第二章 田口俊幸の過去

九話 初めての出会い

 俺と陸は幼稚園で出会った。年長の時に俺が、陸の登園していた幼稚園に転園したのだ。当時から陸は、誰に対しても優しくて本心で接していて光り輝いていたと思う。


 俺はそんな陸をどこか、冷めた目で見ていたと思う。我ながら生意気なクソガキだったと思う。


 それなのに、陸は俺の冷めた心を簡単に溶かしくれる。それだけではなく癒してくれて、今考えてみるとその時にはもう既に恋をしていたんだと思う。


 俺は当時も今も何も変わっていない。臆病で傷つきたくないから、誰にでも好かれるように自分を偽っている。


 それでも唯一……陸と一緒にいる時だけは、自分を偽ることなく本心で話せた。


「としゆきくんは、げんき?」


「えっ? げんきだよ」


 最初は陸の言っている意味が、分からずに変な奴って印象だった。しかし、その一週間後のこと。


 当時から両親の仲は冷め切っていたと思う。そのため、最初は誰に対しても本心を言わないで過ごしていた。


 両親がいつものように喧嘩をしていた。俺はいつもの如く、両耳を塞いで我慢していた。正直、もう心が限界だった。


 俺は構って欲しくなかった。でもそんなのは建前で、本当は誰かに気にかけて欲しかった優しくして欲しかった。


 俺のそんな思いを知ってか知らずか、陸は構わずに俺に話しかけてくれた。きっかけは何だったか、もう覚えていないけれど。


 気がつくと俺は陸の家に行くことが多くなり、ご飯や一緒にお風呂に入っていた。それから月日が経ち、小学校に入学した。


 それからも俺たちは、家の近所にある公園に何度も遊びに行っていた。その頃にはもう既に、俺は陸に対して特別な感情を持っていた。


「としくんって、よんでもいい?」


「うんっ! りくくん」


 小学校に入学して半年後のこと。両親の離婚が成立した。そのことに関しては、悲しいことじゃなかった。


 それよりも陸と離れることが、一番苦しくて胸が締め付けられるような思いだった。離婚が決まって、直ぐに引っ越しが決まった。


 そのため陸に、本当のことを伝えることが出来なかった。父親とタクシーに乗った時に、公園に陸の姿を見つけた。


「おと」


 陸に会いたいと言おうとした。しかし、隣にいる父は酷く憔悴しきっているように見えた。子供ながらに、言えないと思ってしまった。


 その後すぐに後悔をすることになった。俺は陸に対する恋心を完全に自覚してしまったからだ。


 きっかけは小学校六年生の時のこと、同じクラスの女の子に告白をされた。今となっては顔も名前も覚えていない。


 俺は特に興味もなかったが、その女の子がクラスでも可愛いと言われていたから付き合うことにした。


 結論から言うと、可愛いと思えなかった。世間一般的には可愛いのだろうが、俺にとっては陸に対して感じる感情以上のものを感じることが出来なかった。


 それにだ……たまたま聞いてしまったのだが、俺自身のことが好きだったわけではなかった。


「つまんないよ、話しかけても上の空だし。イケメンだから、付き合ったけど別れよっかな」


 ほんと、なんで人って勝手なんだろうな。俺のことなんて何も見てなかったじゃないか。自分の話したいことだけで、俺の話を全く聞いてなかった。


 そんな人のこと好きになるわけがない。それに一緒にいても、陸のことしか頭に浮かばない。


「しんどい……陸に会いたい」


 俺の消えてしまいそうな独り言は、本当に空に消えていってしまう。家に帰れば、香水の匂いを撒き散らしている継母。


 俺のことなんか興味もない父親。俺は今にも、心が折れかかっていた。それでもまだ、正気を保って入られたのは当時三歳だった母親違いの弟だった。


「おにいたん、あそぼ」


「うん。そうだな」


 この屈託のない笑みを見ていると、心が浄化されるような感覚がした。まるで陸のようだったからだ。


 しかしそんな日々も長くは続かない。中学生になり東京に引っ越してきた。その時に、俺は耐えきれなくなって悪い友達を作った。


 そのうちの一人が新田空雅だった。確かに完全な不良で、勉強も出来ずピアスを開けていたりもした。


 それでも、俺なんかよりも光り輝いているように見えた。毎日のように空雅や他の連中と夜中まで遊び呆けていた。


 俺は自分が嫌いで仕方なくて、大人びて見せたかった。そのため、左耳にピアスを開けてしまった。


 思ったよりも痛くて涙が出てしまったから、直ぐに塞いでしまった。我ながら何やってんだと、自己嫌悪に陥る。


 自虐も込めてだったが、それすらも出来ずに陸のことばかりを考えてしまう。結局、俺は何一つの成長できずにいる。


