第五章 体育祭

二十二話 この季節が一番が嫌い

 今年も一年で一番憂鬱な、この季節がやってきてしまった。僕みたいな隠キャに対しての、いじめなのかもしれない。


 僕がそう思って机に突っ伏していると、体育祭が大好きな新田くんが話しかけてきた。僕はその高いテンションに付き合いきれなかった。


「陸! 来週は体育祭だな! 楽しみだな!」


「――――僕、当日は風邪ひく予定だから」


「そんなのに、予定なんてあるのか?」


 考えてみたら、去年は目立たずにひっそりと黒子に徹していたのに。今年はいい意味でも悪い意味でも目立ってしまっているから。


 僕がどうしようと一人ため息をついていると、今度はもう一人のテンション高い人に声をかけられた。


「り〜く、当日はお弁当準備してくるからな」


「要らないよ。僕来ないから」


「そう言わずに、来いよ」


 僕は勉強の次に運動が嫌いなのに……去年は目立たないようにしていたから、休むこともしなかった。


 僕がそう思っていると、としくんに満面の笑みでこう言われてしまった。やっぱ僕はこの笑顔に弱いらしい。


「当日は、俺の活躍を間近で見てほしい」


「う、うん……分かった」


 僕の目を見てそう微笑む彼を見て、僕は少しめんどくさいが参加することにした。その時の笑顔が、あまりにも綺麗だったから。


 体育祭当日になって、やっぱり行くのが億劫になってしまった。そのため、部屋の布団でゴロゴロしていた。


「どうしよう……めんどくさい」


「り〜く、やっぱ布団が好きなのか」


「としくん……どうして」


 僕が布団の隙間から彼を見ると、いつものような綺麗な笑顔で僕を見つめていた。彼は僕の右頬を触って、気がつくと僕たちは顔を近づけていた。


 彼の綺麗な顔を、何度も見ているけど慣れないなあ。なんて呑気なことを考えていたが、もう少しでくっつきそうな距離。


 もう少しという所で、部屋のドアがノックされた。僕たちは直ぐに距離を取ったが、部屋に入ってきた母さんにニヤニヤ顔で弄られた。


「朝からお熱いわね。でも、早くしないと遅れるわよ」


「母さん!」


 母さんに、としくんのことを認めてもらったのは嬉しい。それでも恥ずかしいからやめてほしい。


 僕がそう思って彼の方を見ると、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。その様子を見て何だが僕は嬉しくなってしまった。


 それからご飯を食べて、学校へと手を繋ぎながら走って急いで向かう。彼に手を繋いでもらって行ったのだが、久しぶりに全力疾走したものだから疲れてしまった。


「陸、大丈夫か? 水、飲むか? ほら、汗拭いて」


「あ、りがと……」


 僕は彼が用意してくれたパラソルの下で、膝枕をしてもらっていた。数分前のこと……僕らがクラスの待機場所に着くと、そこには既にパラソルが準備されてあった。


「パラソル?」


「ああ、五十嵐先生に頼んでおいた。今日は日差しが強いし、降水確率十%でカラッとした天気ってニュースで言ってたから」


「なるほど、ありがとう。としくん」


「陸の為なら朝飯前だぜ」


 そう言って、胸を張る彼は面白くてつい笑ってしまう。そんなこんなで膝枕をしてもらっているという訳だ。


 そんな時だった不意に上から声が聞こえてきた。僕は頑張って声の主を見たが、光のせいで見えなかったから諦めた。


「陸を甘やかしすぎじゃないか」


「あ? なんだ、空雅か」


「空雅か、じゃないだろう! 皆んな暑い中頑張っているのに一人で楽すんなよな」


「じゃあ何か、お前は陸に熱中症になれと言うのか? それにだ、陸のこの綺麗な肌が日焼けしたらどうするんだ!」


 そんな感じで二人は言い合っている。新田くんの言うことは至極もっともだと思うし、僕もしっかりしないといけないことも分かっている。


 それでも人には向き不向きがある。僕にとっては不向きどころか、絶対安静レベルなのだ。それに他のクラスの人たちも便乗して傘さしているし。


 この学校って意外と自由な校風で通っているから。誰も文句言わないし、新田くんって変なところ真面目なんだよな。


 僕がそう思っていると、そこに騒ぎを聞きつけてやってきた五十嵐先生が二人を止めに入った。


「ほらほら、二人とも喧嘩するな。ただでさえ、例年より暑いんだから」


「つーか、なんでパラソル許可してんだ! 取り締まれよ!」


「いや……その、生徒の安全を一番にだな」


 新田くんの指摘に完全にしどろもどろになってしまう。先生って基本かっこいいのに、なんか残念なんだよなと思ってしまった。


 僕がそう思っていると、何かを察したらしい新田くんに詰め寄られていた。それはもうとても楽しそうに。


「おおかた、俊幸に弱みでも握られたんだろ」


「うぐっ……そんなことあるような……ないような」


「先生、無いですよね」


「はい! 無いです!」


 としくんが一言言うと、そう言って先生はどこかへ走って行ってしまった。するとその光景を見ていた新田くんは、文句を言いつつパラソルの中に入ってきた。


「おいっ! 文句言いながら、入ってくんじゃねー!」


「いいだろ! 別に!」


「ああ? よくないね、他のやつならまだしもお前は特に!」


「はあ? どう言う意味だこら!」


 そんな感じでまたいつものように喧嘩をし始める。他のクラスからは変な目で見られているが、このクラスの人たちからは完全に無視されている。


 いつもならいい感じのところで喧嘩を止めるのだが、今の僕にそんな体力は残されていない。


 そのため僕が完全に無視していると、二人は僕の様子を確認していた。僕が止めないことに、気がついたのかいつの間にか喧嘩をやめていた。


 間も無くして開会式の挨拶が始まり、体育祭は好調な滑り出しで開幕した。僕が出るのは玉入れと大玉送りであるが、どちらも午前中で終わるので楽である。


「次は、綱引きか」


「とし……田口くんは、結構出るよね」


「まあな、陸の分も出るぞ」


「頑張って」


「おう!」


 僕はよっこいしょと起き上がり、競技のために行ってしまった彼の背中を見送る。すると、隣に九条さんが座ってきて話しかけてきた。


「さっきは良い感じの、萌えをありがとう」


「萌え? って何?」


「素晴らしいという意味よ」


 九条さんとそれからも雑談をしていたが、その間考えていた。九条さんって、どこか掴みどころがないんだよな。


 そんな感じで午前中の競技は滞りなく終わった。お昼の時間になったから、僕はとしくんが作ってくれたお弁当を食べる。


「はい、あ〜ん。美味いか?」


「美味しいよ」


「そうか。良かった」


 おにぎりも卵焼きも甘くて美味しい。僕の好みに合わせて作ってくれていて、嬉しくてすぐに完食してしまった。


 としくんがお弁当を食べ終わるのを見計らって、僕は鞄からフルーツが入ったタッパーを取り出す。


「これ食べて」


 初めて作ったから、りんごも切り方が下手で不揃いだった。でも、としくんは嬉しそうに食べてくれた。


 昨日のうちに準備しておいてよかった。彼の嬉しそうな表情を見て、こそばゆいような高揚感があった。

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