十三話 ヤキモチ
でも人目もあるしなと思っていると、五十嵐先生の不自然な咳払いが聞こえた。そして、新田くんが半分呆れたように呟く。
「ゴホンッ! ゴホッ!」
「咳払い下手かよ」
その光景を見て僕らは静かに離れた。それにしても彼はここでも、女性陣にガン見されているな。
まあ彼だけじゃなくて、新田くんや先生も見られているけど。考えてみたら目立つ集団だよね。
僕がそう思っていると、先生が海の家に行こうと言ってきた。それはいいけど、なんか様子がおかしかった。
「えっと……俺の従姉がやってる海の家があるんだが、そこに行くか」
「いいですね、喉乾きました」
そしてトコトコとみんなで、先生の後をついて行った。しかし行かなければ良かったと後悔した。
そもそもこの旅行自体が、先生が仕組んだ罠だったのである。そんな壮大な物語は始まらないけど。
海の家に行くとこんなに人がたくさんいるのに、全くと言っていいほどに繁盛していなかった。
「ここだ。おーい! ユミ! 来たぞ!」
「おう! 遅かったじゃないか、秋也。ん? そいつらか? バイトに来てくれたのは」
そう言って出迎えてくれたのは、先生に似ている感じの色黒の美人さんだった。僕たちは自己紹介をしたのだが、先生さっき不穏なことを言わなかった?
僕がそう思っていると、としくんがみんなが疑問に思っているとことを聞いてくれた。
「すみませんが、先ほどバイトがどうのって言ってませんでしたか」
「おう、そうだが。あれ? 違うのか? 秋也が、教え子たちが快く引き受けてくれたって言っていたんだが」
「おい、おっさん。どういうことか説明しろよな」
「俺はまだ、二十九だ!」
新田くんが怒り口調でそう聞くと、先生がおっさんと言われたことに腹を立てていたが。僕らにとってはそんなこと、どうでもいいかな?
そう僕が思っていると、新田くんが突然に大きな声を出して騒ぎ出した。
「おいっ! この、プラモ! 限定モデルじゃないか!」
「ああそうさ、じゃあこうしないか。今日バイトを頑張ってくれたら、それをあげるよ」
「いいのか! よしっ! そうと決まれば、行動開始だ!」
なんかよく分からないが、新田くんのやる気があったから僕たちも手伝うことにした。そこで僕と九条さんがウェイター。
新田くんは意外と料理も上手く、手先も器用だったから料理担当になった。
「どこ行くんだ」
「えっと、トイレに」
「自分で連れて来ておいて、逃げる気か。来い、手伝え」
そんな時、先生がこっそりと逃げようとした。すかさず、新田くんが先生のことを引っ張っていく。先生は少しは微笑みながら、連れて行かれてしまった。
その光景を見ていた九条さんが、恍惚の表情を浮かべながら呟く。それはもう嬉しそうに、涎を垂らしながら。
「あの、カップルもいいよね。ぐへへ」
聞かなかったことにしようと思った。それにしても、彼は無事にやっているのだろうか。勉強も運動もできるのに、料理の才能は皆無みたいだ。
なぜならキャベツを切ることすらできずに、ユミさんに匙を投げられていたから。僕もできるかは不明だけどね。
「えっと、俊幸だっけ。あんたは、その顔を利用して客引きしてきな」
「はい……」
ユミさんに使えない認定されて、彼はトボトボと重い足取りで客引きをしに行った。最初は、ユミさんに言われた通りに皿洗いとテーブル拭きから始めた。
しばし緩やかな感じで、二、三人のお客さんを相手にしていた。しかし急にお客さんが大量に来てしまった。
ユミさんは嬉しそうにしていたが、僕はたくさんの綺麗な水着のお姉さんに囲まれている彼を見て何だがイライラしてしまった。
「陸! 何か手伝うか」
「――――いいよ、別に。勝手にすれば」
