十話 この世界で一番

 するとしばらく考えた後に、九条は真剣に考えている俺を見ながら弄ってきた。こいつ真顔だから分かりづらいが、人を弄る時はイキイキしているんだよな。


「なるほどね……モテモテな田口君にも、片想いをすることもあるのね」


「うっせ……つーか、本当に好きな奴に好かれなければモテても意味ねーだろ」


 俺がそう言って窓の外を見ながらそう言うと、九条は悪戯な笑みを浮かべていた。なんか嫌な予感がしたが、その予感は当たっていた。


「その片想いの相手って、隣のクラスの大久保君かしら?」


「――――何で知って」


「放課後、いいかしら。ここで話すには、ちょっと良くないと思うわ」


「ああ、そうだな」


 俺は九条に言われるままに、放課後近くのカフェに立ち寄った。俺はオレンジジュース、九条はアイスカフェオレを頼んでいた。


 俺はひとまず周りに高校の奴らがいないかを、確認してから話を始めることにした。


「で? 何で、陸だって気がついたんだよ」


「はあ……あなた、大久保君のことしか見てなかったじゃない。合同体育の時も、移動教室の時も、廊下ですれ違う時も」


「そんなに見てたか……」


「ええ、ガッツリと。他の人は特に、新田君は鈍いから気づいていないと思うけど」


 そんなに見ていたか、まあそりゃ何かある度に見ていたが。だって、体育の時ボールを追いかけて壁に激突していた。


 他にもサッカーとの時も、ボールを蹴ることが出来ずにスカッと外していたりして。その光景が可愛すぎて目を離すことが出来なかった。


「ほんと、大久保君のことを考えている時のあなたは幸せそうね」


「ああ、陸はこの世の全てよりも何よりも可愛くて尊くて守るべき存在だからな」


「……知られているとわかった途端、隠すことをしなくなるのね」


 半分呆れ気味でそう言う九条を横目に、俺の頭の中は陸のことで一杯になっていた。


 それはそれとして、何で他の人は気がついていないのに九条だけ気がついたのだろうか。


 俺がそう思っていると、九条は不適な笑みを浮かべて俺が疑問に思っていたことを教えてくれた。


「見てればわかるわよ。だって、私見てたもの」


「見てたって、何を……」


「決まっているじゃない、二人のこと」


 どこまで知っているのだろうか。少し怖かったが、九条は更にとある提案をしてきた。


「手伝いましょうか?」


「は? 何で」


「私まで幸せな気分に浸れるからよ」


 俺はそう言って不適な笑みを浮かべている九条に、無言の圧力をかけられていると思ってしまった。


 まあ、蓋を開ければただ単にお腐り遊ばしていただけだったのだが。この時は、それでも誰かに助けを求めていたのかもしれない。


 かといって、馬鹿で間抜けでおたんこなすな空雅に助けを求めるのは俺のプライドが許さなかった。


 それに空雅は悪気なく、陸に直接コンタクトを取ろうとしそうだし。あいつは、意外と察しがいいから何か気づかれて惚れらえてしまっても困る。


 陸は俺のもんだし、誰にも取られたくない。かといってこのまま簡単に距離を縮められる気もしない。


 俺が一人考え込んでいると、九条が手を差し出してきた。俺が訝しげな表情で睨むと、彼女は笑って言ってきた。


「これは協定。私はあんたたちの恋路を陰ながら見守る。あんたは、そんな様子を私に教えてくれればいい」


「それって、お前にメリットあんのか」


「ええ、大アリよ。メリットしかないわ」


 俺は九条と手を繋いで、お互いの思惑を成立させるために手を組むことにした。これが俺と美雪が仲良く? なった時のお話である。


 それから美雪はいろんなことを教えてくれた。事態は思っていたよりも、深刻で耐え難いものだった。


 陸が女の子が落としたハンカチを拾って届けたり、重そうな荷物を持っている子の手伝いをしたりして実は人気が高い。


 そのため、裏でファンクラブができていたりするほどらしい。しかも、ファンクラブの名前が……。


「【大久保陸の笑顔を見守る会】というらしいわ」


「ちくしょう、そんなものまで……。小動物みたいで可愛くて、女の子たちには男として見られないと思っていたのにな」


「最近は、肉食系女子というのが流行っているからね」


「ちっ……これは早急に手を打たなければ」


 まあ、容姿だけでなく中身も伴っているとなればモテるのは想定済みだ。しかし、陸は人と関わるのが苦手なようだし。


 俺みたいな不良っぽい奴は避けているし、てっきり女性も苦手だと思っていた。実際苦手だと思うが、陸は昔から正義感が強いからな。


 困っている人がいると、ほっとくことが出来ないからな。変わってしまったと思っていたが、中身は優しいりくくんのままだったのだ。


