八話 なんか可愛い

 僕は何の気もなしに彼の髪を触ってみた。すると耳が見えて、ピアスの跡があるのに気がついた。


「ピアス、つけてたの?」


「――――まあ、中学の時に」


「痛かった?」


「まあ、痛かったよ」


 なんか彼の様子が変な感じがするな。と思っていたが、話したくないことってあると思うから。


 彼が話したくなったら、その時はしっかりと聞こうと思う。僕が彼の耳をガン見していると、みるみるうちに真っ赤になって行くのが分かった。


 そんな時だった、僕の上着の裾が誰かに掴まれたのだ。見てみると、幼稚園ぐらいの女の子が今にも泣き出しそうな表情で僕を見ていた。


 そのため、僕は平静を装いつつ慌てて声をかけることにした。


「えっと、お嬢ちゃん。どうしたのかな?」


「ママとはぐれた……うわあああん」


「えっと! どうしよう」


 僕が声をかけると、女の子は盛大に泣き出してしまった。僕はこんな時どうすればいいのか、分からずに右往左往していた。


 そんな時このことに気がついた彼が、女の子の頭を優しく撫でて宥めてくれたらすぐに泣き止んだ。


「お嬢ちゃん大丈夫だよ。ママは、お兄ちゃんたちが見つけるからね」


「う、うん」


「お嬢ちゃん、お名前は?」


「……さき」


 さきちゃんか……よしっ! と思って、僕は心臓がバクバクし始めていた。しかし、勇気を振り絞って大声を出して探すことにした。


「水色の服を着た、幼稚園ぐらいのさきちゃんのお母さん! さきちゃんここにいますよ!」


「ここですよ!」


 僕たちが人混みに向かって叫んでいると、優しそうなお母さんがさきちゃんの元に向かってきて抱きしめていた。


「さき! 良かった」


「ママ、このお兄ちゃんたちが見つけてくれたんだよ!」


「本当になんて、お礼を言っていいか。ありがとうございます」


 そう言って何度も頭を下げてくれる、さきちゃんのママを見て僕たちは安堵の表情を浮かべた。


 さきちゃん親子に何度も頭を下げてもらって、僕たちは清々しい気持ちになって残りも見て回った。


 しかし、何となくだけど。としくんの表情にたまに暗い影が落ちていることに気がついた。聞いたほうがいいのかな?


