六話 バカップル
としくんと付き合ってから一週間後のこと。今日もいつもの通り、彼と学校へと向かうと何やらクラスの中が騒がしかった。
どうしたんだろうと思っていると、上機嫌で僕たちの写真を撮っている九条さんに声をかけられた。
「おはよう、バカップル」
「カップルって、そんな本当のことを」
「可愛いわね、最高」
何やら上機嫌の九条さんが揶揄ってくるが、彼はとても嬉しそうにそう返す。嬉しいんだけど、なんか複雑だなあと思って僕はツッコむことにした。
「僕はバカだけど、田口くんはバカじゃないよ」
「……えっと、俊幸……一応聞くけど。これはボケなの? それとも素なの?」
「……多分、後者の方だと思う」
なんかよく分からないけど、バカにされているのは分かった。僕がそう思っていると、新田くんらしき人に声をかけられた。
なぜ新田くんらしきかと言うと、金髪じゃなくて黒髪だしピアスやらのアクセサリーもつけてなかったからだ。
無造作に肩まであった長い髪も、しっかりと切られていて清潔な感じがあった。
昨日までは確かに、金髪だったしちゃんと制服も校則をしっかりと守っている。僕含め周りは驚いているのは明白だった。
「よっ、陸。はよ」
「おはよ、えっと新田くんだよね」
「ああ、そんなにおかしいか」
新田くんの真意は分からないが、少し傷ついているのは感じた。そのため、僕は自分の思ったことをそのまま伝えることにした。
「新田くんは、新田くんの好きなように生きればいいよ。だって、そのままで充分魅力的なんだからさ」
僕がそう言うと新田くんは、急激に顔を赤らめて机に突っ伏して何やらぶつくさと呟いていた。
「なんなんだよ、新手の攻撃かよ」
「こいつのこの、天然は早くなんとかしないと」
「最高な感じね。リアル三角関係」
新田くんはずっと何やら呟いている。としくんは、苦虫を噛み潰したような表情で爪を噛んでいる。
九条さんは、楽しそうにノートに何やら書いていた。何気なしに見てみると、内容はよく分からないかったが見なければ良かったと後悔した。
その次の日の朝。学校へと向かう準備を自室でしていると、母さんから呼ばれて玄関に行く。すると、そこには茶髪だったのを黒髪にしたとしくんがいた。
「どうしたの? 黒髪」
「いやあ、その……なんていうか、二年生になったし俺も進路のこと考えようかなって」
「なるほどね、似合っているよ」
僕が微笑みながらそう告げると、彼は顔を赤らめて両手で顔を隠していた。その光景を見ていた母さんが、のほほんとした様子でこう呟く。
「青春ねえ、ほら早く朝ごはん食べちゃいなさい」
そしていつものように、彼も僕の家でご飯を食べていく。そういえば、家で食べてこないのかなと疑問に思った。
しかし、まあ母さんも当然のようにしているし。考えてみれば、幼稚園や小学校に入学してからもちょくちょく食べにきてたし気にしなくてもいいか。
僕はそう思って急いで食べ始める。それに幸せそうな表情をしている彼を見て僕も嬉しく思った。
それからは毎日、憂鬱だった学校生活も段々と楽しくなってきた。クラスのトップであるとしくんと、仲良くしているのもあってか。
僕は少しずつだがクラスメイトたちとも打ち解け始める。今までは話したこともない人と、話せてなんだが新鮮な気持ちになった。
「陸、はよっス」
「おはよう、空雅くん」
「ちょっ、なんで下の名前で呼んでいるんだ! 俺だって二人っきりの時だけなのに!」
詳しく説明すると、前日のこと。新田くんに休み時間に声をかけられて、とある提案をされた。
「あのさ、俺は陸って呼ぶから。陸も、空雅って呼んでくれ」
「うん、いいよ。えっと、空雅くん」
「破壊力!」
よく分からないけど、仲良くしてくれるのかな? それにしても不思議だなあと顔を赤らめている新田くんを見て思う。
少し前までは怖かったのに、今はなんだが可愛く思えてしまっている。これもとしくん効果かな。
なんて考えていると、新田くんは咳払いをして質問をしてきた。可愛いなんて言うと、よくないかなと思って質問返しをしてみた。
「何笑ってんだ」
「いやえっとね、なんでトイレの個室で話しているのかなって」
「なんでって、そりゃあ。魔王に見つかるとめんどくさいだろ」
「魔王? ゲームの話?」
「えっとだな、魔王ってのは田口俊幸のことだ」
新田くんが、言っている意味はよく分からなかった。そのため僕がポカーンとしいていると、魔王の意味を解説してくれた。
「俊幸は陸のことになると、人格が変わる。そして、女性と子供以外には容赦しなくなるからな。俺も被害者をたくさん見てきた」
「被害者? とし……田口くんは、優しいからそんなことないと思うけど」
僕がとても澄んだ目でそう告げると、新田くんはため息をついていた。そして、僕の両肩に手を置いて、真剣な眼差しで言っていた。
「陸はもう、そのままでいてほしい」
僕はよく分からなかったが、新田くんの提案を飲むことにした。ということで、回想終わり。
「空雅……誰が魔王だって」
「いやえっと! ちょっ! 頭! めり込んでる! 痛えって!」
「しっかりと話そうか」
「おいっ! 顔が怖えって! 陸! 助け」
なんかよく分からないが、鬼の形相になっている彼に新田くんは頭を握り潰されそうになっていた。
でも本当に痛くすることはないだろう。彼とても優しいし、いつものじゃれあいかな? っと思って僕は自分の席に座った。
喧嘩していた様子だったけど、仲直りしたみたいで良かったと思っていた。その光景を見ていた九条さんに、半分引かれながら言われた。
「……意外と、大久保くんって肝据わっているわよね」
「そうかな?」
「俊幸が魔王かと思っていたけど、大久保くんだったのね。真の魔王は」
九条さんが真顔でそう言っていたため、意外と冗談を言うのが好きなのかな? と思ってしまった。
そんな感じで談笑していると、ニコニコ笑顔を浮かべたとしくんに声をかけられた。なぜか、教室の後ろでうつ伏せで横たわっている新田くんを無視して。
「陸、俺のことも名前で呼んで」
「えっと、としくん」
僕はなぜか途端に恥ずかしくなって、自分でも分かるぐらいに顔が火照っていくのを感じた。
すると、なぜがとしくんは興奮しながら僕の両肩を両腕で掴んでこう告げてきた。
「う、うん。分かった。名前で呼ぶのは、二人っきりの時だけでいいや」
「うん、空雅くんは?」
「まあ、俺は心が広いからいいよ。陸がいいなら、俺は心が太平洋ばりに広いから」
まあ、としくんがそう言うならそうするか。僕がそう思っていると、ボソリと小さい声で九条さんが呟く。
「どこが広いのよ。深さは、一ミリぐらいしかないじゃない」
「美雪、何か」
「……いえ、なんでも」
九条さんはなぜか、ニコニコしている彼に若干怯えていた。どうしたんだろうと不思議に思いつつ、新田くんは後からきた五十嵐先生が気づくまで誰も構わずにいた。
そして新田くんでさえも、誰もとしくんの名前は出すことはなかった。そのため、クラス以外の人からは新田空雅昏睡事件とされていたのはまた別のお話。
楽しいクラスで本当に良かったな。と僕は嬉しくなって、一人微笑んでいた。
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