 俺は陸が変わらないでいてくれたことが、嬉しくて何だが一人で微笑んでいた。美雪には陸の写真の提供をしてもらいつつ、適度に協力してもらった。


 うっすらと俺のいい情報を流してもらったり、俺が気前が良くて誰に対しても優しいとか。


 しかし、結果として失敗となってしまった。なぜなら、陸に届くまでもなく俺が告白されることが多くなったからだ。


 裏を返せば陸に興味を持っていた、ファンクラブの会員の目を俺に移すことが出来た。その点だけは良かったのかもしれない、逆転の発送というやつだ。


「因みに。俺は【会員番号九十八番】だ。何とか、百番台にならずに済んだ。苦労したぜ」


「あんた……趣旨がずれているわよ」


 そう言って美雪は俺を汚いものでも見るような瞳で見つめてくる。そんな瞳を見て俺は嘆くしか出来なかった。


「だって仕方ないだろう。俺は陸にしか興味ないのに、俺がモテているとなれば。陸は俺が単にモテている人って印象になるだろう」


「だって、実際そうじゃない」


「ダメだろ! それじゃ! 俺はあくまで陸の目にだけ写っていたいんだ!」


「――――前から思っていたけど、あんたってめんどくさいメンヘラよね。大久保君の時だけ、頭悪くなるし」


 美雪のいう通りだ、俺は陸のことになると頭が正常に働かなくなってしまう。だって仕方ないだろう、俺はもう十年も初恋を拗らせているのだから。


 考えてみたらこの十年の間で、いいなって思った子は全員陸に似てたんだよな。結局、陸のことしか考えられずに無理だったけど。


 性格も容姿も全て、陸と比べてそれを理由に嫌いになって。陸のことしか考えることができなくて、そんなことを繰り返す度に自己嫌悪に陥ってしまう。


 分かっている……そんなことはただの、自己満足にしかならないってことぐらい。それでも俺は、陸が好きだ。それだけは絶対に変わらない。


 それから時の流れは早いもので、二年生に進級したのだが。俺たちはそこで、思いもよらぬ出来事に直面した。


 それは陸と同じクラスになったことである。嬉しい気持ちと一日中見れるようになったということ。


 それだけでなく、一番恐れていた事態になってしまった。空雅の馬鹿が、余計なことを言い出したのだ。


「同じクラスの大久保って、可愛いよな」


「は?」


「お前よく見てただろ? それで俺も気になって、気がついたら目で追ってて」


 俺は最後まで聞く前に空雅の胸ぐらを掴んで、興奮気味に自分の言いたいことをノンブレスで捲し立てた。


「そうなんだよ! あの綺麗な瞳! 幼さの中にしっかりと男性的なかっこよさもあって! 全ての生物の中で一番可愛くて尊くて愛おしい存在なんだよ!」


「お、おう。そうなんだな」


 若干引いた様子の空雅は俺の言葉を聞いてから、どこかへ行ってしまった。そうしたら、その様子を見ていた美雪が現れて蔑みながらこう呟く。


「自分からアピールしてどうすんの」


「分かってるんだよ……陸のような完璧な存在が好かれないわけがない」


「……この際、それは置いておいて。とりあえず、仲良くなりなさい。積極的に話しかけなさい」


 美雪の助言であって俺は陸と仲良くなるために、行動を起こすことになった。その行動の最初として、陸の積極的に話しかけることにした。


「あっ、大久保! これから、カラオケに行くんだけどよ。一緒に行かね?」


「……えっと……僕は」


 放課後。俺は今持てる最大の勇気を使って、陸に背いっぱいの笑顔で誘ってみた。


「用事があるから……」


「そっか……分かった」


 断れてしまった……でもまだ、一回目だ! まだまだこれから。機会はたくさんある! 俺はそう思って毎日のように、遊びに誘った。


 しかし返答はいつもの如く、断られてしまう。う〜ん、思っていたよりもガードが固いな……俺がそう思って、黄昏ていると好機が訪れた。


 移動教室に向かう最中のこと、陸のことを遠巻きに見ていると階段で足を踏み外して落っこちそうになっていた。


 俺は慌てて陸の腕を掴んで自分の方に引っ張っていた。本当は大丈夫かと言いたかったが、少し怒り口調になってしまい怯えさせてしまった。


「おいっ! 危ないぞ!」


「ご、ごめん」


 そこで我に帰ると、陸を自分の腕で抱きしめてしまっていた。そのことに気がついて、陸を引き剥がして自分が後ろに下がると体温が急上昇していくのが感じた。


 陸の匂いが至近距離で感じられて、キョトンとした可愛い顔で俺のことを見つめられていた。そのせいで鼓動がうるさいぐらいに鳴っていた。

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