七話 初デート

 としくんと付き合ってから、既に一ヶ月が過ぎようとしていた。春が終わり、季節は夏になりそうになっていた頃のこと。


 最近暑くなってきていて、上着が必要ないぐらいになってきていた。集合は僕の家でもいいと思ったが、どうしても彼が待ち合わせをしたいと言うから駅前になった。


 それはいいのだが、駅前の噴水の前に芸能人かと思うぐらいにかっこいい田口俊幸がいた。


 半袖の下から見える綺麗で長い腕、足もすらっとしていて男として負けた感が僕の中にあった。


 昔は僕の方が大きかったのに、いつの間にか越されていた。僕だってもうちょっと身長欲しかったなあ。


 少し恨めしい気持ちと、こんなにかっこいい人とお付き合いしていると改めて認識した。すると、何だが急激に恥ずかしくなってしまった。


「おーい! 陸!」


「ごめん、遅くなった」


「大丈夫、今来たとこだから」


 そう言って微笑むとしくんは、誰が見ても綺麗で眩しかった。それと同時に僕のどこに惚れてくれたのかが、疑問に思えてしまった。


 思考回路が乙女か何かなのだろうか。自分の考えがあまりにも、乙女思考すぎて恥ずかしくなってしまった。


 僕がそう思っていると、としくんはとてつもなく眩しい笑顔でこう告げてきた。そして、当たり前のように手を繋いできた。


「じゃあ行こうか」


「うん……」


 僕は、恥ずかしさと周りからの視線を感じていた。彼の手から伝わる温もりを、手放したくなくて離すことはできなかった。


 流石に電車の中では、他の人に迷惑がかかるから手は自然と離れてしまった。彼の体温がスッと、電車の中のクーラーでかき消されてしまった。


「やっぱ、休日は混んでるな」


「うん、そうだね」


 少し寂しいような感じがしたが、手の体温が消えてしまった。しかし、身体中の体温が急上昇していくのが分かって胸がドキドキしていた。


 電車に揺られている時も、彼はとてもニコニコしている。そんな彼の顔をなぜか直視できずにいた。


 胸がずっと高鳴っていて、今にも熱で倒れそうになるぐらいだった。彼と一緒にいると、自分が自分じゃないようになるじゃないかと不安になってくる。


 それでも彼のとても幸せそうな笑顔を見ると、そんな不安も軽減されるような気がした。


「駅に着いたな」


「うん、混んでるね」


 僕はとしくんから誘われて、近くの水族館に遊びに来ていた。土曜日だったため、非常に混んでいた。


「陸、はぐれると困るから手を繋ごうか」


「えっ、大丈夫だよ。子供じゃないよ」


「いいから、いいから」


 そう言って、彼は僕の手を掴んで歩いていく。嫌がってみせたが、本当はいつまでも繋いでいたいと思った。


 それはそれとして……男同士で手を繋いでいると、変な目で見られると思った。そのため、少しだけ怖いと思ってしまった。


 しかし、事態は僕の思っていたよりも深刻だった。なぜなら、周りからはお兄ちゃんと手を繋いでいる子供に見えていたからだ。


 確かに……彼は百八十センチぐらいだし、それに対して僕は百六十五センチしかないけど。


 春の健康診断で、一センチ伸びてたもん。子供じゃないし! と思いながらも、嬉しそうで上機嫌な彼の顔を見ていいかと思ってしまった。


「イルカショーだって、見てみるか」


「うん、いいね」


 僕たちが水族館に行くと、たまたま時間的にイルカショーの時間が始まるところだった。そのため、僕たちはイルカを見に行くことにした。


 あたりには甘そうな匂いが充満しており、甘いものが苦手な僕にとっては少し辛かった。僕がそう思って鼻を摘んでいると、楽しそうな彼に声をかけられた。


「美味そうな匂いが漂っているな。買うか?」


「僕はいいよ、甘いの苦手」


「そうなのか? 卵焼きは甘かったけど」


「卵焼きは昔からあの味だけど、他のものは苦手。コーヒーはブラックだし」


「そうなのか、大人だな。俺は、砂糖もミルクもたっぷり入れるぞ」


 なんか意外だなと思いつつ、彼は甘い香りのするチュロスとオレンジジュースを買っていた。


 僕はアイスココアを買って、二人で空いているベンチに腰掛ける。隣で美味しそうに頬張る彼を見て、なんだが僕も食べたくなってきた。


 しかし、全部は要らないんだよな。と思っていると、何かを察してくれた彼にチュロスを口元に運ばれる。


「一口どうぞ」


「いいの?」


「おう、もちろんだ」


「じゃあ、いただきます」


 彼からチュロスを食べさせてもらった。口いっぱいに広がる蜂蜜や砂糖やシナモンが、意外と美味しくて思っていたよりも甘くなかった。


 食感的には、ドーナツの硬いバージョンみたいな感じかな? 僕がそう思っていると、彼は嬉しそうに感想を聞いてきた。


「どうだ、うまいか?」


「うん、意外と美味しいね。でも、一口でいいよ」


「そうか、美味いなら良かった」


 そう言って微笑む彼は、とてもかっこよくて誰にも見せたくないなと思ってしまった。付き合ってはいるが、僕だけのもじゃないのだからと自分の感情を規制した。