 もし話したい時が来たら、言ってくれると彼を信じることが出来た。頼って貰えた時は、僕がしてもらった時のように支えてあげたいと思った。


ひとしきり見終わって、お昼ご飯をフードコートで食べることになった。十三時頃になったからか、土日なのに意外と混んでいなくて場所も空いていた。


「陸は何食べる?」


「んー、ナポリタンがいいな」


「オッケー……じゃあナポリタンとカレーでお願いします」


「かしこまりました」


 彼が注文しているのを見て、僕は慌ててお金を出した。しかし、気がつくともう払い終わった後だった。


「お金」


「いいよ、俺が誘ったんだし。誕生日なんだから、かっこつけさせてよ」


 すると彼は誰もが、見惚れてしまうぐらいのとびっきりの笑顔でそう告げてきた。


 その証拠に、お会計をしてくれた店員さんがぼうっと顔を赤らめて彼を見つめていた。


 僕は少しモヤっとしてしまったから、彼の手を引っ張って空いている席に座ることにした。


「ここが空いているな。陸?」


「あ、うん。そうだね。お金、ありがと」


 少しもやっとしてしまったが、それでもお金を払ってくれたからお礼を言った。すると、嬉しそうに微笑んでいた。


 僕の前の席に座ってにこやかに、話してくる彼のことを真っ直ぐに見れずにいた。こんなにかっこいいんだから、モテるのも当たり前。


 それなのにこんな風に一々気にしていたら、身が持ちそうにないな……と思ってしまう。僕がそんなことを考えていると、食事ができたようで彼が取りに行ってくれた。


 その間も彼は周りから、好意を向けられているのが分かった。僕は本日何度目か分からないため息をついた。


「はあ……」


 僕が自分の感情の意味が分からずに、黄昏ているといつの間にか彼が席に戻ってきていた。


 そして何か話しかけてきていたが、僕は上の空でまともに話を聞いていなかった。すると、突然口にナポリタンが放り込まれた。


「美味いか」


「う、うん。もぐもぐ」


「そうか、良かった」


 僕がそう言うと彼は満足そうに、自分のカレーを口一杯に頬張っていた。その光景を見て、僕は何だが胸のつかえがとれていくのを感じた。


 それからは彼のことを、真っ直ぐに見れるような感じがした。不思議と満ち足りた気持ちになっていた。


 食事を終えて、お土産コーナーに向かう。お土産って何だが無性にワクワクするんだよな。僕たちはいろんなものを見て回っていた。


「お土産って、目移りするよな」


「だね、ずっと見てても飽きないよね」


 そんな感じでのほほんとした様子で、僕たちはお土産を見て回る。いつになく、上機嫌の彼からとある提案をされた。


「一緒に何か買わないか?」


「うん、いいよ。キーホルダーとか?」


「いいな、イルカとかは?」


「うん、可愛い」


 僕はピンクで彼は緑の、お揃いのイルカのキーホルダーを買うことにした。僕たちは他にもイルカが、プリントされたクッキーを買って外のベンチで食べることにした。


「だんだんと外が暖かくなってきたね」


「そうだな。でもな、このクッキー食べづらいよな」


「なんで? 美味しいよ」


 僕は彼がクッキーを、食べづらそうにしているのを横目にむしゃむしゃを食べ初めていた。


 思っていたよりも甘くなくて、美味しいのにな。と思っていると、彼は突然不思議なことを言い出した。


「だって、このイルカが俺を見て食べないで。と言っているような気がして」


「……そうかな?」


 そんなことを真剣な表情をして言っている彼を見て、僕は無性に可愛く思えて仕方なかった。


 考えてみればとしくんって、何かキャラが印刷されているお菓子とか食べれずに困っていたな。


 僕はお構いなしに食べていたし、あんまり気にしなかったけど。こういう昔から変わっていないとこを見ると、何だがほっとしてしまう。


 夏祭りに行った時も、僕は型抜きを何も考えずに失敗してしまった。それに比べて、としくんは周りの子達が終わってもなおずっと頑張っていたっけ。


 変に凝り性なとこは何も変わっていないようで安心する。でも、慎重であることと器用であることは必ずしも比例はしないらしい。


 三十分以上かかったが、最終的に最後に失敗して泣いていたっけ。それを不憫に思った屋台の、おじちゃんに景品おまけしてもらったっけ。


 そういえば、あの時なんであんなに頑張っていたのかな? 僕がそう思っていると、としくんはやっとの思いでクッキーを口に運んでいた。


「美味いな、このクッキー」


「そうだね」


 僕がそう思っていると、彼は突然に真剣な表情になって話をしてきた。


「俺さ、ずっと陸に謝らなくちゃいけないことがあってさ」


「? 何を」


「転校する時、なんで何も言わなかったか。ちゃんと言ってなかったなって」


 それは突然のご両親の離婚や引っ越しが、重なったからであって彼が悪いわけではない。僕がそう思っていると、彼はより深く真実を教えてくれた。


 十年前。としくんは僕が公園に行っていた時、ちょうどタクシーに乗っていて出発する時だったらしい。


 本当は声をかけたかったが、妻に不倫をされて傷心中の父。そんな父に僕と話したいなんて、言えずに何も告げれずにいたそうだ。


 彼は母の不倫で離婚したんだと思っていた。幼いながらにそれが、よくないものであることも何となく理解していた。


 それから数年後のこと、父さんが今の母さんと再婚した。そして直ぐに弟が生まれた。そのことで、更に自分に対しての興味がなくなったらしい。


「そんな……」


「まあ俺にとっては別に、どうでもいいって言う感じかな」


 そう言う彼は、言葉とは裏腹に相当に落ち込んでいるように見えた。考えてみたら、としくんがよくうちに来ていたのは家庭の事情だったのかもしれない。


 それと同時にそんな大事なことを何で、僕に教えてくれたのかが気になった。そのため、聞きづらかったが勇気を出して聞いてみた。


「そんな大事なこと、僕に話して良かったの?」


「陸だから、陸には聞いて欲しかったから」


 そう言う彼の瞳は真剣そのもので、僕は少し不安になってしまった。彼は真っ直ぐに僕に、気持ちを伝えてくれる。


 それなのに僕は、ちゃんと自分の気持ちを伝えていない。彼のことが好きなのは間違いないが、この好きがどのような好きなのか自分でもよく分かっていない。


 こんな中途半端は気持ちで変に期待させているのは、僕にとっても彼にとってもよくないと思う。


 それでも僕は彼と共に、これからも歩んでいきたいと思う。僕がそう思って彼の方を見ると、目が合ってしまった。


「陸、俺は陸が好きだ。ずっと前から」


「ぼ、僕は……その」


「分かっているよ。陸の好きと俺の好きは違うから。でも今は、こうして傍に居てくれるだけで満足だから」


「としくん……」


 気がつくと僕たちは当然のように、お互いの唇を優しくくっつけた。僕はそう言っ、て少し悲しそうに微笑む彼に何も言えなかった。


 彼と一緒にいるとドキドキするし、他の人とは明らかに違うのは明白だ。なのに僕は、彼にこの想いをちゃんと伝えきれずにいる。


 怖いのだ……彼はとてつもなくモテる。彼は僕に対して申し訳ない気持ちや、仲良くしたいと思う気持ちからそう思っているのかもしれない。


 いつか伝えられたらいいな。自分でも曖昧で、ふわりとしているこの気持ちを。これからも彼の隣に立ちたいから。

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