第四章 温泉旅行

十九話 温泉

 今はとしくんと、熱海の温泉旅館に新幹線で向かっている。話は少し前に遡る。今日は僕の部屋で期末に向けての勉強をしていた。


 このテストで赤点になろうものなら、容赦なく補習になってしまう。それはなんとしても避けねばならない。


 そんな時に急に、勉強に疲れた彼がこんなことを言い出した。


「またどこか行きたいな」


「あ、それなんだけど。今月末に秋休みあるでしょ? その時に、温泉行かない?」


「温泉?」


 昨日突然やって来て、温泉宿にとしくんと行ってきて。と言ってきたから、盛大に甘やかしてもらうことにした。


「うん。兄貴がとしくんと行って来てって、温泉宿を予約してくれたんだ」


「いいのか?」


「うん、なんか他の人と一緒に行く予定してたんだけど。病院が忙しくて、行けなくなってしまったんだって。キャンセルすると、お金かかるし」


「なるほど……おっし、行こうか」


 一番の懸念材料だった期末テストは、予期せぬ点数で僕は呆然としていた。そんな時に喜びながら、新田くんが話しかけてきた。


「陸はどうだった? 俺は、ギリギリだったがなんとかなったぜ!」


「――――空雅くん、僕。目が悪くなったみたい」


「どうした? 何かあったのか?」


「うん。テストの点数が可笑しいんだ」


 どれどれと見てくれたのだが、新田くんは僕のテストを見るなり無言で自分の机に突っ伏してしまった。


 やっぱり、可笑しいのかな? と僕が心配していると、その様子に気がついたとしくんに声をかけられた。


「どうした?」


「テストの採点が可笑しいんだ」


「どれどれ? 凄いじゃないか。何が可笑しいんだ?」


 彼にそう言われたから、僕はもう一度自分のテストの見返した。そして、深く深呼吸をして僕は真面目にこう言った。


「だって、今まで赤点ギリギリだったのに。九十点だから」


 そういつも赤点ギリギリだったのに、今回は平均して八十五点以上をマークしている。僕にとっては驚き以外のものはない。


 僕がそう思っていると、彼は僕の目線になるようにしゃがんでいた。そして優しい目をして僕を頭を撫でながら言ってくれた。


「陸はやればできる子だろ? だからだよ」


「――――なんか子供扱い」


「えー!」


 彼が慰めてくれているのは分かったが、なんとなく僕は意地悪したくなった。彼は少ししょげていたが、可愛かったから嬉しくなった。


 早いもんで十月になっていた。そんせいか、だんだんと肌寒く寒くなってきたような気がする。


 そんな中。としくんと僕は新幹線に乗って、熱海に向かっている。席に座って僕たちは、としくんが作ってくれたお弁当を食べていた。


「ほら、あ〜ん。美味いか?」


「うん、としくんが作ったんだよね? 凄いね、僕なんてカップラーメンぐらいしか作れないよ」


「おう! こんなの朝飯前だぜ!」


 そう言っていたが、何気なく彼の指を見てみた。すると、無数のカットバンが貼っているのが目に入ってきた。


 そこで僕は指摘するのはよくないと思い、何も言わずに彼の手を握って肩に寄りかかった。


 それから僕たちはお弁当を食べ、楽しく談笑していた。そして熱海駅に着く頃には、完全にとしくんが新幹線酔いをしていた。


 新幹線酔いって表現が適切かはさておき……。新幹線から降りて、僕たちはホームにあるベンチに座った。


「大丈夫? 水飲む? 袋は?」


「……こうしていれば、いいよ」


「そっか……」


 僕の肩に頭を乗っけて、少し気持ちよさそうにしていた。僕は周りの喧騒が聞こえたが、静かに目を閉じていた。


 気がつくと寝ていたみたいで、周りの喧騒で目が覚めた。何やら視線を感じて目を開けて見ると、僕の顔をまじまじと眺めている彼と目が合った。


「お、起きたか」


「う、うん」


 彼の瞳がいつにも増して優しくて、僕は直視できずに逸らしてしまう。急に恥ずかしくなってしまったため、僕は話を逸らすことにした。


「具合は大丈夫?」


「おう、陸の寝顔見たら回復した」


「も、もう……恥ずかしいからやめてよ」


 僕の寝顔で回復するって、嬉しいけど恥ずかしい。外は肌寒くなってきたのに、急激に体温が上昇していくのが分かった。


「旅館ってここから遠いのかな? 調べようっと」


「そ、そうだな……」


 彼はそう言って、顔を真っ赤かにして僕の手を握っていた。調べてみると、熱海駅から徒歩十三分か。


 途中で何か買っていくのもいいなあ……僕はそう思って、調べてみると近くに美味しそうなカフェを見つけた。僕は彼に自分のスマホの画面を見せた。


「ここのカフェ、行かない?」


「このソフトが、乗っているあんみついいな」


 美味しそうだけど、甘そうだなと思った。それはそれとして、彼が嬉しそうに僕のこと見ているから僕まで嬉しくなった。


 それから、手を繋いで初の熱海を楽しんだ。途中迷ったりもしたけど、なんとかお店まで辿り着いた。


「ここか、結構混んでるな」


「うん、そうだね」