 息を吐けば白く濁ってしまい、凍えるような空気が流れていた。そんな時に、俺は隣で手に息をかけて暖めている空雅に独り言のように呟いた。


「空雅はさ、人生楽しいか」


「はあ? なんだよ、急に」


「――――俺は、今すぐ消えて無くなってしまいたい」


 俺がそう言うと空雅は笑いもせず、同情もせずに黙って缶コーヒーをくれた。それがかえって良かったのかもしれない。


 変に同情されればきっと、本当に俺は消えて泣くなってしまってたかもしれない。だから俺は感謝の意味も込めて憎まれ口を叩いてみた。


「俺、苦いの飲めないんだよな」


「折角、買ってやったのに!」


「頼んでねーよ!」


「おまっ!」


 空雅は怒ってはいたが、本気ではなくお互いに笑い合ってしまった。その日はいつもよりも早く帰った。


 そこで知ったのだ。幼い弟が、一人でお留守番をしていることに。あのクソ両親どもは、三歳の子供を置いてどこかへ出掛けている。


 それを知った俺は弟の葵を力強く、抱きしめたら嬉しそうに微笑んでいた。


「おにいたん、くるしいよ」


「ごめんな、俺がもっとしっかりしていれば」


 俺がそう言って泣き出してしまうと、葵は俺の頭を優しく撫でてくれた。確かにあるその体温の温もりを感じて。俺は葵のために真面目に生きようと決意した。


 それにこのままだと、陸に再会した時に見せる顔がなくなってしまう。それからは自分でも驚くくらいに勉強を頑張った。


 その結果、やる気がなく下から数えた方が早かった。三年に上がる時には、五番以内に入るようになっていた。


 高校は空雅と、一緒の近所の高校に通うことになった。入学式では俺が新入生代表に選ばれた。


「ったく、この前まで俺と同じぐらいの成績だったってのによ」


「まあな、頑張れば。どうにかなるもんだぜ」


「良かったのかよ。俺と同じとこじゃ、お前には勿体無いだろ」


「空雅、良いんだよ。俺は、この学校で」


 俺の家から近くないと、葵の面倒を見れないからな。それに陸にあった時に、恥ずかしくないように成長しないとな。


 成長するとは言ってもな、陸はどこの高校に進学したのか分からないからな。俺がそう思ってよそ見をして、廊下を歩いていると誰かにぶつかってしまった。


「あっ……わる……えっ」


「……すみません」


 俺は相手に謝ろうとしたが、その人の顔を見て驚いてしまった。綺麗な黒髪に、つぶらな漆黒の瞳。


 可愛い顔立ちに、少し幼さがあるが端正な顔をしていた。左目の下にはホクロがあって、一目で惹かれてしまった。それに間違いない、今のは陸だ。


 会いたかった、会ったら好きだと言いたかった。でも、俺の知っている優しい笑みを浮かべる大久保陸じゃなかった。


 その瞬間、思い出してしまった。小学生の時だと思うが、陸は俺の手を引っ張っていっていくと言っていたことを。


 その時はこれからも一緒にいれるのだと嬉しかった。それと同時に、俺が引っ張っていきたいと思っていたことを。


「可愛いな」


「誰か可愛い子でもいたのか?」


「見るな。お前には見せない」


「何だよ……お前がそう言うってことは、本気なんだな」


 空雅が嬉しそうにそう言ってきたから、俺は自分が思っていたよりずっと陸が好きなのだと自覚した。


 十年前に住んでいたこの街に引っ越して来た。どこかで、会えるかと思って期待していたが高校で再会できた。


 俺は違うクラスだったが、直ぐに仲良くなれると思った。入学式後に会った時に気がつかなかったのは、俺が茶髪に染めていたからだ。と無理矢理納得していた。


 しかし、世の中そんなに甘くなかった。それから何度も、陸に接触を試みていたが全くと言って良いほど気づいていなかった。


 気がつくと入学してから、既に半年が過ぎ去っていた。ずっと観察していたが、誰とも関わろうとしていなかった。


 それどころか少し俺に対して、怯えや恐怖なんかも感じ取れた。恐らく、会わなかった十年の間に何かあったのかもしれない。


 俺は間違いなく、陸を恋愛対象として見ている。学校で見たりする時も、放課後に見かけた時もドキドキしているし。


 だけど、陸は全くと言っていいほど俺に気がついていなかった。俺は、一人席に座りながら眉間に皺を寄せてため息をつきながら呟いた。


「はあ……どうしたものか」


「あら、田口君。どうしたのかしら」


「九条か……お前さ、恋バナに詳しいよな」


「何を突然……」


 俺は前の席座っている、無愛想な女子である九条美雪にかいつまんで説明をした。すると、少し小悪魔な表情をした様子で考えていた。

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