十七話 夏祭り

 あれからとしくんに助けてもらいながら、なんとか夏休みの宿題を終わらせることができた。


 今まで、宿題を休み期間中に終わらせることがなかった。今年は人生初の、学校で終わらせるということがないため余裕が生まれた。


 今日は早いもので夏休み最終日になった。休みが終わってしまうのは悲しいが、今日は待ちに待ったとしくんの誕生日である。


 僕はいつもの格好で行こうと思っていた。しかし、母さんにとしくんと夏祭りに行くと言ったら浴衣を二人分準備してくれた。


「別に浴衣じゃなくても……」


「おばさん、これから一生! 着いて行きます!」


「良いわよ! 着いてきなさい!」


 僕の言葉を全く聞く耳を持ってない二人は、父さんの浴衣を見てどれを着るのかを話し合っていた。


 それも本当に楽しそうに、まるで同級生の二人がはしゃいでいるようだった。まあ嬉しそうだから、良いかなと思うことにした。


 としくんのは、緑ベースで七宝のかっこいい浴衣だった。彼のかっこいよさによく似合っていて、誰が見ても見惚れてしまうのは明白だった。


 母さんが着付けをしてくれたんだけど、少し頬を赤らめていた。確かにかっこいいんだけど、この姿を色んな人に見られると思うとなんか変な感じがした。


「どうだ? 陸、似合うか」


「う、うん。かっこいいと……思う」


「そうか、なら良かった」


 そんな感じで話していると母さんから、優しい瞳で見つめられていた。兄貴のことがあったから、僕は複雑な気分だった。


 そして、次は僕の番になったのは良いんだけど……。僕のは、ピンクベースの赤い水玉の浴衣だった。


 どうでも良いんだけど、これ女の子っぽくないか。しかも絶対、父さんのじゃないだろう。 僕はそう思ったのだが、それを言える雰囲気じゃなかった。


 僕は渋々彼に手を引かれて、夏祭りの会場へと足を運ぶ。その道中、としくんは楽しそうに話しかけてきた。


 しかし僕は目立っているとしくんのことが、気になって話半分しか聞いてなかった。それでも彼が当然のように、繋いでくれている手を離すことは出来なかった。


「陸、どうした? 人混みが辛いのか?」


「う、ううん。違うよ、その……なんて言えば良いのか分からないけど……」


「……陸、ちょっとこっち」


 僕が彼の目を見てそう告げると、彼は僕の手を引っ張って人気のない所に連れて行った。そして僕の肩に頭を乗っけて、こう告げてきた。


「ほんと、あんまり可愛い顔しないで」


「どういうこと?」


 僕が小首を傾げながらそう聞くと、彼はまたもや顔を真っ赤にして僕を抱きしめてきた。僕は何が何だが分からなかったが、優しく抱きしめ返した。


 この暑さのせいなのかそれとも、二人でいるからなのか彼がいつもよりも体温が高いと感じた。


「陸、その浴衣似合っているよ」


「としくんもだよ。そのカッコすぎて、目立っているから」


 僕が半分不貞腐れながらそう告げると、彼は少し驚いた後に優しく微笑んでいた。


「なんだ、お互いにヤキモチを焼いていたのか」


「なんで、としくんもヤキモチを焼いたりするの?」


「……陸はもうちょっと、自覚するべきだと思う」


 彼が言っていう意味がよく分からなかった。しかし、そう言って嬉しそうに微笑む彼が、月明かりと街灯に照らされて綺麗だったのだけは確かだった。


 それからも人混みで逸れるといけないからと、僕たちは手を繋いで屋台を見て回る。そこで僕は綺麗な緑色の花みたいな髪飾りが目に止まった。


 本当は欲しかったが、女の子なら良いけど男の僕が付けるのは……と思っていると、彼が屋台の前で止まって何やらお店の人と話し込んでいた。


「ほら。陸にピッタリだ」


「えっ……でもこれ、女の子用じゃ」


 僕がそう言うとお店の人が、笑ってこう言ってくれた。


「今は関係ないよ。似合うじゃないか」


「そうですかね……えっと、お金」


「良いよ、俺が出したから」


 そう言って僕の手を再度引いて、嬉しそうにその場を後にする。そんな彼を見て、僕はなんだか嬉しくなってこれも良いのかなと思った。


 僕が欲しがっていたのを感じて、買ってくれたのかな? なんでもスマートにできる彼が、本当にかっこよくてその大きな背中だ逞しく見えた。


「お腹、空かないか」


「そういえば、何食べる?」


「そうだなあ……たこ焼きとか、焼きそばとか? 定番かな」


「そうだね、どっちも買おう」


 僕たちはたこ焼きと焼きそば、瓶に入ったラムネを買った。たこ焼きも焼きそばも、ソースが効いてきてとても濃厚で美味しかった。