 お店の前にたどり着くと、ちょうどお昼時ってこともあってかかなり混んでいた。こんなに混んでいるってことは、かなり美味しんだろうなと思った。


 僕たちは折角来たんだから、並ぶことにした。その間も、僕たちは楽しく談笑していた。


「二日間って、あっという間だよな」


「そうだね。まあでも、これからも一緒にいれるからいいんじゃない」


「そうだな」


 僕がそう言うと、彼は一瞬目を丸くして驚いていた。そしてすぐに、笑顔になって同調してくれた。


 その後すぐに僕は自分の発言が急に恥ずかしくなって、顔を中心に熱が集まってきたのを感じた。


 その反応を見た彼も直ぐに、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。それでも、僕たちは繋いでいる手を離すことはしなかった。


 気がつくと自分たちの晩になっており、僕たちは席に座って注文をした。としくんはソフトの乗ったあんみつ。僕はどら焼きとブラックコーヒー。


「陸はコーヒーは、いつから飲んでるんだ?」


「う〜ん。いつからだろう、兄貴の真似して飲んだから。小学校低学年の時には」


「うげっ……あの人の真似かよ」


 心底嫌そうな顔をする彼を見て、未だに兄貴のこと嫌いなんだなと思ってしまった。まあ、僕も嫌いだからいいけど。


 僕がそう思っていると、その時に店員さんが注文した商品を届けてくれた。僕のどら焼きも美味しそうだったが、としくんの頼んだ餡蜜も美味しそうだった。


 僕がそう思って見ていたら、彼は僕の口元にあんみつを差し出してきた。僕はいつものことながら、誘惑に勝てずに食べてしまう。


 ソフトクリームの程よい甘さと、あんみつの少しほろ苦い感じが非常にマッチしていて絶妙なハーモニーを奏でていた。


「あ〜ん。美味いか?」


「うん、美味しいよ。思っていたより、甘くない」


「どれどれ? 美味っ」


 そう言って、むしゃむしゃと頬張っている彼が可愛かった。僕はそれを見ながら、ブラックコーヒとどら焼きを頬張る。


 どら焼きもそこまで甘くもなく、程よい感じがあって僕好みだった。甘味ってあまり食べないけど、たまにはいいもんだなと思っていた。


 ふと視線を感じて見上げてみると、彼がこっちを見て微笑んでいた。そのため、僕は思ったことを口に出していた。


「としくんも、どら焼き食べてみる?」


「いや、俺はいいよ。陸が食べて」


「でも、僕もあ〜んってしてみたい。ダメ?」


「うっ……ダメじゃないです」


 僕が若干、上目遣いでそう頼んでみると彼はみるみるうちに顔が赤くなっていた。ここ、暖房暑いかな? と思った。


 僕は彼の口元にどら焼きを持って行って、食べさせてみた。すると少し恥ずかしそうに、食べてくれて餌付けしているみたいで可愛かった。


「はい、あ〜ん」


「うん、もぐもぐ」


「美味しい?」


「うん、美味い」


 そんな感じでいつもように、イチャイチャしてしまった。そしてふと我に返ると、完全に周りから九条さんに見られているような視線を感じ取ってしまった。


 急激に恥ずかしくなった僕が勢いで立ち上がると、彼も同じことを思ったのか立ち上がっていた。


 そのまま僕たちはお会計をして、店を後にしたのだが終始恥ずかしくて彼の顔をまともに見れなかった。


 外は寒いのに僕たちは、ずっと火照っていて変な感じがした。しばらく手を繋ぎながら、歩くと旅館に着いた。


「大きな門が見えてきたが、あそこか?」


「うん、そうだね。えっと、迫力ある武田屋形門って言うんだって」


「へー、なるほど。物知りだな」


「もちろんだよっ!」


 まあ今さっき、スマホで調べてカンニングしたんだけど。僕は調べながら僕は、あたかも知っていましたと言う感じで説明した。


僕がそんな感じで説明していると、旅館の人に優しく微笑まれてしまった。この人には完全にネットの知識だって、勘付かれているよなと思った。


 旅館の人に案内されたのは、露天風呂付きの大きくて綺麗な部屋だった。畳の部屋つて僕には新鮮で、とてつもなくはしゃいでしまった。


 彼はそんな僕を見つめつつ、彼自身も部屋の中を探索していた。僕が部屋の中を色々と見ていると、旅館の人に外の景色を案内してもらった。


「この時期ですと、ご夕食の時になると紅葉が綺麗になりますよ」


「紅葉だって、楽しみ!」


「ああ、そうだな。綺麗だろうな」


 僕が外を見ていると、彼はなぜか僕の方を見て微笑んでいた。そんな僕たちを見て、旅館の人が一回咳払いをして説明をしてくれた


「おほんっ……えっとですね。お夕食ですが、十八時を予定しておりますので。それまで、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 僕がお礼を言うと、旅館の人は綺麗なお辞儀をして部屋を後にする。僕は完全にバレていたよなと思い、恥ずかしくなって用意されていた座椅子に腰掛ける。

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