十八話 としくんの誕生日
しばらく歩くと、神社の鳥居の後ろの木のところに着いた。そこに着くと無数の綺麗な灯りが見えて、とても幻想的な雰囲気だった。
「綺麗」
「だろ? ここ穴場だって、おばさんが教えてくれたんだ」
「母さんが?」
「ああ、そうだよ」
そう言って僕をベンチのところに座らせて、その前にしゃがみ込んで僕の足に絆創膏を貼ってくれた。
「いつの間に」
「こういうこともあろうかと、準備しておいたんだ」
「流石……だね」
こんなに手慣れているってことは、僕の前にも付き合っていた人とかいたりするのかな……。
僕はそう思って、胸が張り裂けそうになりながらも半分冗談っぽく聞いてみた。彼の顔を見ることはできなかった。
「手慣れているってことは、彼女とかいたのかな? って」
「……いないよ。俺はさ、陸……陸と一緒にいる時は、スマートに見せたいんだよ」
「なんで?」
「好きな人も前では、かっこつけたいから。もっと、俺を好きになって欲しいから」
そう言って笑う彼は、何かを思い詰めているように見えてしまった。それと同時に、こんなに真っ直ぐに思ってくれているのに……。
ちょっとの事で、直ぐにヤキモチを焼いてしまう自分が情けなく感じてしまった。としくんと一緒にいると、嬉しいことも多いけど自分の醜さが露呈してしまう気がしてしまった。
僕がそう思っていると、彼は僕の隣に座ってきて若干自虐的に笑ってこう言ってきた。
「俺って女々しいかな?」
「そんなことないよ! 僕だって、気持ちは分かるから」
僕がそう言うと彼は、僕のことを力一杯にでも優しく抱きしめてきた。僕はそんな彼が愛おしく感じてしまい、優しく抱きしめ返して頭を撫でた。
僕はしばらく心臓の鼓動が早くて、体温が急上昇していくのを感じた。そこで僕は、大事なことを今度こそ思い出した。
色んなことがあって忘れていたけど、買っておいた誕生日プレゼント渡さないといけないなと思った。
「としくん、誕生日おめでとう」
「ありがとう。陸」
僕がおめでとうと言っただけで、彼はとても嬉しそうに微笑んでくれた。僕は巾着の中に入ってる今日のために買っておいたプレゼントを渡した。
「これは……」
「見つけた時に、としくんのことを思い出したんだよ」
綺麗な桜の木が描かれたマグカップを渡した。いつもどんな時も、支えてくれる彼には感謝しかない。
僕は彼の瞳を見るだけでこんなにもドキドキするなんて少し前までは思いもしなかった。
僕がそう思って微笑んでいると、彼は僕の目を見つめてこう告げてきた。
「俺さ考えていたんだけど、陸の両親に本当のこと言わないか」
「えっ……でも」
僕は正直嬉しさと、怖さが入り混じった不思議な感情になってしまった。もし、父さんや母さんに認められなかったら。
僕はショックで立ち直れなくなってしまうかもしれない。僕が彼を好きなる、もうずっと前から彼は覚悟を決めてくれていた。
それなのに、僕はいつも自分のことしか考えていない僕がそう思って泣きたくなっていると、彼は僕を優しく見つめて言ってくれた。
「俺は陸が悲しむ選択肢は絶対にしないよ。でも、遅かれ早かれいつか本当のこと言わなくちゃいけないだろ。
急ぐ必要はないが、それでも俺は誰かを不幸にする選択はしたくない」
「としくん……僕もしっかりと……自分の……言葉で伝えたい」
僕は声がかすれながらも、彼に自分の気持ちを伝えた。すると、彼は僕をもう一度抱きしめると顔を近づけてきた。
僕が静かに目を閉じる。最初は優しく触れるだけのキスをしてきたが、何回も角度を変えてキスをしてきた。
僕は突然のことで驚きながらも、精一杯に彼のペースに合わせてキスをした。何回かした時に、遠くの方で大輪の花火が打ち上がる。
僕たちは花火を見てお互いの顔を見て、優しく微笑んでもう一度キスをした。僕が彼のことを見つめていると、首筋にキスをしてきた。
「つっ……」
くすぐったいと思っていると、痛くなってしまった。僕は何が起きたのか分からずにいると、彼は心配そうに聞いてきた。
「痛かったか?」
「う、うん。少し、今に何したの」
「キスマークってどんな感じかな? って思って」
それを聞いて僕は突然に恥ずかしくなって、俯いてしまったが彼は直ぐに僕の両頬を包んでくれた。
彼の真っ直ぐに僕を見つめる瞳が、綺麗で僕は目を逸らすことができなくなってしまった。
「陸、好きだ……」
「僕も……好き」
彼の幸せそうな笑顔と大量の花火が見えて、幻想的な世界が広がっていた。僕はこれからも彼と共に、生きていきたいと思った。
次の日。昨日のことがあったから、僕たちは一緒に学校に行く途中も無言だった。学校に行くと新田くんに声をかけられた。
「どうした? 首のとこ、絆創膏を貼って。怪我か?」
「蚊に刺されたんだよ……」
「大きな蚊に刺されたのね」
僕たちの会話を聞いていた九条さんが、何やらニヤニヤしながら聞いてきた。僕はとても悪い予感がした。
するとそれを聞いた新田くんが、本当に心配しながら聞いてきた。僕は恥ずかしくなって、顔に熱が集中していくのが分かった。
「大きな蚊って、虻か?」
「虻よりも危険かもね」
新田くんが本気で心配してくれているのに、九条さんは何やら勘づいているようで不気味な笑顔で弄ってきていた。
ふと気になって彼の方を見てみると、顔を真っ赤にして九条さんの方を睨んでいた。でもその表情が可愛くて、僕はつい笑ってしまった。
その光景を見ていた新田くんが、不思議そうな表情をしていた。僕は更に恥ずかしくなって何も言えずにいた。
今日は午前中に始業式をして、午後は授業をする。今年の夏休みは色んな意味で充実していたな。
お昼休みにいつものように、屋上の扉の前に座ってとしくんと話していた。彼はお弁当を食べながら、ブツクサと文句を言っていた。
「ったく、美雪のやつ。余計なことを言いやがって」
「まあまあ……九条さんのことは、あまり深く考えない方がいいと思う」
「――――まあ、確かに。気にしない方がいいな」
僕たちの意見は見事に一致して、それからは特に触れずに楽しくいつものように談笑していた。
「昨日は楽しかったな。マグカップ、大切にするな」
「うん。喜んでくれたなら、良かったよ」
「陸……」
「としくん……」
僕たちは自然と気がつくと、お互いの唇がくっついていた。僕は思わず笑ってしまう。
「ふふっ……」
「どうした?」
「鮭の味がする」
「ほんと、お前って奴は……」
そう言って優しく微笑んでいる彼を見て、僕はずっとこの幸せな時間が続けばいいのにと思ってしまった。
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