 それと同時にこんなにかっこよくて、なんでもできる彼がモテないはずがない。現に今だって、周りの女子たちからの注目を浴びている。


 もし僕が女性で九条さんみたく綺麗だったら、堂々と彼の隣に立っていられるのかな。そんなことを考えていると、不意に彼に肩を引き寄せられて写真を撮られた。


「どうしたの?」


「ん? 記念にって思ってさ」


 彼の体温の温もりを感じて、自分が抱えている悩みが嘘のように軽くなってくのを感じた。


 そして写真を撮り終わってから、彼は後ろを向いて何やら人差し指を口元に当てていた。何かあるのかなと思って見てみると、彼を見ていた女性陣が顔を赤くしていた。


 なんだろう? そろそろ、暑くなってきたからかな? と思って、僕は再び前を向いた。そんな時に、いよいよイルカショーが始まった。


 元気いっぱいなお姉さんと、お兄さんによる解説が始まった。まず最初はアシカからだったが、すごいなあと直ぐに虜になってしまった。


「さあ! 次は、アフリカから来ました! ライラックニシブッポウソウです!」


 お姉さんがそう言うと、綺麗な色鮮やかな綺麗な鳥が出てきた。本当に綺麗で、一瞬で心を奪われてしまった。


 翼を広げて自由に飛ぶ姿はまるで、自由の象徴にも思えた。僕もあの鳥のように、自由に生きていたいなと思った。


 ふと隣を見てみると、彼もまるで子供のようにはしゃいでいた。十年前に戻ったような感覚がして、途端に嬉しくなった。


「綺麗だなあ」


「うん、そうだね」


 それからは、イルカショーのクライマックスに突入した。イルカによる輪っかくぐりや、お兄さんと共に泳いだりして時間はあっという間に過ぎてしまった。


「楽しかったな」


「うん、凄かったね」


 それから僕たちは、順番に見て回って大きな水槽の前に来た。水族館か、一回も来たことなかったな。と僕が思っていると、としくんに声をかけられた。


「陸は、水族館。来たことあるか」


「ないよ。としくんは?」


「俺もないよ。親父は忙しくて、いつも構ってくれなかったし」


 そう言って呆然と水槽を見つめる彼は、なんだが凄く寂しそうで今にも消えてしまいそうに思えた。そのため僕は彼の方を見て、思ったことを口にした。

「良かった」


「えっ?」


「だって、僕とが初めてってことでしょ。嬉しいよ」


 僕がそう言うと、彼はちょっと嬉しそうにそっぽを向いてしまった。ちょっと臭かったかなと思ってしまった。


 こんな風に彼と共にこれからも、いろんな所に出かけていきたいなと思った。僕がそう思っていると、彼はどこか遠くを見つめながら話を始めた。


「陸は俺と一緒にいれて、楽しいか」


「うん、もちろんだよ。どうして?」


「無理に付き合わせているんじゃないか……って思ってさ」


 そう言う彼は何かを、思い詰めているように見えた。僕にはこの言葉の真意は分からないけれど、彼の顔を覗き込んでこう告げる。


「僕はとしくんと、こうしてのんびりと過ごすのは楽しいよ。まるで昔に戻ったみたいで」


「――――小学生の時の方が良かったのかもな」


「えっ?」


「あの時は何も考えずに、陸の隣に居られれば……それで良かったのに」


 彼が何を考えているのか、僕には分からないけれど。僕は無言で離れていた手を、彼の手に繋いでみた。


 すると一瞬驚いていたが、すぐに彼も優しく繋いでくれた。そしてなぜだが、急激に恥ずかしくなって話題を逸らすことにした。


「そういえば、今日は何で誘ってくれたの?」


「――――今日は、何の日だ」


 今日は六月五日だよね……なんかの日だっけ? 祝日とかだっけ? そう思って僕はスマホで、祝日かを調べてみてもなんてことない普通の土曜日だった。


 六月……五日……そう言えば、今日としくんと出かけるって母さんに言った時。変なこと言っていたな。


「目一杯楽しんできてね。一年に一度なんだから」


 一年に一度……何だろ、水族館の記念日とかでもないし。僕が一人でうーんと考えていると、としくんに質問をされた。


「じゃあ、八月十日は何の日だ」


「としくんの誕生日」


「……それは覚えているんだな」


「当然だよ。僕勉強はできないけど、人の誕生日は覚えているから」


 僕が胸を張ってそう答えると、彼は凄く深いため息をしていた。なんだろうと思っていると、呆れながらも今日が何の日だったかを教えてくれた。


「今日、六月五日は陸の誕生日だろ」


「あー、そういえば、忘れてた」


「お前なあ……」


 僕がそう言うと彼は勢いよくずっこけていた。そんな彼を尻目に、そうかと一人で納得していた。


「そっか、僕の誕生日か……だから、誘ってくれたの?」


「そうだよ、その……陸との思い出を作りたくて」


「そっか……嬉しい」


 僕がそう言うと彼は顔を真っ赤にして、両手で顔を隠してしまった。意外と照れ屋なのかなと思って、何だが可愛く思えた。

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