二十一話 将来のために
そして今現在、僕の家のリビングで両親と僕たちの四人で重苦しい雰囲気が流れていた。その沈黙を破ったのは、のほほんとした声の母さんだった。
「今日はどうしたの? お話って?」
「――――あの、今日は大切なお話があり伺いました。単刀直入に言います。俺と陸は付き合っています」
僕は真っ直ぐに、両親を見て宣言している彼を見る。こんなに正々堂々としていて、かっこいいなと思った。
テーブルの下で繋いでいる手が震えていて、少し汗ばんでいるから緊張しているのは伝わってきた。
それに比べて僕は、彼がこんなにも頑張ってくれているのに両親の顔を見ることすらできない。
どんな罵詈雑言が出てきてしまうか僕は怖かった。彼がより一層強く、手を繋いでくれたお陰で怖さが少し軽減されたような気がする。
僕がそう思っていると、黙っていた父さんが口を開いた。声を聞くのはいつぶりだろう、兄貴が家を出て行ってしまってからはろくに口も聞いていない。
しかし父さんが口にしたのは、僕が思いもよらぬ言葉だった。
「俊幸くん、それに陸。少し昔話を聞いてくれないか」
「えっ……」
「はい、もちろんです」
そこで話してくれたのは、僕が思ってたより深刻ではなかったという事実だけだった。父さんの話によると、その日はたまたま仕事が早く終わって家に帰った時だった。
兄貴の部屋に友達が来ており、おやつを持って行ったらしい。そこで耳にしてしまったのが、兄貴の隠していた秘密だった。
「俺はお前が好きなんだ。秋也」
そこで父さんは、自分の息子が男が好きだったという事実を知ってしまった。父さんは驚きはしたが、気持ち悪いという感情はなかった。
でもその場面を聞いてしまったことを、兄貴が気がついてしまった。そこでつい口を滑らしてしまい、恥ずかしいと言ってしまった。
そこまで聞いて僕は、兄貴が好きだと言った相手が五十嵐先生だということに気がついた。
兄貴の知り合いで家に来ていて秋也っていうのは、五十嵐先生しかいないだろう。僕がそう思い彼を見ると、彼は驚いていなかった。
もしかして気がついていたのかな? もしそうだったんなら、弟である僕には言えなかったのだろうと思った。
それと同時に、気持ち悪いと思わなかったのにそう言ってしまった。そんな父さんの真意は、なんだったのだろうと疑問に思ってしまった。
「父さんはなんで、恥ずかしいって言ったの? やっぱ、男同士って反対?」
「陸……俺にも教えて欲しいです」
僕は泣きそうになりながらも、父さんに思い切って聞いて見ることにした。今後僕たちには、切っても切れない大事なことだと思うから。
「正直、とても驚いたさ。でも、恥ずかしいと言ったのは俺自身にだったんだ」
「えっ? どういうこと?」
僕が驚いてしまい反射的にそう聞くと、ここまで黙っていた母さんが口を開いた。
「父さんはね。息子のことを信じることが、できずにいる自分に対してのことを言ったのよ」
「母さんの言う通りだ」
「父さんは昔から、言葉足らずなのよ」
言葉足らずにしても限度があると思う。僕はそう思ったが、父さんと母さんの話はまだ続いていた。
それからも、何度も言おうとしたらしい。しかし、兄貴が完全に心を閉ざしてしまってどうすればいいのか分からなかった。
本当は父さんも母さんも、気持ち悪いとも反対すらもしていなかった。そのことを兄貴にも教えたいと思った時にリビングのドアが開いた。
「そういうことなら、もっと早く教えてほしかった」
「あ、兄貴……どうして」
「私が呼んだのよ。今更だけど、話した方がいいと思って。ね、悟」
母さんが兄貴にそう聞くと、バツが悪そうにしていた。そしてその光景を見ていた父さんが口を開いた。
「悟、済まなかったな。あの時、ちゃんと話していれば良かったと後悔していた」
「ああ、俺だって……その、しっかり話さなかったし」
父さんが頭を下げて謝ると、兄貴は少し恥ずかしそうに許していた。こんなに簡単に上手くいくのなら、もっと早く話してくれれば良かったのにな。
僕は、少し照れながら話している父さんと兄貴を見てそう思った。僕はふと彼の様子が気になって、見てみると少し複雑そうな顔をしていた。
そんな表情を見て、どうすればいいのか分からなかった。考えてみたら、僕は今の彼を知らない。
「遅くなったが、すぐに元のようにはなれないと思おうが少しずつ修復していこう」
「ああ、そうだな」
兄貴が父さんの言ったことに、同調しているのを見て僕は安堵のため息をついた。その後、母さんが僕が気になっていることを聞いてくれた。
「うちは息子に任せます。でも俊幸くんの両親はどうなの?」
「――――あの人たちは俺に興味がないので気にしないでください」
彼があまりにも悲しそうに呟いていた。そのため、僕たちは何も言えずに黙ってしまった。
今日はそれからとしくんを送りがてら、僕たちは二人で外を歩いていた。その間、僕は彼になんて言ったらいいのか分からずにいた。
「陸、あのさ……とりあえず、おじさんもおばさんも認めてくれたってことだよな」
「多分、そうだと思う。あの、としくん」
前を歩く彼の表情が上手く見えなくて、僕はなんとなく不安になってしまった。そのため、僕は彼の服の裾を掴んでしまった。
そしてそれに気がついた彼がこっちを見て、自然と上目遣いになってしまった。そうしたら彼は僕を優しく抱きしめてくれた。
「どうしたの?」
「陸、俺はずっと不安だった」
「分かってる……」
「もしおじさんとおばさんに、嫌われたら俺は……」
「大丈夫、僕は何があっても側にいるから」
「陸……ありがとう」
僕を抱きしめながら、彼は静かに泣き出してしまった。僕以上にきっと彼は、不安で胸が締め付けられていたのだろう。
大きくなっても、なんでもできるようになっても彼は僕の知っているとしくんなのだ。いつも去勢を張ってでも、たまに抑えることができなくなってしまう。
でもそれはきっと、とイェもいいことだと思う。誰にも弱さを見せることがない。それはとても辛くて、いつか壊れてしまうと思う。
僕は空を眺めながら、彼の震える体を抱き締めていた。だから僕が、彼の心の拠り所になれるように努力していこうと思う。
次の日。いつもように家を出ると、いつもと変わらぬ笑顔で僕を待っている彼がいた。僕は思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
「どうしたんだ? なんか良い事でもあったのか?」
「内緒!」
「なんだよっ! それ! 陸、ありがとな」
「うん」
僕こそ本当に伝えきれないぐらいの、ありがとうがたくさんあるよ。これから彼の隣で、何度でも言葉にしていきたい。
彼の優しい笑顔を見てこれからも見たいと思った。そして、今日も僕はたちは手を繋いで学校へと向かう。
いつもと変わらぬ日常だけど、それが本当に幸せなものなのだと気がついた。
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