「ちょっ、何でご機嫌斜めなんだよ」
「ふんっ……僕のことよりも、お客さんを相手にすればいいんじゃないかな!」
彼は僕に何か言いたそうだったが、ユミさんに声をかけられて渋々手伝っていた。僕は内心イライラしながら、仕事の鬼と化していた。
そんな時だった。九条さんがガラの悪そうな人たちに、しつこく話しかけられていた。九条さんは気にも止めずに仕事をしていた。
僕はいつもなら新田くんや、先生や彼に頼るのだがあいにく誰も手が開きそうになかった。そのため僕は、九条さんとガラの悪い人たちの間に割って入ることにした。
「お客様、他のお客様のご迷惑なりますので」
「ああ? なんだよ、このチビ」
「俺らはお客様だぞ!」
好き勝手なことを捲し立てるこいつらに、いつもの僕ならビビっていたと思うが。今は違う、なぜなら僕はとても機嫌が悪い。
僕は自分でも驚くくらいに冷静な態度で、言いたいことを言っている奴らに言ってやった。
「恥ずかしくないんですかあ?」
「ああ? なんだと」
「高校生相手にメンチ切って、僕みたいな喧嘩ができない相手に。お兄さんたち、大学生ぐらいですよね。
僕だったら、恥ずかしくてこの場にいられないですよ。凄いですね」
「ちっ……覚えておけよ」
僕がそんな風に冷静に淡々と、微笑みながらそう言うと奴らは捨て台詞を吐いて逃げて行った。
そんな光景を、見ていた周囲の人たちからは拍手喝采が沸いた。それでも僕の心が晴れることはなかった。
それから少し客足が落ち着いた頃に、彼に海の家の外で片付けをしていると声をかけられた。
「陸、ここにいたのか。何か手伝うか?」
「……いいよ、僕のことは気にしないで」
「どうした? ご機嫌斜めか」
「――――ほっといてよ! 僕のことなんかよりも、綺麗な女性と一緒にいれば!」
僕はそう言って彼の顔を見ることが出来なくて、後ろを向いてしまった。そうしたら、後ろから抱きしめられた。
離れて欲しかった。彼と一緒にいると、自分でいられなくなる。それがとても怖く感じてしまう。
「言っただろ。俺は、陸が好きなんだ。陸がいてくれさえすれば、俺は他に何もいらない」
「僕は……」
「陸、その感情の意味知りたいか」
「うん……」
僕が頷くと、彼が僕を正面にして抱きしめてくれた。そして目を見て、僕が知りたかったことの感情の意味を教えてくれた。
「それは、ヤキモチだよ」
「ヤ……キモチ? これが?」
「ああ、俺だって陸が他の奴と話しているとヤキモチを焼くんだ」
「としくんも?」
「ああ……好きなんだから、当たり前だろ」
そう言う彼の顔は優しく微笑んでいて、それが恥ずかしくなるぐらいにかっこよくて。この表情を僕だけに、向けていくれていると思うと嬉しく思えた。
彼は僕の顎をクイっとあげると、端正な顔が近づいてくる。僕は静かに目を閉じて、もう少しでくっつきそうな時にまた邪魔が入ってしまう。
「おーい! 陸! 俊幸!」
「ちっ……いつもいつも、お前は! 邪魔ばかりしやがって!」
「はあ? んだよ! ただ、名前呼んだだけだろうが!」
新田くんが声をかけてきたせいで、二度も阻止されてしまった。それにしても、ヤキモチか……。
なんだ、そんなことだったのか。としくんが誰かと話していると、イライラしてしまっていた。
この感情を知ることが出来たのは、としくんがいてくれたから。彼には感謝以外ないなと、新田くんと喧嘩している彼を見て思えた。
僕の視線に気がついてこちらを見て、微笑んでくれた。だから、僕も嬉しくてつい微笑んでしまった。
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