 僕は喉が渇いていたのもあって、一気にソーダを飲んだ。すると、勢い良かったからか、咳き込んでしまった。


「ゴホッ……」


「大丈夫か? ほら、拭いて」


 そう言って僕の口元を、優しく拭いてくれる彼を見て僕はお母さんみたいだなと思った。なんとなく、それは言ってはいけないような気がして言うのはやめておいた。


 次に僕は、ラムネ瓶の中に入っていたビー玉を出そうと四苦八苦していた。そんな僕の隣で彼は器用にビー玉を出していた。


 まず手順として、キャップから球押しと言われるものを取り出す。玉押しをラムネ瓶の入り口に乗せて、手のひらで押し込みビー玉を瓶の中に落とす。


 玉押しを抑えたまま、炭酸が落ちていくのを待ってから玉押しを取って飲む。なるほど、そうやるのか。


 でも、飲んでしまったから取り出せないか……僕がそう思って落ち込んでいると、それに気がついた彼が器用に手品のようにビー玉を取り出してしまった。


「すごっ」


「どうだっ! すごいだろ!」


「人には得意なことの一つや二つあるんだね」


「酷っ!」


「あっ! ごめん! そう言う意味じゃ」


 料理が出来ないぐらいに不器用だった彼が、不器用に取れたから凄いと言う意味で言ったんだけど。


 不貞腐れている彼を見て、僕があたふたしてしまった。すると彼は、しばらくしてからぷっと吹き出して笑っていた。


「悪い悪い、分かっているよ」


「もうっ……あはは」


 僕たちは楽しすぎてお互いに笑い合ってしまった。型抜きをしたりもしたが、昔と変わらずに本気でやっていて可愛かった。それからは、ピンクのお面を見つけてしまった。


 恐らく小さい子が見ている戦隊モノの特撮のやつだと思う。そういえば、昔よく二人で特撮モノの番組を見ていたっけ。


「これ良いんじゃない?」


「これ、ちっちゃい子用じゃないか?」


「そう?」


「まあ、でもいいか。今日の記念に」


 そう言って嬉しそうに微笑む彼を見て、僕は何か大切なものを忘れていることに気がついた。


 僕は一人でうーんと考えていると、人混みの向こうに見知った顔を見つけた。先生と新田くんが、何やら言い争いながらこっちに向かってきていた。


 僕が話かけようとすると、彼によって阻まれてしまった。


「あっ! くう」


「陸、あっちはあっちでお楽しみのようだし。俺らは俺らで楽しもうぜ」


「うん、そうだね」


 彼に言うことも一理あったため、僕は話かけるのはやめておいた。しばらくぷらぷらと歩いていると、金魚屋さんの前でつい足を止めてしまった。


 幼稚園の時、夏祭りで捕まえた金魚を僕の不注意で死なせてしまったことを思い出した。あの時は悲しかったな……僕がそう思っていると、彼も思い出したようだった。


「覚えているか、昔飼った金魚」


「うん、覚えているよ」


「今度は二人で、大事に育てよう」


「うん! そうだね」


 そういうことで僕たちは、おじさんからポイを受け取ってなんとか四苦八苦しながらも一匹ずつ捕まえることができた。


「これって、オスかな? メスかな?」


「オスは細く、メスは丸い形をしているんだよ」


「へーそうなんですか」


 僕が呟くとおじさんがメスとオスお違いを教えてくれた。よく観察してみると、オスとメスが一匹ずつだった。


 僕たちはおじさんに軽く会釈をして、その場を後にしてゆっくりと歩きながら談笑していた。


「今度こそ、大事に金魚育てような」


「うん。そろそろ、花火上がる頃合いかな?」


「おう、そういえば。もう少し行ったところに、穴場スポットがあるんだ。そこ行こうぜ」


「うん、そうだ……いたっ」


 再び歩き出そうとすると、右足が痛くなり見て見た。すると、見事に靴擦れが起きてしまってした。


「大丈夫か? 歩けるか?」


「う〜ん。無理かも、かなり痛い」


 僕がそう言うと、彼は少し考えた後にしゃがんで背中を向けてくれた。僕が突然のことで戸惑っていると、彼は優しく微笑んでこう言ってくれた。


「俺がおぶるよ」


「えっ……でも」


「ほら良いから、そのままじゃ辛いだろ」


「……うん、じゃあお言葉に甘えて」


 そう言って僕は彼の背中にくっつくと、彼は軽々と僕をおんぶしてくれた。彼の逞しい背中がなんだか安心できた。


 それにしても、同じ男なのにどうしてこんなに違うのだろうか。身長も力も全然違うし、ちょっとしたことでウジウジしている自分が恥ずかしくなってしまう。


 それと同時に周囲からの視線があって、少し恥ずかしかったが彼の優しさに甘えようと思った。

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