあ……あのな、あの時と今とじゃ状況が違うだろ! 状況が!」
新田くんの言葉に、ため息をつきながら彼は説明をするが新田くんには全くと言っていいほど伝わっていない。
それどころかヒートアップして、言ってはいけないようなことを彼は言いそうになっていた。僕はそのため、慌てて二人の喧嘩を止めにドアの所に向かう。
「もう! 二人とも、その辺でやめて!」
「陸がそう言うなら」
「おう! 陸のために、一時休戦だ!」
僕が止めに入ると、二人はすぐに喧嘩をやめてしまう。この二人ってよく喧嘩してるけど、なんだかんだで仲良いよね。
僕はそう思ってこのまま、ドアのところで話していてもと思った。新田くんを、とりあえず部屋の中に招き入れることにした。
「空雅くんは、先生と同部屋だっけ?」
「ああ、まあな。でも、先生同士の会議があるからって行ったから。暇になってよ」
「だからって、俺たちの蜜月の邪魔すんな」
蜜月? と思って、スマホで調べてみる。蜜月とは、結婚したばかりの旅行。もしくは、関係が親密であること。
僕は意味を知って顔が火照っていくのを感じた。新田くんは僕と同じく、意味が分からずにポカーンとしている。
その様子にとしくんは、はあ……とため息をついていた。そんなことはお構いないしに、新田くんが話しかけてくるため話をし始める。
「五十嵐のやろー。自分は部屋汚いくせに、俺には何かと指導してくるんだぜ、うるさいったらないぜ」
「大変だね」
「おうよ。ったく、教師なら教師らしくしとけよな」
こんな感じでずっと、五十嵐先生の悪口を言っている新田くん。僕は静かに聞いているのだが、彼は僕の隣に座ってそんな僕らを見て不貞腐れていた。
「疑問なんだけど、空雅くんは先生の部屋行ったことあるの?」
「な! なんで!」
「えっ? だって、部屋が汚いとか、料理ができないとか普通分からないと思って」
「そ、それは……その」
僕の何気ない質問に、顔を真っ赤にしていた。僕が疑問に思っていると、部屋のドアがノックされて声をかけられた。
「おーい、新田を回収しに来たぞ」
「ちっ……おせーよ」
としくんはそう言って凄い速さで、ドアの方に行って何やら先生と話していたが会話は聞こえなかった。
よく分からなかったが、新田くんが顔を真っ赤にしてドアの方に向かっていく。僕はその光景を見て、不思議に思っていた。
「さっさと、こいつ連れて行って下さい」
「指さすな!」
「うっせ、俺は陸と二人になりたいんだ」
僕は彼の直球な言葉に、全身が熱っていくのを感じた。恥ずかしすぎるのと同時に、彼も僕と同じ気持ちだったことに嬉しくなってしまった。
新田くんと先生が、自分の部屋に戻って行った。僕が座っていたベッドの横に、嬉しそうにとしくんが来て座った。
「陸、眠いのか?」
「うん、少し」
少しどころか……かなり眠いけど、としくんががっかりすると思って言い出せずにいた。僕だって、としくんともっとお話したい。
僕がそう思っていると、彼は眠たそうに欠伸をして背伸びをした。そして、僕の左手を取って薬指にキスをしてきた。
「眠いなら寝よっか」
「えっ……でも」
「俺は陸が無理するなら、意味ないと思うから。俺は陸が、一番だから。それに……これからの何年、何十年と一緒にいるんだから焦らなくてもいいよ」
僕の目を真っ直ぐに見て、微笑みながらそう言う彼に一瞬時が止まったかのように感じてしまった。
まるで映画や漫画の、プロポーズみたいだなと思ってしまった。我ながら、少女漫画のような感想に恥ずかしくなってしまい照れくさくなってしまった。
「ふっ……まるで、プロポーズみたい」
「そう思って構わないよ」
僕が冗談っぽく笑ってそう返すと、彼は耳元でそう呟く。吐息が耳にかかって、くすぐったく感じた。
それから僕たちは、同じベッドで横になった。今日は少し肌寒かったけど、彼の体温の温もりで直ぐに寝てしまった。
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